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    ※亜双義一真が髪を切る話。
    ※本編バレ・捏造あり

    髪を切る 父に憧れていた。高潔で聡明。名刀・狩魔を振えば悪をたちまち断ち切る腕。
     そんな父の背中を亜双義一真はずっと見ていた。大日本帝国の警察として悪漢を捉える姿も、少ない休みを幼い自分のために使い稽古をつけてくれていた姿も、大好きだ。
     だから、大英帝国へ旅立つ、そう決まった日は誇らしい気持ちの奥底に寂しさが潜んでいた。

     「一時の別れだ、一真。また会える日を楽しみにしている。達者でな」

     父を笑顔で見送ったあと、一筋、大きな瞳から涙が溢れてしまって、母上に慰めてもらったのだ。
     離れ離れになっても亜双義の憧れは絶えず続く。いつか狩魔を身に帯びるその日、恥じぬことのないように日の出前に起きて鍛錬を始める。稽古は刀にとどまらず、弓道、柔術も身につけた。
     身体を鍛えるだけでは飽き足らず、勉学にも勤しむ。いつ父の元へ行っても大丈夫なようにと英国語を学び、法律の知識を詰め込んだ。
    母からは、もう少し子どもらしく遊びに行ってもいいのに、とため息をつかれたこともあったが止められはしなかったし、道具は可能な限り揃えてくれた。なんでも机に向かう姿が父そっくりなのだと、愛おしげに微笑んだ。
     憧れは形から入るのがいいと、亜双義は父が旅立ってから髪を伸ばし始めていた。父の真似をすれば父がそばにいてくれるような気がした。そしてそれは願掛けでもある。外国にいる父の安全を願って。

     父のいない生活は、寂しかった。それでもたまに海を超えて届く手紙に書かれる父の勇姿に感銘を受け、父は日本にのみとどまる人間ではないのだと亜双義は悟る。
     いつか、父の隣で正義のために戦う。そんな日を夢に見ていた。

     しかし、その夢は生涯叶うことはなかった。

     父が大英帝国に旅立ってから六年。父の遺品のみが日本に帰ってきた。荷物は少なく、目につくものといえば狩魔くらいだった。
     共に留学した御琴羽は言う。亜双義玄真は英国で病死した。と。
     突然の訃報。遺体もなく、病死したなど言われても到底信じられなかった。
    一日があっという間に過ぎていく。稽古も勉学も何も手につかない。日に日に衰弱していく母をただ慰める日々。
     信じられない。信じたくない。信じない。
     十三歳の亜双義は膝を抱えて部屋の片隅で膝を抱える。伸ばしていた髪が背中を覆う。
     嘘だ。父が死ぬなど有り得ない。また会えると、言っていたではないか。

     ろくに眠れない日が続き、目の下にくまがくっきりと残った頃、一通の手紙が届いた。それは英国からのもだった。
     もしかしたら父に関する手紙かもしれない。一縷の望みをかけて封を切ってみたが、中には信じられない内容が書かれていた。
     亜双義玄真。英国史上最悪の殺人鬼。亜双義一族に呪いあれ。
     同封された新聞。殺人鬼・プロフェッサーの処刑。五人もの貴族の命を奪った最悪の男。
     亜双義の頭は真っ白になった。
     処刑。殺人鬼。父上。
     ぶぅん、ぶぅん、と頭の中で羽虫が飛び回っている音がした。目に見えているのは水面に映るような輪郭のぼやけた世界。そこにたった一人で取り残されてしまった。どこに迎えばいいのかも、どこに帰ればいいのかも分からない。

    「一真、どうかしましたか」

     母の声で亜双義は現実に引き戻される。同時に思考が鮮明となり急回転し始めた。
     父が殺人鬼など有り得ぬ。
     そう言い聞かせると心が自然と凪いだ。

    「その、手紙は?」

     母がつたない足取りでよたよたと近寄ってくる。母には知らせたくは無かったが、英国語を見た彼女は父に関する手紙だと察知し、亜双義に読み上げるように頼み込む。

    「……この、手紙の内容を母上には知らせたくは無いのです」
    「お願いです。どんな内容でも構いません。玄真さまに何があったのか、知りたいのです」

     母の懇願に亜双義は応える。内容を知った母は、青白い顔をさらに白くさせ、その場に蹲ってしまう。亜双義は慌てて母のもとへ駆け寄り、背中をさすってやる。

    「そんな……殺人鬼として処刑だなんて……」
    「ですが母上!父上は無実です!無実の罪で裁かれ殺されたのです!許してはおけません!オレは父の名誉を護りたい!」
    「わかっていますよ、一真。ですが、どうすることもできないのです。私たちには英国の司法に関わる権限どころか英国へ渡ることすら困難なのです……それに……」
     母の美しい瞳が潤んでいる。
    「玄真さまは…………もう、戻ってこないのです……」

     ぽろぽろと真珠のような涙がこぼれ落ちていくのをみて、亜双義は自身の無力感に打ちひしがれた。
     まもなくして、母も衰弱死した。

     天涯孤独となった亜双義。母の死を知った御琴羽が葬式の手配をしてくれて、母は丁重に埋葬された。
     葬儀が終わりひと段落ついたころ、亜双義は英国からの手紙を持ち、家を飛び出した。
     留学に行った人間ならなにか知っているかもしれない。御琴羽悠仁と慈獄政士郎。二人とも会ったことのある人間だ。
     しかし、御琴羽には話せない。彼は優しい嘘をついたのだ。その気持ちを無碍にすることはできない。
     向かう先は慈獄。亜双義玄真の息子だというとすんなりと通してくれた。

    「亜双義の倅が、そんなに息をきらしてどうしたのだ?」
    「……我が家に、こんな手紙が届いたのです」

     亜双義が手紙を渡すと慈獄は眉をひそめてそれを読み始めた。
     そして刹那。彼の表情は曇り、亜双義はそれを見逃さなかった。どんな答えが返ってくるかと思っていると彼は豪快に笑い出し空気が揺れる。

     思わぬ反応に亜双義は「何を笑っているのですか」と睨みつけた。
    「こんなもの、でたらめだ」
    「ですが!」
    「御琴羽も言っていただろう。亜双義玄真は病死だ。残念なことだ」
     亜双義は何もいえず俯いた。慈獄は宥めるように頭を撫でる。
    「父上が殺人鬼など有り得ぬ話だ。そうだろう?」
    「そう…………です……」

     そこに疑問はない。問題は、なぜ殺人鬼でないのに処刑されたかだ。それに、慈獄の先ほどの表情。何か知っているに違いない。違いないが、これ以上追求できる自信はなかった。
    「……お時間をいただきありがとうございました」
     それだけ言って亜双義は立ち去った。

     夕暮れ時。真っ赤な空が山も川も朱色に染めている。影が伸びていき、その影に引っ張られてしまっているんじゃないかと思うほどに足取りが重たかった。
     父は殺人鬼などではない。処刑は誰かの差金だ。
     その言葉だけが頭をぐるぐると渦巻いていく。
     いつの間にか足が止まっていた。遅くなっても怒る人は家にいない。日は落ちていき、宵の明星が顔を出す。
     真っ暗闇になろうかと思われたその時間に「一真くん」と男が声をかけてきた。

    「御琴羽殿……」
    「きみを家で待っていたのですがね、なかなか帰ってこないので心配しましたよ」
    「それは……ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
    「いえいえ、そんな畏まらなくても大丈夫ですよ。きみが無事でよかったです」
     微笑む御琴羽に亜双義は疑問を投げかける。
    「あの、オレに何か用があったのですか?」
    「ええ。実は一つ提案があります。我が家で共に暮らしませんか?」
     御琴羽の言葉に亜双義は目を丸くして驚いた。
    「ああ、今すぐに決めずとも良いのです。貴方の家はまだ残っていますからね」
     亜双義はぎゅっと胸を抑えた。
    「少しだけ、時間をください」

     わかりました。御琴羽はそう言って亜双義を家まで送ってくれた。
     御琴羽家の世話になるか否か。答えを待ってもらっていたが、頭の中で結論は出ていた。
     彼の家にいれば、何か父の手がかりが得られるかもしれない。司法関係者の近くにいれば、いつか日本司法だけでなく、英国司法に携われる好機がくるかもしれない。
     全てはまだ可能性のうちだが、どんな僅かな手がかりでも構わない。
     少しでも父の近くへ ーーー

     家を出る支度を済ませて庭に出る。よく父と稽古をしていた。それを母が縁側に腰掛けみていた。
     昨日のように蘇る思い出。遠い昔のような思い出。
     感傷に浸るもの今日で終い。これからの道は修羅となる。心に一分の隙も生んではならない。
     これはもう必要ないな。
     亜双義は伸びた髪と小刀を手に取る。
     父の背中を追うことはできなくなった。安全を祈る必要もなくなった。
     真実を追求するために、どんな手段も使ってやる。
     すっと刃が空を切る。地に真っ黒な花が咲く。それも風に吹かれてどこかに飛んでいってしまい、どこか遠くへ消え去った。
     亜双義一真は髪を断ち切り、歩みを進める。
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