Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    botabota_mocchi

    @botabota_mocchi

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 103

    botabota_mocchi

    ☆quiet follow

    酔っ払い公の公光♀
    5.1最初のクエよりは後っぽい

    ##ラハ光

    鳴かぬ蛍の新人が入ったと言っていた。どこにって、彷徨う階段亭に。闇の戦士と話す時ばかりはいささか不遜な態度をとるサイエラが、文句まじりに――とはいえ可愛がっている様子で、たどたどしく接客をしている新人の話をしていたはずである。
    「注文を間違えたみたいでな」
    苦笑いのグリナードが軽く視線で指し示すまでもなく、英雄は眼前で潰れきっている水晶公に肩をすくめた。塔の端末となってからのことは知らないが、かつての彼は酒が入るとすっかり楽しくなって次々とおかわりをする人だった。たいして強くもないくせに、だ。宴会の空気が好きで、半ば空気酔いのようにして顔が真っ赤になるまで飲むような。調査の打ち上げでべべれけになっているのを介抱した覚えがある。
    「調子に乗って飲んだんですか、この人」
    「ワシの酒を気付かず飲んだんじゃ、こやつ! たまに顔を出してもアルコールなんぞ知らんという顔をしとるくせに、一杯引っ掛けたらその気になったようでなぁ。次から次じゃ! ああ、美味かったじゃろうなぁ、ワシの酒じゃからなぁ!」
    「ここで出すものはなんでも美味しいですからね」
    いつも通り絡んでくるジオットに、彼女のお気に入り一杯分の貨幣を握らせると「さすが相棒は話がわかるのう!」と上機嫌に注文を入れる。
    「んぐ、んぐ……ぷはぁ! 2杯、3杯と景気良くおかわりをしていてな。これはイケるクチかと思ったんじゃが……全くじゃの! すぐ潰れおったわい」
    「……ジオットさんなに飲み比べしてるんですか」
    「たまにはいるじゃろ、張り合いが」
    彼女の理屈で行けばまあ、そうなのかもしれない。張り合いなんてなくてもいつもカパカパとグラスを空けている人の言うことをどこまで信じるべきかは迷うが。はぁ、と嘆息すると、ぴくりと真っ赤な耳が動く。起きたのなら水でも飲ませたい。
    「グリナードさん、お水いただけますか」
    「もちろん。いやぁ悪い、こっちもあの公がやっと酒を飲んでる姿なんか見せてくれたと思って、頼まれるままに出してしまったもんだから」
    「酔っ払いに責任感じてちゃ酒場をやるのは厳しいのでは?」
    「はは、闇の戦士様は手厳しいな」
    「弱いんですよ、この人。なのに負けず嫌いだから煽られるとすぐ飲んで……歳重ねてもそんなところが変わらないとは思いませんでした」
    まったく、と肩を揺する。むずがるように顔を起こした為政者は、ちっともそんな威厳を感じさせない前髪をしていた。テーブルに突っ伏したあとで一部跳ね回っている。ゆるりと添えられた手の方を振り返って、英雄を見止める。
    「ほら、お水」
    「……なんだよ〜! あんたも飲めよ!」
    「酔っ払いですねぇ」
    「まだいけるって全然酔ってねぇもん! なぁあんた酒強いんだっけ」
    「強いですよ。あなた人に飲ませるくせに記憶飛ばすから覚えてないんでしょう」
    「んなことねぇよ……な、何飲むんだ、オレも同じの飲む……」
    「グリナードさん一番強いの2杯ください」
    「お、おう、……いや、いいのか?」
    「めんどくさいので完全に潰して送ってきます」
    すっかり脳みそが若返っちゃってる街のトップに戸惑うマスターが哀れである。ジオットはこちらに支払わせる気満々で「3杯じゃ!」と追加をしている。そのくらいで痛む懐はしていないので構わないけれど、「今日のジオットさんの飲み代全部水晶公につけといてください」と言い含める。いい加減数字に残る酒の失敗でもさせておくべきなのだ。百年経ってもそんなことひとつできる環境ではなかったのだろうことは想像に難くないが。とりあえず今の平和の対価というもの、としておく。大喜びのジオットは更に酒を追加し、階段亭の新人はおどおどとこちらにジョッキを差し出す。
    「ほらグ・ラハさん、乾杯ですよ」
    「かんぱ〜い! な、オレが勝ったらさぁ、いっこお願い聞いてくれよ」
    「あ〜はいはい勝ったらですね勝ったら」
    「よっしゃ!」
    勢いよく酒を流し込もうと傾ける姿を横目で見る。ごくり、一口目に喉が鳴って、そのまま体が弛緩する。ジョッキをキャッチした流れでテーブルに置き、素早く後ろに回り込んで背中を支える。水晶公ともあろう人が酒場で泥酔して頭を打ったなんてニュース、さすがにクリスタリウムに響き渡らせるには間抜けすぎる。この街の人たちは喜びそうな気もするけれど。
    手慣れた様子にグリナードが拍手をしていたので、ついでに開いた片手で自分の分と水晶公の飲み残しの分、2杯を腹に流し込む。なるほど喉が焼けるような酒である。「ごちそうさまでした」と公を抱え上げながら告げれば、「全く見事なもんだ」と苦笑された。
    この状態の水晶公を市場や広場で見せ物にしてしまうのは流石に気が引けたので、すぐそこのペンダント居住館に運んだのは単純に気遣いである。あるだろう、やはり、威厳とか。酒場からタワーまでとなると衆目を集めまくるだろうが、英雄にあてがわれた部屋までの道のりでは管理人くらいしか出会わない。



    目が覚めたら、白かった。いいや青くなかったという方が正しい。シルクスの塔の真っ青な壁面はそこになく、一般的なクリスタリウム様式の屋内にいることだけは理解した。いつの間に眠りについたのだろうか。腕の中がひどくあたたかい。犬猫でも抱きかかえているような――抱きかかえて?
    油をさしていないブリキの人形もかくやという動きで首を動かす。ゆっくりと視線をうろつかせる。腕の中には頭があった。見覚えのある髪色をしている。小さな体躯。見紛うはずもない。ここクリスタリウムにドワーフ族は数えるほどしかいないし、なにより、水晶公にとって何十何百年も渇望した相手である。彼女は。
    「ひ、……!?」
    思い切りあげそうになった悲鳴を噛み殺すには遅かったらしく、腕の中でひょこりと頭が動く。じわじわと肌を伝うのは人の体が腕の中にいるという実感で、それが他でもない憧れの英雄だという現実である。種族特有の子どものような肌だとか、寝起きで暖まった体温だとかが脳みそを揺さぶる。動揺だ。声も発さないまま目を白黒させる水晶公に、英雄は思わずといった様子で吹き出した。
    「……っふふ、おはようございます? グ・ラハさん」
    「あ、ああ、おはよう……すまない、私は昨夜なにを……?」
    軽装ではあるが着衣に乱れはない。男女で同じベッドに入って一夜を過ごした時点で少なからず問題はあるが、おそらく、きっと、最悪の事態は免れているはずである。一番憧れの英雄に知らぬうちに無体を働いていたなんてことがあってはならない。ならないのだ。――この状況自体が何かしらの失礼を働いた結果であることは間違いがなかったが。
    「彷徨う階段亭でお酒飲んだのは覚えてます?」
    曰く、新人が間違えて運んできた酒を飲んで久々の酒に悪酔いし、タチの悪い泥酔客になっているところをこの人に回収された、と。あんまりだ。グリナードにも件の新人店員にも丁重に詫びなければならない。すっかり顔に出していたらしく、「どうせ請求書が届きますから」となんてことない顔で彼女は言う。……請求書? 器物でも壊していたのか? 本当に――彼女がやってきてからの数ヶ月でクリスタリウムにおけるなけなしの威厳がどんどん失われていっている気がしてならない。
    「ですのでまぁ、近くのこの部屋に運んでベッドに転がしました」
    「……そうか。すまない、寝床を奪うようなことを……狭かったろう」
    「この通り小さな種族なのでそこは、なんとも。……あの、さしものわたしも、添い寝する気はなかったですからね」
    「えっ」
    「よくないことくらいわかってますよ。でもその……泣いていたから……」
    誰が? 水晶公に、グ・ラハ・ティアに決まっている。昨晩ぼんやりと意識を浮上させたグ・ラハが、あんたが生きていてよかったと子どものように泣き縋るものだから、甘んじてその腕に囚われて、鼓動を聞かせながら眠りについたのだという。些か警戒心に欠ける話だ。
    「いけないよ。今、あなたを捕まえているのが……同情を買って手籠にしようとする男だったら、どうするんだ」
    「あなたはわたしを傷付けませんよ」
    「わからないだろう。私とて何も、少年のように純粋な志だけで、あなたを想ってきたわけじゃない」
    「それは初耳です。でも、『水晶公』ともあろう人が、ご自分の勘違いを抑え切れないほど自制心がないとは思いませんね」
    「……勘違い?」
    「勘違いですよ。遠くのものは美しく見えます。せめて、同じ地表に立つ勇気を固めてから言ってください、『おじいさん』」
    英雄はするりと腕の中から抜け出した。いつでも。いつでも逃げ出せるはずだったのだろう、この人は。――清廉な感情だけで百余年も勘違いを拗らせていられる男だったなら、どんなにか楽だったろう。腹の底でふつりと火のついた心は、煮えたぎるにはまだ、時間がいる。なぜなら水晶公は既に二十やそこらの若人ではなく、彼女の言葉の含みを解するだけの経験を積んだ老人であったので。考える。考える。考える。あまり大袈裟に感情を露わにしない彼女が、何を言わんとしているのか。
    「あなたのくれた明日を、わたしはこれから歩いて行きます。あなたはどうするんですか」
    「……思い上がるぞ」
    「お好きに」
    「怒っているか? その……」
    「怒ってあげませんよ、わたしはアリゼーくんほど優しくありませんので。だからあなたも、わたしが無茶したって怒らないでくださいよ」
    「……割に合わないんじゃないか?」
    「等価でしょうに」
    等価なものか。世界のために、ただ隣人のために体を張って奔走する、危険の最前線を直走るこの人を心配することと、たかだか老人の張り切りひとつと、が。言えば今度こそ睨まれるだろうと想像に難くないので、心のうちにしまって曖昧に微笑んだ。
    「……もし、もし私が足掻いて、その果てに……あなたの隣を望んだら、あなたは絆されてくれるのか?」
    ――塔のお膝元である。とっくに昨日の酒はぬけているし、二日酔いなんてもってのほかだ。けれどもこんな言葉が口をついて出たのはきっと、酒がなくても酔っているからだ。他でもなく、この人の物語に。この、輝かしい人に。募る想いに名前がなくとも、焦がれるそれは恋に似ていた。英雄はきょとんとして、それから。
    「まずは飲み比べに勝っていただかないと」
    今度はこちらが目を丸くする番だった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺💖👏👍☺🙏💖💖💖💖💖💖💖💕☺☺☺☺💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator