夜中の一時。深夜に似つかわしくない油の匂いがキッチンに立ち込めている。普段であれば寝室で横になっていることのが多い時間だが、今日は深夜にも関わらず、紅郎はキッチンに立って揚げ物をしていた。揚げたてのポテトの匂いが食欲を誘う。
こんな時間にフライドポテトを揚げるなんてどうかしていると思うが、今日に限っては仕方がないのだ。
それは朝、紅郎と千秋が仕事に行く前のこと。
『うう、どうして夏になるとホラーものが流行るんだろうな…』
『毎年言ってんな、それ。心霊スポットにでもロケに行くのか?』
『そうなんだ!しかも学校!夜の学校というだけでも怖いのに、曰く付きの廃校なんてもう…想像しただけで怖い!』
『仕方ねえな…じゃあフライドポテトでも作って待っててやるから、それ目指して頑張れ』
『えっ、本当か!?いやでも、帰ってくるの深夜だぞ?』
『俺ぁ明日オフだからな、たまにはいいだろ』
そんな会話をして、一喜一憂する千秋を見送ってから自分も仕事に向かい、あれこれ一段落つけて今に至る。
いつまで経ってもホラーの類が泣くほど苦手だというのに、仕事とあらばどんなに嫌なことだって我慢して、克服するいい機会だと奮起する。親友としてそんな背中を押してやるのはもちろん、恋人として労ってやりたいと思うのは当然のことだろう。
暖かいうちに食べさせてやろうと、あらかじめ聞いていた帰ってくるおよその時間に出来上がるように作っていたのだが、片付けが終わっても帰ってこない。ロケが押してしまうなんてことはよくあることだが、まめに連絡を寄越す千秋からなんの連絡もないというのは少し心配になる。疲れてロケバスの中で寝ているだけかもしれないが。
帰ってくるまでソファで横になっていようかと考えながら、粗熱のとれたフライドポテトの皿にラップをかけていると、カチャリと玄関から音がした。やっと帰ってきたらしい。
しかし、いつもなら扉が閉まると同時に聞こえてくる「ただいま」がない。それほどまでに疲れてしまったのだろうかと、出迎えるべく廊下に出る。
「おかえり。遅かった、な……?」
千秋は暗い玄関で靴を履いたまま、俯き佇んでいた。疲れているだけとは言いがたい、ただならぬ様子を感じ足早に歩み寄る。
「守沢、どうした…?」
名前を呼ぶと、千秋はゆっくりと顔を上げた。その顔色は暗い室内でも分かるほどに白く、虚ろな瞳が紅郎を捉える。
常に輝きを湛えた千秋の瞳から光が失われているのを目の当たりにし、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
「鬼龍…」
ゆらり、と緩慢な動きで鬼龍を求めるように手が上がる。力なく呟かれた声色からは感情を読み取ることができない。目の前にいるのは確かに千秋のはずなのに、暗い中伸ばされる白い腕が千秋のものではないような気がして、紅郎は僅かにたじろぐ。
だが、千秋の手をとらないという選択肢が紅郎にあるはずもない。