ギフト仕事のほんのわずかな休憩に自転車をとめて空を眺めていたらふと母さんのことを思い出した
元気だろうか？
夢とやつを追いかけてあの街を離れた
いらねえよって言ったのに半ば強引に見送ってくれたあの春の日
俺は正直ちょっと不安だった　そんな俺に「後悔だけはしちゃいけないよ」と笑顔で言葉をかけてくれた
あの時の言葉と笑顔を俺はずっと覚えているし、これからも忘れないだろう
今思えば母さんだってひとりになるのは不安だったはずだ
（この前だって電話をかけた時「いつでも帰っておいで」と耳がタコになるぐらい聞いた）
でも何かをあきらめて母さんのもとに居ることの方が母さんは悲しむだろう　あの人はそういう人だ


昔からいつも母さんを泣かせた　何度も涙を流させた
素直になれなくて罵倒を浴びせた　でも、そんな俺でも見放さず愛してくれた
刈野とのことを正直に言ったら母さんは喜んでくれるだろうか
電話しても自分の彼氏のことばっかりで俺に彼女がいないのとか結婚しないのかとも聞いてこない　母さんはきっと見抜いている　女の勘をなめるんじゃないよとか言われそうだ
いつだって俺の味方でいてくれた　大人になるまで気づけなかった　母さんは強い
いまなら母さんのもとに生まれてよかったと言い切れる


今度家に帰ってみよう　全然帰らないからびっくりするだろな
母さんの彼氏もどんなやつか俺がちゃんと見てやらねえと　
「ゆうや」と優しく呼ぶ声を俺はあと何回聞けるのだろうとたまに思う
その優しく呼ぶ声をもう悲しませないように　胸を張って堂々と生きてやる
いま俺が母さんにあげられるものは　幸せな俺を見せつけること　それだけだ


ふうと息を吐き仕事モードに切り替えて自転車のペダルを踏みこむ
「さて、くそエリートくんのスクープでも撮って母さんにいい飯食わせてやるか」とひとりごちる
母さんとなんの飯が食えるかはやつの肩にかかっていた