独歩が過去に跳ぶ話。ヒプノシススピーカーーーー
「いや、起動はしてないな…」
右手を見ても旧型モバイルは無かった。
では、これはなんだ?
目の前、否ーーー
360度全て独歩のヒプノシススピーカーが浮かんでいる。そして無限に続く真っ白な部屋。
スピーカーであるPCがノイズを散らしながら、何かを流している。
全く身に覚えが無く、
どうしてここに居るのか分からないが、
ひたすらに続く空間に少し恐怖がある。
夢、だと思いたいし、早く覚めて欲しい。
いくら普段から独りにしてくれ、と思っていてもこんな無機質な空間には居たくない。
寂雷先生、一二三…
助けてくれ…
入間、さん…
パン!
彼の顔が浮かんだ瞬間、目頭が熱くなり泣きそうになった。
ダメだ、こんな所早く出なくては!
そう思い自分の頬を叩く。
立ち上がり、1番近くのスピーカー、もといPCを覗きこむ。
「これ…は…俺?」
無音で映し出されて居るのは、
恐らく大学生時代の自分だ。
慌てて他のPCを覗き込むと、様々な年代の、俺、が映っていた。
「……ま、まさか!走馬灯ってやつなのか?!俺しんだのか?!いやいやいや、走馬灯は死ぬ前で…俺は俺は…?痛っ‼︎」
急にズキリと痛む頭。
パニックになっていたが頭痛のおかげ(おかげっておかしいな)で正気に戻る。
とりあえず、記憶がある限りの直前行動を思い出そう。
…そうだ、俺は…
日付が変わる頃、いつも通り会社を退勤した。急いで終電に乗ろうと走っていた時、路地裏から女性の悲鳴が聞こえてきた。
引き返し、女性の声がした方へ駆けつけると、
5、6人の男子に囲まれた女性がグッタリしていた。男達が起動しているヒプノシスマイクーーー
原因は見て明らかだ。
頭に血が昇ってしまった俺は、
男どもとラップバトルを行い、辛勝した。
女性を病院に連れて行こうと肩を抱こうとした時、酷い頭痛に苛まれーーー
そこから記憶がない。
もしかしたら、他種のヒプノシスアビリティを一気に浴びた副作用で…
「…だけど、ここはどこだ?…精神と時の部屋か?ハハッ…」
いや笑えん‼︎どうしろってんだ‼︎
現実世界に戻してくれよ…‼︎
現実逃避約3分。
俺はとりあえず周りのPCを覗き込みに行く事にした。それしかやる事がない…。
赤ちゃんの俺、小学生の俺、ーーーディビジョンラップバトルで優勝した時の俺。
寂雷先生と初めて出会った時の俺。
一二三がーーートラウマを…。
入間さんと付き合う前に、食事に行っていた時の俺。
「入間さん…この時、俺の事好きだったのかな…」
懐かしいな…音声、聞こえるのかな。
俺は思わずPCに手を伸ばした。
その瞬間、キーボードに手がめり込んだ!
「わー⁈」
そして、何と画面の中の、俺、の背中に触れた。
急いで手を引き抜くと、画面の中の、俺、が驚いた様に周りをキョロキョロしていた。
画面の中の入間さんは心配そうに何かを話している。
ちょ、ちょっと待て!これ、身に覚えがあるぞ⁈
あの時(つまりは画面の中の出来事)、
入間さんと食事していたら誰かに背中を叩かれたのだ。
俺はびっくりしてすぐ後ろを振り向いたが、
誰も居なかった。
入間さんにも聞いたが、誰も後ろには立っていないとの事で、不思議な事があるんだな…と、話の種になったのだ。
「あれは…俺だったのか…?」
そしてこれは、(どういう原理か全くわからんが!)過去に触れる…もしくは全身でダイブすれば過去に行ける何か…なのか?
しばらく考えたが、
これは俺がアクションしないと元の場所に戻れないのでは?と、SF染みた考えにまとまった。
さて、そうなるとどこにダイブするべきなのだろう。
見渡す限り無限に有る過去の世界。
俺なんかが過去に触れていいものがあるのか?
悩みながら歩みを進めていたが、
1つ。異常にノイズが酷く、モニターがぼろぼろの物があった。
気になり覗き込むと、
見知らぬ夫婦が幸せそうに笑っていた。
「この顔、どこかでーーー」
これは…
入間さんの両親だーーー。