「打楽器ですか」
椅子の埃を手で払い、グランドピアノにかけられたあの布を取り去りと、忙しく動いている安竜は、振り向かないままに応えてくる。「打楽器っていうと、あれですよね。ティンパニ、ドラムとか、そういうの」ちょうどそこにあるみたいな。かれが指した黒い扉の向こうには、たしかに軽音楽部の使っている楽器がしまってある。
「おれは繊細な神経をしていないもので、あれの音の違いとか良し悪しがわからないというか、はっきり申し上げてあまり興味がないんですよね。思えば習ったことがありません」
安竜は座り、楽譜の冊子を手に取った。合唱の課題曲のところで指を止め、折り曲げて思いきり癖づけて、めいっぱいに開いて譜面台へ。
「実家の蔵に太鼓がありまして、幼少の頃に叩いて遊んだ程度は……当時は撥も持てませんでしたけれど」
まあそれは、経験があるとはいえませんか。
指先が軽く鍵盤をはたく。
その目は譜面をちらとも見てはいなくて、当然にメロディはだんだん外れていく。聞いたことがあるようなフレーズと知らない音が入り混じる、すべてを強引につなぎ合わされたようなそれは、たぶん即興の演奏だった。「あは」楽しくなってきたらしい。「ふん、ふん、ふふふ……」調子外れの鼻歌交じりで、時に鍵盤から指をとり落としながら、まるで初めて触った子供のような表情で弾く。
「ピアノの稽古をやめたのは三年前です。ちょっとは心配だったんですが、どうにかなるものですね」