僕の目に写る偶像「ニキ、おめェなンかユタに余計なこと言った?」
人の目がない、二人っきりだと意外と静かな人が僕を呼び止めた。んでもまだちょっと“天城燐音”だな。ここはESの廊下だし、誰か通るかもしれないから当然か。
「余計なことってなんすか? 燐音くんへの愚痴とか?」
「それ言ってンのヒナの方だろォ?」
普段の“天城燐音”ならこんなこと言えばちょっと過激なスキンシップが飛んでくるものだが、僕の“燐音くん”はただ事実を指摘するだけ。
っていうかなんだろ。心当たりがないな? ひなたくんや弟さんには寮で同室であるから結構燐音くんのことを話すが、ゆうたくんとはあまり接点がない。もちろん接客としてなら接するけれど、それだけだ。
「ユタに『メンバーに包丁なんか持ち出されないようにもっと思いやりを持て』って言われたンだけど?」
ああ、合点がいった。確かに接客中にそんな話をした。彼が悩んでそうだったから、突拍子もない話をすれば元気が出るかと思っての行為だった。
「言いましたね? そういえば。『包丁沙汰の喧嘩をしたことがある』って」
「ああ、それで」
納得したように燐音くんが相槌を打つ。しかしぼかしまくったとはいえ、そんな風に伝わるとは。ちょっと気を付けないとな。自分が他人にどう思われようがどうでもいいが、“天城燐音”のキャラ付けにこだわるあまり他のメンバーに変なキャラをつけてしまうのは避けないと。ゆうたくんは誰のことだと思っただろう。
「おまえからしたらアレは喧嘩だったのかよ」
一歩近づいた燐音くんが声を潜めて言った。困ったような泣きそうな、切羽詰まった顔で。そんな顔、ファンどころかスタッフにも見せられないね。
「僕たち喧嘩なんてしたことないもんね」
喧嘩っていうのはお腹が空く。反抗することがそもそもカロリーのロス。受け入れられることは受け入れるべき。ずっとそうしてきた。燐音くんもそれが解ってるから無理難題は言わない。
「僕たちは仲良くなくてずっと燐音くんに振り回されてて喧嘩ばっかりって路線はもうやめるんすか?」
燐音くんに負けず劣らず小声で囁くと、燐音くんは全部理解してにわかに笑った。燐音くんは返す。「おまえに全部任せるよ」と。
僕としてはもうその路線は厳しいと思うんだけどな。あの二人は今はもう存外“燐音くん”を愛しているから。だから、もうそんなに気を張らなくていいんじゃない?
「ギャンブルもその調子で控えてくれると助かるんすけど?」
「きゃはは! 却~っ下!」
すっかり“天城燐音”になった彼は笑いながら上機嫌に通り過ぎていった。ま、あんたがそれが必要だと思うならいくらでも協力してあげる。