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    botabota_mocchi

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    ヴァレンティオンネタのラハ光♀完成版。
    6.0よりは後の謎時空。珍しくまともに恋人付き合いに至るような話。

    ##ラハ光

    Forelsket青天の霹靂である。
    「ラハくんまさか、あの人からヴァレンティオンの贈り物、受け取ってないの?」
    そんなはずはないだろうと言いたげな顔のクルルの一言である。あの人。すなわち、ラハが焦がれてやまない英雄からの贈り物。愛の祭典ヴァレンティオンの。そうした催事があることはエオルゼアに一時とはいえ身を置いていたため知っている。なんなら、それに託けてかの英雄への贈り物をいそいそと準備してきた帰りに浴びせられた衝撃の事実である。ラハは英雄がオールド・シャーレアンに来ていたことすら知らない。バルデシオン分館にて、珍しく綺麗な包装の箱を持って帰ってきたラハに、この昔馴染みは「あら、色気づいちゃって。お返し?」といった。「からかうなよ。普通に、プレゼント! なぁあの人からシャーレアンに来る予定とか連絡入ってないか?」「……えっ、と、まさかとは思うんだけど」その後冒頭に戻る。なんとつい先ほどバルデシオン委員会宛に「みんなで分けて食べてください」とヴァレンティオンのお菓子を配達し、クルルには別枠で小さな贈り物をし、颯爽と去っていったというのだ。てっきりラハにそのまま会いにいったと思っていた、とクルルは言う。共有スペースに置かれたお菓子の包み紙は空っぽだった。レストラン・ビスマルクお墨付きの一流シェフが作ったお菓子は、光の速さで消費されてしまっていた。
    「……ヴァレンティオンにしては気が早すぎないか?」
    「ラハくんにだけは言われたくないと思うわよ」
    まだ霊1月に入ったばかりである。いささか気の早い配達であった。ラハがプレゼントをすっかり用意してしまっているのはいつ彼女に会う機会があるかわからないからであって、気が逸っているからでは別に、全く、ないのだから、これは正当な主張である。
    まだこの街にいるだろうか。可能性は限りなく低いように思われたが、かといって、ラハ宛に何もないとまでは思えなかった。自惚れではなく――彼女にとって少しだけ特別な席に座っている自覚があるので。まあ、それはそれ、これはこれ。こんな私欲に塗れた理由で暁のリンクパールを使ってまでその所在を確かめる勇気はない。今この時ラハに用事があったなら、すれ違わないようクルルに言伝があったはずだ。そういう人だから。
    ……――それってつまりは。憧れの人からのヴァレンティオンを自分だけスルーされかけているということになる。が、ぶんとかぶりを振って切り替えた。いやいや。元々こんな、言葉を選ばなければ俗っぽい催事に彼女は消極的ですらあると思っていたわけだから、プラスなくらいだろう。ラハからの贈り物は――愛は――存分に受け取ってもらわなければ。
    「……よし!」
    やけに奮い立った様子のラハを見つめて、クルルは小さく肩をすくめた。「張り切りすぎてこけないようにね」と。
    思い立ってすぐ駆け出す、自由で元気のいいラハというものは見ていて気持ちがいい。目標があって突き進んでいる時、彼は誰より輝いている。ある種姉心のようなそれで、クルルは微笑を湛えた。――ちょこっとだけの内緒に蓋をして。





    数刻前のバルデシオン分館でのことだ。クルルの分のお菓子を手ずからカフェのように給仕するのは、かの英雄である。最初は、そう、ヴァレンティオンの話題から始まって、なんてことない世間話をしていて。他のメンバーのところにも足を伸ばすつもりだ、せっかく世界が平和で、自分の仕事もないのだから、と。そんなことを彼女も語っていたはずである。ゆったりと時間は流れて、その中で。ぽつりと問われたのだ。
    「小さい頃のラハくんってどんな感じだったんですか」と英雄が尋ねると、クルルは目に見えて色めきだった。まあラハくん、今日は記念すべき日よ、と。他人のパーソナルな部分に自分から踏み込むタチでない彼女が自ら彼の過去を探りにきたのだから!……などと思わず逸れていく思考をそっと目の前の女の子に戻して、クルルは微笑む。
    「そんなに今と変わらないわよ。やんちゃで、本の虫で、集中すると周りが見えなくなる男の子」
    「へぇ、変わらない、と……クルルちゃんからすれば、そうなのですか」
    ひょこりと片眉を上げたクルルに英雄はなんだか言い訳のように続ける。曰く、クリスタルタワーの調査で出会ったグ・ラハ・ティアと、その後数百年の未来を経た水晶公であったグ・ラハ・ティアと、その記憶を受け継いだ現在のグ・ラハ・ティアとでは、『むかしそのまま』な部分ばかりと言うには違和感があるのではないか、と。
    「じゃあシグリさんにとっては、今のラハくんは他のラハくんとは別人?」
    「そういう、わけでは……いえ、違うんです。その、わたしよりよほど付き合いの長いあなたが、何をもって彼の『変わらないところ』を定めているのか聞いてみたかっただけなんです」
    「ふぅん、そうね……例えば、ええ、女性の趣味とか?」
    揶揄うように告げるとキョトンとした顔で迎えられる。きっと重たい話をしたくて振ったわけではないのだろう、と汲んでの返しだったが、目の前の彼女はじょせいのしゅみ、と話の流れから放り出されている。
    「まあ、正確には人間の趣味、英雄の趣味かしら。歴史を作るほど強くって、人に手を差し伸べる優しさがあって、その英雄譚をなぞるだけで勇気の湧くようなまっすぐな人。ラハくんはずーっとそんな英雄を物語の中に追いかけていたわ。だからね、あなたにくびったけにになっているってだけで、私にとっては『変わらないな』って感じで安心するわよ」
    「ああ、なるほど……そういうことなら、理解が及びます。英雄フリークですものね。恋愛ごとの話かと思ってびっくりしました。ラハくん、浮いた話全然ないでしょう」
    「……ないと思う?」
    「あるんですか!?」
    純粋な驚嘆に満ちていた。かと思えば、喜色がうっすらと滲んでいるようにも見えた。実を言うと、クルルは彼女の他人に向ける感情の読みづらさに思うところがあった。言葉の、心の壁を超えることに特化した力の持ち主ということもあって、驕りではなく人の気持ちに敏感な自覚のあるクルルだからこそ。彼女の中にたくさんある、たぶん、好意であろう気持ち。それは親愛かもしれないし、恋愛かもしれない。そんな芽がたくさんある人なのだ。本人にもよくわかっていない気持ちが育ちきらないまま、外から荒らされてしまわないかという心配が確かにあった。彼女とラハの間に横たわる、名状しがたい愛情もそのひとつである。
    「ちっともよ、ちっとも! 年頃にもなれば恋愛とかえっちなこととか相応に興味あったみたいだけど、あっただけみたいだし。あなたに出会ってからはすっかりあなたにお熱だもの!」
    「そ、……その列にわたしを並べられても」
    「あら?でも、目が泳いだわ。気になるのかと思っちゃうじゃない」
    「なにを、ですか」
    「そうね……この場合は、ラハくんの下心かしら?」
    「っうぇ、」
    ああ、ああ、なんてことだ! 星を救った大英雄がそのへんの少女のように身近な人の愛欲の話に気恥ずかしそうに目を逸らしている。こんな平和な話があるだろうか!
    ところで、クルルの知る『ラハくん』という人は、基本的には賢く心優しく、一度決めたことはやり通す男であったはずである。迂闊というか、詰めの甘いところはあるけれど。だから、つまり、こうして彼の一番憧れの英雄――それも恋愛関係や自分への執着といったものにいまいち鈍いひと――になにかしがを悟られている現状はたぶん、彼の“迂闊”じゃなかろうかと、思うのだ。だってこんな無垢な人にうっかり欲情を覗かせてしまうようなこと、あの頑固な男がするだろうか!
    「……するかもしれないわね」
    「なにがですか?」
    「いいえこっちの話よ。それで――ええと――恋バナでよかったかしら、あなたとラハくんの!」
    「そ、そんなものはありません。恋情とか、肉欲だとか、そういったものを滲ませているラハくんをわたしは見たことが……ないなとは……思っていて、思って、いたんですが……」
    モゴモゴと口籠るのはなんだか珍しいような。いいや、世界が一旦の平穏を得てからはそれなりに見るようになったかもしれない。このひとに人間らしく悩む時間があるのはとても良い傾向だと、昔馴染みがクルルの脳内で満足げに頷いた。――ラハくんって彼女のなんなのかしら。
    「ほら、ラハくんはスタイルのいい女性が好きでしょう」
    「……なんですって?」
    「年上の、胸の、ふくよかな……? 太ももは?って言われて太もももあった方がいいって言ってたかもしれません。それでですね、」
    「待って待って! まずそれはどこからの情報なの!?」
    「本人です」
    そんなわけはない! 再会してからこっち、ラハは三大欲求を食欲と睡眠欲に全部持っていかれたんじゃないかという勢いで性欲のせの字も見せない人間をしているというのに!――主に目の前の彼女に純度100%の慈愛と憧憬を向けているせいである。
    「クルルちゃんに聞かせるような話でもないのですが……ほら、飲みの席って盛り上がるでしょう、猥談。冒険者のみなさんなんか酒場での定番の話題ですから……ノアの打ち上げでも大層盛り上がって」
    「や、……やっと話が繋がったわ!」
    そりゃあ猥談で盛り上がるラハくんと今のラハくんではまるで別人のようかもしれないわね! そんな話だとは微塵も思わなかったけど!
    「だからきっと、そんなはずは、ないんですが」
    むにゃ、と口の中で何度も何度も言いづらそうに転がして、英雄はやっと本題を口にした。――つまり、まあ、クルルがせっかくの美味しいお菓子の味を忘れてしまったのは、全面的に彼女とラハのせいなのだ。

    「……ラハくんってもしかして、わたしのこと、……す、好きなんでしょうか!」
    「長かったわねぇ……」
    「何が!?」

    満更でもなさそうな表情だった。だから、そっと背中を押すことにした。これがクルルからラハへの『秘密』――ただ、その場ですぐ彼女がラハに会いに行かなかったのは、読み違えたと言うほかない。だって彼女はいつだって行動の早い人で、迷いのない人だったから。もしかしたら、クルルの善意からのフォローが色々と裏目に出た可能性もあるかもしれないが。

    「一応訂正しておくわね、シグリさん。何も恋愛感情に性欲は必ずしも付随して来るものではないのよ」
    「へぇ。愛にも種類はありますものね」
    「ええそう。だから、それを踏まえて……あなたの感じたものが全てだわ。ラハくんがあなたのことをだーい好きなのも、憧れてるのも、愛してるのも、女性として邪な目で見てるのも。全部別だけど、全部ラハくんの大事な気持ちよ。嫌な気持ちになった?」
    「どうして?」
    「ふふ、ううん。お節介よ、ただの」

    ヴァレンティオンの贈り物、ありがとう、と微笑むと、彼女は満足げに頬を緩めた。普通の様子だったと、記憶している。ラハから向けられる感情に戸惑う様子もなかった。では――どうして、彼女はラハくんに会いに行っていないのだろう?





    冒険者はすっかり途方に暮れていた。なんせ、恋の作法なんてものはちっとも知らないので。
    英雄なんて名で呼ばれてはいるがこの冒険者、元来てんで人の輪の中で生きてきた経験のない生粋の根無草である。興味の赴くまま足を運び、文化や知恵を見聞きして、食べて行けるだけの命を狩って、時に困っている人を手助けする。そんな暮らしの染み付いた旅人の魂と共に生きている。人の縁とはすれ違うものである。いつしか再会することもあったとて。
    だというのに、いつの間やら、見知った顔を背中に庇うようになった。腕の中に入れて守りたい仲間というものができた。――手を繋いで歩いていきたい人だ、と思った。帰る場所もなく走り続けていた冒険者を、どこまでも追うのだと彼が――グ・ラハ・ティアが言うから。己も知らない旅の先を、共に見てくれる人なんだと思うようになっていた。
    とんでもなく一途で、愛情深いひと。まなざしはいつだってこちらを見ていて、背筋が伸びる思いだったが、最近はきっとそれだけじゃない。彼の視線にそわそわするようになった。見られている、と思う。自分でも気づかないような心を覗かれている。覗き込もうと、している。余す所なく興味を持たれている。何か、冒険者の知らない情の滲んだ視線が、ちっとも嫌ではなかったのだ。
    クルルの言う通り、きっとそれは、憧憬で慈愛で好意で夢想で欲情で親愛で愛情なのだろう。そういうもの全部をもってラハは自分を追っている。ふと振り返って、それに気がついた。見つめる瞳と目が合った。全身に勢いよく血が巡るのを止められる人間はいないのだ。愛も恋もぼんやりとしか掴めない冒険者が一気に理解させられて、挙動をおかしくするのも無理からぬことである。クルルと話して、確信を持ってしまった。もう後戻りはできないのだ。

    「……わたしは、そう、あれるでしょうか」

    真っ直ぐに人を好いて、真っ直ぐに人を信じて。溢れるほどの愛を人に理解させるような生き方を、冒険者はしてこなかった。自他の感情に疎くすらあるだろう。人の顔色を見るのも、悪意を読み取るのも、冒険者稼業に必要だったから覚えただけで、愛情のやりとりに活かすつもりはちっともなかったことだから。
    でも、今、変わりたいのだ。国の存亡も世界の安寧も星の命運も背負っていないただのわたしが、あの愛に応えたいと思ったのだから。
    ――どのようにして?
    これである。だって、通算何百年をまばゆい英雄を想って超えてきた人相手に、見返りを求めない人相手に、一体どのようにしてこの声を届ければいいというのか!
    かくして、ヴァレンティオンを最終期限に据えた縦横無尽贈り物探しの旅は幕を開けたのである。この愛を託すに値するものを求めて!
    ……ついでに、バルデシオン委員会に届けたようにして各地の知人への感謝の贈り物を用意。できる冒険者は証拠隠滅の準備もバッチリなのである。





    相変わらず、探し求めるほど見つからない人だ!

    ガレマルドに行けば双子や復興支援のみんなに歓迎された。
    「彼女なら復興支援に参加していってくれたよ。ほとんど裏方に徹していたけれどね」
    『エオルゼアの英雄』の影はガレマルドの民を怯えさせるだろう、と。なんともあの人らしい話だ。
    「そのついでに大量のホットチョコレートを炊き出ししていったわ。まったく、どうやってこんな量準備したんだかってくらいのやつをね」
    「皆で分け合って暖まったよ」

    イルサバード大陸をラザハンへと向かえば、逗留しているエスティニアンと顔を合わせることができた。
    「今度はお前か……なんだ、もしかしてあいつ、逃げ回ってでもいるのか?」
    「逃げるだなんて……たまたまオレの運が悪いのか、ちっとも巡り会えないんだ」
    「へぇ。来たぞ、俺のところにも。『エスティニアンさんにチョコレートの良し悪しがわかるとは思ってないので』とのたまってスルメを置いて去っていったな。失礼なやつだとは思うが……実際このくらいがちょうどいい。ここにいるとやけに歓待されて、確かに美味いがこういうのが恋しくなってたところだった……」
    「はは、あんたには割と素直じゃない言い方するよな、あの人。みんなの好みに合わせたプレゼントにしてるんだろうに」
    「まったくだ。ところであいつ、恩人が立ち寄っただなんだとここの民に囲まれて豪勢にもてなされて肩身狭そうにしてたぞ。あんたも見つかったら捕まるんじゃないか?」
    「……念のため早めに立ち去ることにするよ」

    エオルゼアへ戻る道中、空腹で力尽きてるモーグリに食べ物を分けてやれば、サンクレッドとウリエンジェの近況が聞けた。
    「配達士シグリなら、最近モグたちに荷物を預けたくぽ!」
    渡した携帯食糧をいそいそと食みながらモーグリは言う。
    「サンクレッドとウリエンジェは、と〜っても見つけるのが大変で……その帰り道でクタクタだったくぽ!助かったくぽ〜」
    「配達業ご苦労様。この時期は大変だろう」
    「まったくくぽ!こ〜んなおっきな袋だったくぽ!ちっちゃなチョコレートがいっぱい入ってて、レポリットたちにも一個ずつ配られてたくぽ!モグもお裾分けもらったくぽ〜」
    「はは、なんだ、いい思いしてるんじゃないか」

    ドラヴァニアへと魔女の力を借りに来れば、辛気臭い顔をしてなんだい、と軽く叱られた。
    「小娘ならやってきたよ。『使い魔さんたちってチョコ食べられます?』だなんて惚けたことを言いながらね」
    「こんなことを言っているけど、彼女の差し入れのケーキ、マトーヤをご機嫌にするほどの出来だったのよ」
    「ご機嫌取りに自分の作業の手伝いまでさせていくシュトラほど偏屈じゃないだけさね」
    「マトーヤに言われたらおしまいね。……思えば、頼まれごとで走り回っているのはよく見るけれど、イベントごとに自分から乗っかっていくのは珍しいかもしれないわね。何かご存知?」
    「むしろ、知りたくてみんなのところを回ってるんだが……こんなに捕まらないとは……」
    「ふぅん、そう。なんとなく予想がつかないでもないけれど……木を隠すなら森の中と言うしね」

    頼みの綱、と少し前までの集合地だったレヴナンツトールに足を運べば、笑顔のタタルに出迎えられた。
    「ふっふーん!シグリさんには共同レシピ開発をお願いしていたのでっす!お互い職人の端くれ!イベントごとには精力的にいかなくては!と!」
    「はは……流石の情熱だ」
    「そういうわけで数日予定をいただいてはいまっしたが……もう立ち去られたあとでっすよ。グ・ラハさん、試食だけでもしていかれまっすか?」
    「せっかくだが遠慮しておくよ。商品化したら是非教えてくれ」
    「ふふ、楽しみにしていてほしいでっす!」

    そのほかにも、クルトゥネやホーリーボルダー、クレメンスに……各地に散った元暁の血盟員みなの元をばっちり回っているらしい。マメにも程というものがあるだろうとため息をついた。あんまりにも無軌道な足取りに、行き先を掴むもクソもなかったのだ。自由を得た彼女の勢いは凄まじかった。
    書物の中、異世界、今生きる世界。やはり、どこにいたって――手の届かない光のようなひとなのだ。





    結局、ラハが彼女に会えたのはヴァレンティオン前日のことだった。ハート型の飾りで彩られたリムサ・ロミンサの一角、贈り物のおすすめとして押し出されたチョコレート特集の市場。ひどく真面目な顔で吟味している横顔を見つけたのである。

    「自分用の珠玉のチョコレートを探していました」
    「珠玉の……?」
    「食べたことがなくて、おいしくて、心惹かれるものです! わたしは食が太くないので、あまりたくさん買っても仕方ないですし」

    ラハくんも一緒にいかがですか、と、気の抜けるようなお誘いを受ける。結局いつもこうしてラハばかりがこの人の一挙一動に振り回されているのだ。

    「……じゃあ、あんたが気になったもの全部買おう。残りは全部食べられる自信があるぞ、オレ」
    「た、……」
    「た?」
    「頼もしい〜……!」
    輝いた瞳に素直に喜ぶべきか、少しだけ、迷った。迷って、如何ともし難い顔をしている間に、はた、と彼女の表情が固まったのである。しまった!と顔に書いてあった。
    「やっぱりダメです」
    「なんで!?」
    「今選んでるのはわたし用であって……ラハくん用じゃないので、……いや、でも……」

    彼女に会えた嬉しさに顔ばかり見ていたけれど、ふと目を落としてみれば随分な大荷物である。自分用の珠玉のチョコレートを厳選していた……にしては、両手いっぱいによくばりのあとが見えた。それとも、ヴァレンティオン当日に向けてまだまだ贈り物を配り歩く用事があるというのだろうか。これだけの地域に足跡を残しておいて。

    「ねぇラハくん、お腹空いてますか?」
    「え? ああ、まあ」

    じゃあ、と言って英雄はラハの手を取った。一瞬の浮遊感ののち、突如放り出されたのは冒険者居住区の一角。目を白黒させるラハを尻目に、彼女はアパルトメントへと突き進んでいく。慌てて追いかけて、招かれるままに一室に足を踏み入れた。まさかあんたの私室か?と問えば、肯首をもって返された。
    開いた扉の中からは、チョコレートの香りが津波のように襲いかかってきた。いいや、一番鼻をついたのがチョコレートの香りだっただけで、甘ったるい香りですっかり満たされた空気が流れ出してきたのだ。うわ、ともつかない声を出して彼女はパタパタと屋内へ駆け、窓を開けて回る。

    「すみません、ヴァレンティオンのお菓子作り、全部ここでやってたもので」

    ああそうだな、オレだけもらってないやつな。と若干のふてくされた気持ちが顔を出したせいで、気のない相槌をうってしまった。いけない、いけない。そんな小さな嫉妬心なんかのために、敬愛する人を探していたんじゃない。
    促されるままにソファに腰掛けると、目の前のテーブルに紙袋からポン、と包みを出してみせた。「まずはこれ、いつもありがとうのやつで」 ポン。「委員会再建活動がんばってますねのやつで」 ポン。「戦闘訓練怠ってなくてえらいですねのやつで、」「ちょっと待ってくれ」「なんですか?」「話が見えないんだが……」「きみ用の贈り物です。ヴァレンティオンの」「え、オレの!? あんたの手作り!?」「いえ、違いますが。続けますね」 なんでだよ。流されるままに彼女の取り出す贈り物の山を眺める。どれもこれもカラフルな包装に飾られている。デザインに統一感はない。一つ一つにラハへの褒め言葉や労りの言葉がくっついてくる気恥ずかしさに気を取られていたけれど、もしかして、世界各地で買い集めてきたのだろうか。このプレゼントの山を。

    「会いに行くのが遅くなってすみません。迷ってたんです、贈り物。わたしはきっと、きみのために、誰より美味しいお菓子を作れると思います。けれど、わたしはそれじゃ満足できなかったので」

    きみを蔑ろにしたかったわけじゃないと彼女は言う。ただ、ひたすらに迷っていたのだと。他でもないラハへの贈り物に。

    「……あなたが長い、長い時間をかけてわたしの名前を追ってくれたように。あなたの導になることが、わたしを英雄たらしめたように。あなたの波乱に満ちた百余年を、どのようにして賞賛できるでしょう。あなたの慕情に、どれだけわたしは応えられているんでしょう」
    「あんた、意外と気にしいだよな。水晶公としての百年なんて、オレがどうしてもあんたの未来を諦められなかっただけのことで……オレの気持ちだってなんだって、あんたが気にすることじゃないのに」
    彼女は静かに首を振った。
    「あの時、あの場所で、ふたりきりで。水晶公の心を預かったその時から――わたしは必ずあなたを幸せにすると決めていました」
    「……初耳なんだが」
    「言ってませんからね」
    「おおげさだ。あんたに縋るやつらみんなを幸せにしてまわっていたら、いくら寿命があっても足りないぞ」

    ラハの言葉に冒険者は苦笑をこぼす。「そんな風に言うと思ってました」なんて言いながら。だから足りないというのだ。その辺に転がるどんなプレゼントも、脳内でこねくり回すどんな言葉も、盲目なまでの一途な愛に、塗りつぶされてしまう。とどのつまり――英雄曰く、ラハは自信が足りないのだ、と。一番大好きな憧れの英雄から、好かれている自信というものが。英雄に縋る誰かの話なんかひとつもしていない。ただ、目の前のラハの話をしているというのに。大事な、大事な人の。だけど、きっとそれって、わたしのせいだ。

    「きみは……溢れんばかりにわたしに愛を伝えてくれるでしょう。わ、わたしだって、……わたし、も、きみに、」

    惑うように言葉が途切れる。

    「愛されている実感というものを、あげられるでしょうか……!」

    ラハはぽかんとした顔だった。冒険者は特別な人間というものを知らない。心の中のいっとう日当たりのいい席に置かれた誰かというものを作ったことがない。そんなことはラハも知っていて、これから先も自分が座ることはないと思っているのだ。英雄は分け隔てなく人に優しい。遍く人を救う生き物だ――なんて偏ったことを思っていやしないかと、彼女が疑うほどに。英雄である前に、親しい人にとみに情を抱くこともある、ただの小娘なのだけれど。

    「自信がなかったんです。どんな形が一番伝わって、どんな言葉がきみを喜ばせるのか。わからなかったからどんどんと先送りにしていました。素直な気持ちを伝えるための愛の祭典ですのにね。そんなの、ちっともらしくない」
    「……あんた、結構素直な人だと思うけど」
    「そういうことじゃあないんですってば」
    「じゃあ、どういう、」
    「大好きです、ラハくん!」
    「え!? あ、ああ、オレも――」
    「きみの望むこと、なんだって叶えてあげたいし、世界一きみを幸せにできる人であり続けたいんです。それってとっても特別ですよね? たった一人、一人ですよ! 世界中の人なんかじゃなく、きみを幸せにしたいんです!」

    捲し立てるように言って、満足げに微笑んでみせたものだから――ラハは呆気に取られる他ない。愛の告白だ。カップルだってこんなに熱烈な愛を囁かないだろうというくらいの。心臓が耳をつんざくように鳴っている。全身が熱くなって、変な汗までかいてきた気がする。――特別? オレが? この人の?
    声も出ないままソファから滑り落ちる。しゃがみ込むラハに、冒険者は一歩、二歩と歩み寄って、その頬に触れた。びくりと露骨に肩が揺れる。

    「わたしの、気のせいでしたか。きみが焼き切れるほどあつく、わたしを見ていたの」

    そんなわけがあるか。ラハが彼女から目を離せた試しはない。その視線の意味を理解される日が来ようとは、ちっとも思っていなかっただけだ。

    「愛情でも、恋心でも、憧憬でも、下心でも。きみからならなんだってうれしいんですけど……それでも、信じられません? あんたは何にもわかってないって、言われてしまいますか?」
    「バレてんのかよぉ……」
    「バレバレだったらしいですよ」
    「なんだよそれ、誰が告げ口したんだ、あんたに、そんな……」

    それには黙して答えなかったけれど、彼女は言った。「わたし、世間一般の定義に照らして、悪い女なんですよ」と。ラハの一途な気持ちを弄んで、友達とも恋人ともつかない距離感を保つ、不義理な人だと。それは違うと噛み付くと、おかしそうに笑われた。「つもりはなくてもそうなんでしょう。きみに性的に見られているとは思ってませんでしたので、弄ぶもなにもないと思ってました。だってこういうの、ハニートラップのようなものへの形容じゃないですか?」「じゃあ今はエロい目で見られてる自覚があるってことか?」「も、もしかしたらとは……」まあ、成長といえば成長なのだろう。腑に落ちない気持ちでラハは重たい口を開く。胸の奥底に沈めておくはずだったもの。

    「なぁ、オレさ。あんたに贈り物しようと思ってずっと探してたんだ。愛の祭典にかこつけて、オレからあんたに尊敬とか、感謝とか……そういう綺麗なとこだけ受け取って欲しくて」

    でも、だけど、とつっかえた言葉を取り出す。

    「……本当はちょっと、あったよ。あんたを独り占めしたいとか、あんたを手に入れてしまいたいとか、そういう気持ち。自由な姿が好きなのにさ。かっこ悪くって言えないだろ、こんなの」

    ずい、と突き出したのはラハからのヴァレンティオンの贈り物だ。食べ物や花のような消えてしまうものにしきれなかった。相手は旅人だというのに、形に残るものを贈りたいと思ってしまった。わざわざ飾り石に自分の魔力で祈りを込めたネックレス。お守りだなんて嘯いて渡すつもりだった。それなら受け取ってもらえるだろうと思って。

    「好きだよ。オレがどれだけあんたのことを想ってきたか、知らないふり、すればよかったのに。わざわざ暴き立てたんだから、責任とって身につけて、オレのマーキングだってバラして歩いてくれよ」
    「あはは、そんなことでいいんですか? よくばりが足りませんね」
    「うまくなったと思ったんだが」
    「まだまだ、どんとこいですよ」
    「じゃあ……今日、このあと、空いてるか? ……いや、一緒に過ごしたい」
    「その調子です。なんと、元々きみに会うために明日まで予定はすっからかんなのです」
    「……ここにあるの全部、分けっこして食べよう。それから、あんたの作る、オレのための誰より美味しい菓子も食べたい」
    「もちろん」
    「手を繋ぎたいし、……ハグ、とか、キスだって、したいよ」
    「よろこんで」
    「安請け合いするなよ。その先だって、全部だぞ。簡単に男を部屋に招いちゃダメだろ」
    「……実感はないですが、覚悟はしてます」
    「えっ!?」
    「それで、他には?」
    「え、ええっと、もっと日頃からいっぱい顔が見たいし」
    「頑張ります」
    「それで、……それでさ」

    小さな手を取る。ラハは静かに口を開いた。予め定められたハッピーエンド、微笑みを持って迎えられる言葉。夜空の星はもう、手のひらの中にある。

    「オレの隣を百年生きてくれ」

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