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    りゅうや

    @ryuya21_
    20↑の腐 ユリアシュがすきです

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    りゅうや

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    いぬとチョコレートの話 多分前編

    毒の味 アッシュにとって、狼の姿は不便が多い。
     言うまでもなく人の姿と比べ、できない事が多すぎる上に、時期にもよるが少し寝転んだだけでシーツやらソファが毛まみれになってしまう。城の掃除や整備の大部分は城仕えの蝙蝠達が担ってくれているが、彼らの仕事を増やしてしまうのが申し訳ないらしく。アッシュが狼の姿で過ごした翌日は、大体粘着クリーナーを片手に城内を走り回っている彼の姿を見かけることとなる。
     食事に関しても問題がある。人の姿であれば何でも無い物が、狼の姿にとっては有毒となる場合があるのだ。そういった物を食べた場合、消化されて暫く経つまでは狼の姿になると非常に危険だ。
     もし、未消化の状態で狼の姿になってしまったら。短時間の変身であれば然したる影響はない。だが、もし長時間変身する羽目になれば話が変わってくる。だから満月の日は念の為、狼にとって有毒な食べ物は摂らないようアッシュは気を付けている。理由は勿論、うっかり満月を見てしまえば一晩狼の姿から戻る事ができないからに他ならない。
     毒の致死量は体格によって変わる。狼になったアッシュの姿は、普段は主に身内から仔犬のように扱われている訳だが、実際には立派な体格をした狼だ。その体格にとって致死量となる程の有毒物をうっかり食べることは流石にない。だが、致死量でなければ大丈夫という話でもない。
     アッシュは以前、うっかり満月の日にチョコレートを少し食べ、更にうっかり満月を見てしまい一晩狼の姿で過ごす羽目になった事がある。満月の周期は死活問題なので、無論把握していた。だが、ライブツアーなどで世界中を巡っていると、間違えてしまうこともあるらしい。仕事も重なり、疲れも溜まっていたのだろう。
     一晩吐き気に魘されながら過ごした事、ユーリとスマイルに心配と迷惑を掛けてしまったことは、アッシュにとって苦い思い出だ。…もし万が一にも、今度同じ事をしでかしてしまったなら。その時は変に意地を張らず、大人しく動物病院へ連行されよう。そう決意を固めている程度には、苦い。

     だが勿論、狼の姿だって何も悪い事ばかりではない。
     人の姿よりも小回りが利き足も速い分、出先で性質の悪いファンに囲まれた時に素早く逃げることができる。暑い日は城の近くにある静謐な湖畔で、何の気兼ねもなく泳ぎ涼むことができる。
     人の姿よりも体温が高いから、ただ寄り添うだけで、人よりも体温が低い恋人を温めることもできる。…そして。
     アッシュの美しい恋人は、存外動物に対して優しい。普段からして、城仕えの蝙蝠達にも基本温和に接している。狼の姿をしているアッシュに対しても 、その毛並みを撫でる指先はやはり優しく。そして繊細で、心地いい。
     だからだろう。人の姿よりも、狼の姿でいる方が素直に甘えやすいということを、アッシュは重々自覚していた。



     コツコツと、靴底が鳴らす小さく乾いた音が石造りの廊下に響く。城外に面して連なるゴシック様式のアーチからは、月明かりと共にひんやりとした晩秋の夜風が城内へ入り込んでくる。夜風は庭園に咲く薔薇の香気を僅かに纏っていた。空気が澄んでいて、穏やかではあるがどことなく物悲しさを感じさせる、季節の変わり目。
     広く長い廊下を一人歩くアッシュの耳に、木々が風に吹かれ、小さく騒めいている音が夜風と共に届く。彼が手にしている盆には茶器が乗っている。ポットの中では、先程淹れたばかりの城主が好む紅茶が湯気を立てている。今は紅茶がすぐに冷めてしまうほどの気温ではないけれど、やはり淹れたての温かさのまま届けたい。そう思い、アッシュは歩みを少し速めた。
     城の周りには針葉樹が多く、その殆どが落葉しない品種だ。そして城の庭園では、薔薇達が季節を問わず通年咲き誇り続けている。美しい狂い咲きの庭だ。雪が積もったり、緑と影が濃くなったりという変化はあれど、城とその周辺は一年中姿を殆ど変える事は無く、まるで時が止まっているかのようだ。永遠に美しい城主と同じように。
     それでも、間違いなく季節は巡っていく。城と近隣の街を繋ぐ道沿いは、城から離れるにつれ広葉樹が多くなる。その道はもう随分と落ち葉で埋め尽くされてきていた。そして、まだ暖炉に薪をくべる程ではないが、朝晩は随分と冷え込む。冬が近づいてきているのだ。それが、今のアッシュにとっては酷く嬉しかった。
     元々、アッシュにとってこの時期は好きな季節ではある。換毛期も過ぎて抜け毛の心配も減るし、気候も過ごしやすい。年末と新年に向けて、少しずつ世間が浮足立っていくような空気も楽しくて好きだ。だが今の彼にとっては、この季節と気候を喜ぶもっと大きな別の理由がある。

     この二週間ほど、アッシュの美しい恋人であるユーリは非常に忙しくしていた。バンドとしての仕事も立て込んでいたが、それに加えて城主としての執務も何やら立て込んでいるらしい。書斎に引きこもるユーリに、何か手伝えることは無いかと申し出たアッシュだったが、何もかも馴染みのない仕事ばかりの為これは却って邪魔になるな、と早々に察した。だからこうして茶や軽食を差し入れる以外、余計なことはしないよう気を遣っている。
     幸いというべきか。本来吸血鬼は言うまでもなく夜行性だが、バンドの仕事がある日は極力夜に寝て朝に起きるよう、ユーリも努めている。なのでこの二週間、随分と夜が更けてからにはなるが、ちゃんと自室に戻りベッドで眠っている。なお棺桶で眠らない理由は、眠りが深くなりすぎて朝起きられないかららしい。
     そう、必ず夜になれば自室のベッドへ戻ってくるのだ。
     廊下を足早に進むアッシュの頬を、夜風が撫でる。夜が更けるにつれ、その風は冷たさを増していた。
     そう、暖炉に薪をくべる程ではないが。朝晩は随分と冷え込んできているのだ。ベッドのシーツが冷たいと感じる程度には。

     連日忙しくしているユーリの休息を邪魔したくはない。だがこうも触れ合えない日が続くと、どうにも寂しい。
     一週間ほど、二つの気持ちに挟まれ悩んでいたアッシュだったが、一つ良い口実を思いつき実践してからはその悩みが解消された。

     単純な事だ。狼の姿でユーリのベッドに潜り込んでおく。それだけの事。
     実践した初日、布団を捲ったユーリに怪訝な顔でしげしげと眺められたアッシュだったが、シーツを温めておいたと告げられるとユーリは何も言わず布団に入り、狼の毛並みを撫でながら眠りに就いた。冷たい彼の指先に自分の体温が移り、少し温かくなっていく事を嬉しく感じながら、アッシュも眠った。
     その日から一週間、アッシュは毎晩狼の姿で湯たんぽのようになりながら彼と共に眠っている。シーツを温めるため、なんてのは口実で、ただ眠る間だけでも傍にいていたいと甘えている事に、きっとユーリは気付いているのだろう。だが何も言わずに狼の姿をした自分を撫でてくれる優しい指先に、身を委ねて眠るのは酷く幸福だった。
     何も言わずに甘えさせてくれているのだ。忙しい彼に今はそれ以上を強請るつもりはないのだから、その優しさを甘んじて享受しよう。そう考えたアッシュもまた、何も言わずに狼の姿で甘えることにしたのだ。

     月明かりが照らす薄暗い廊下を進み、書斎の前に辿り着いた。重厚な扉を軽くノックすると、中へと招く涼やかな声が返ってきた。
     扉を開けると、その隙間から薄暗い廊下へ橙色がかった温かい光が差し込む。書斎机に置かれたランプの灯りだ。吸血鬼であるユーリは夜目が効く。灯りのない夜の室内でも、昼間と大して変わらない程に物が見える。そんな彼がわざわざ灯りをつけている理由は、机の上に多数ある書類の処理をする為ではなく、その光で眠気を覚ます為なのかもしれない。温かいランプの光に照らされ、普段よりも柔らかい色味で艶めく蒼銀の髪を眺めながら、アッシュはそんなことをぼんやりと考えた。
     部屋に入ったアッシュはふと、書斎机に置かれている物に目をとめた。それは綺麗な箱に納められた、チョコレート。だから今日は軽食や茶菓子は不要だと言われたのかと、合点がいった。
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