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    くさの刈り草置き場

    @kusa_1738

    癖が特に強く出たもの&年齢制限のあるSSなどを投稿します

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    POIPOI 8

    前にふせったーに書き連ねた、サンタへのお願いという名の欲望をSSにしたものです。

    サンタは鉄のソリに乗って⚠️現パロ、situさんとngkrさんは5歳差くらい
    ⚠️ふたりの家は近所で、ngkrさんが転校するまではよく一緒にいた(通学の時はふたりで登校していた)けど、situさん:小学3年、ngkrさん:中学2年の時にngkrさんが剣道でスカウトを受けて転校し、実家を離れ、会えるのはngkrさんが冬(年末年始)に帰省した時だけになった
    ⚠️年齢などの設定を弄ったのでngkrさん→situさんの呼び方を捏造(下の名前呼び)
    ・イメソンは山下…郎さんの『クリスマス・イブ』、曲が起用された某鉄道CMの牧…里穂さんver.のイメージ

    ……という設定で書いています。ご注意ください。
















    サンタは鉄のソリに乗って


     僕のサンタは、いつもクリスマスを過ぎてからやって来る。


    ******************


     右足の横に、傘の先から垂れた雫でできた水たまりがある。それがゆっくりと広がるのを小さく鼻を啜りながら眺めていると、遠くでぷしゅう、と新幹線が到着した音が聞こえてきた。
     は、と顔を上げて、賑やかになった改札の奥へ目を凝らす。だけど探している姿は見つからなくて、数秒してからまた、視線を水たまりへと戻した。
     それを何回、繰り返しただろう。
     何度目かの新幹線の到着の後、ホームから昇ってきた人だかりの中に、ずっと待っていた白色が見えた。たくさんの黒色やベージュ、茶色の中でいちばん目立つその色に、あげかけた声を必死に飲み込んだ。

    (新八、新八)

     竹刀袋と大きいスポーツバッグをそれぞれ肩にかけた姿が、だんだんと近づいてくる。こっちに気づいていない様子に、心の中で何度も名前を呼ぶ。すると、聞こえていないはずの新八が、改札の手前で顔を上げた。そして、吊り目の瞳が僕を見つけた瞬間、光が灯ったように表情を明るくさせた。

    「一! 待っててくれてありがとな」

     改札を抜けて、早足で真っ直ぐに、僕の方へ来てくれた新八。頬が持ち上がらないよう、ぐ、と唇を噛んでこらえる。
     本当は僕だって、見つけた瞬間に駆け出したかった。でもそんなことをしたらまた子ども扱いされるかな、なんて思ってしまって。

    「別に、僕もさっき来たところだから。全然待ってなかったし」
    「そっか、ならあんまり寒い思いさせなくて済んだんだな。良かったぜ」

     素直でいられなくなった僕を、それでも新八は突き放さずにこうして優しくしてくれる。それが嬉しかったけれど、同時にもどかしく思えてしまった。

    「荷物、持ってあげる」

     手を伸ばすと、一瞬の間の後に「ありがとな。じゃあ、これ頼む」と背負っていた竹刀袋が差し出された。中に入っているのは長年使い続けている竹刀で、引っ越すまで通っていた道場の初稽古へ持って行って一緒に参加するのが、新八の毎年の習慣だった。預ける荷物として竹刀の方を選んだのは「持ち帰ったスポーツバッグより軽くて持ちやすいから」くらいの理由かもしれないけど、大切な竹刀を預けてくれたことが、とても誇らしかった。

    「お、雪か」

     駅に着いた時はまだ雨だったのに、いつの間にか雪に変わってしまったようだった。

    「僕、傘持ってる」
    「お、助かるぜ。俺が持つな……と、その前に」

     おもむろにマフラーを外した新八は、それをそのまま僕の首へと優しく巻いた。

    「別に、寒くないんだけど」
    「いいから巻いとけ。鼻も頬も、赤くなってんぞ。いま風邪引いたら、年越しそばもおせちも食えなくなっちまうんだからな」

     グレーの厚手の生地のマフラーは僕には大きくて、すっぽりと鼻の頭まで覆われる。でも息苦しいことはなくて、他の人より高い体温の新八の、少し湿った汗の匂いとしっかり残った温もりが心地良かった。大人しく首を埋めた様子を見て、新八は満足そうに目を細めた。

    「おし、帰るか」
    「……うん」


    ******************


     近所に住んでいた新八が、中学を途中で転校したのは三年くらい前のこと。スカウトされて移った剣道の強豪校は、なかなか気軽に帰って来れないくらい離れたところにあった。それまでは毎朝一緒に途中まで登校していたのに、以来、会えるのは新八が年末に実家へと帰って、僕の両親に挨拶に来た時だけになってしまった。
     家に来ると言っても、ふたりになれる時間なんてほとんどないし、親の前ではなおさら気恥ずかしくなって、ちゃんと話ができない。「新八が帰って来る時、僕が駅で待っててあげる」と言い出したのは、ふたりで過ごす時間をどうにかして取り戻したいと思った僕の、精一杯の考えからだった。

    「夜に駅に着いて、ひとりで歩いて帰るなんて淋しくて可哀想だから、迎えに行ってあげる。荷物も多いと大変だろうし。仕方なくね」

     つい言葉に棘を混ぜてしまう僕のわがままみたいな話を聞いて、新八は渋い顔をした。でもそれは僕を嫌ってのことではなく、僕への心配からだった。
     終業式を終えたその日のうちに電車に乗れば、着くのは自然と夜になる。その間ひとりで駅に待たせることを気にした新八は、その場で答えを出さずに僕の両親に相談した。でも前もって話をしておいた両親から「ちゃんと駅員の見えるところで待つって言うし、新八君と一緒に帰ってくるなら安心だわ」という信頼を向けられ、数日考えてから「一が危なくないのなら」と頷いてくれたのだった。
     新八のお母さんと仲が良い母が「新八君はこの日に帰ってくるんですって」と教えてくれる。その時は「ふぅん」と聞き流すふりをするけれど、こっそりと自分の部屋のカレンダーに印をつけて、クリスマスを過ぎても、新八が帰ってくるまでの日を、何度も数えていた。


    ******************


    「新八の学校、秋の全国大会で準優勝だったでしょ」
    「なんだ、知ってたのか」
    「母さんが話してたから。……新八、先鋒で出場したんでしょ」
    「おう。けど決勝、俺が引き分けちまったせいで流れを作れなくてな……まだまだだな、って思ったぜ」
    「別に、ひとりで団体戦の責任を背負う必要はないでしょ。その後に続いた他の選手が勝てなかったから、チームで負けたんだし。……あんまり自分を追い込みすぎるの、良くないと思う」
    「……なんだ、顧問みたいなこと言ってくれんだな」
    「馬鹿にしてる? 子ども扱いしないでよ」
    「悪ぃ悪ぃ、そんなつもりはねぇよ。でも、ありがとな。
     一は元気だったか? 剣道、ちゃんと稽古出てるか?」
    「行ってるし。……今年、一級取った」
    「おっ、よくやったな! すげぇじゃねぇか」
    「審査の稽古は普通にできたけど、昇級試験の後の交流試合で、一回負けた。直前までずっと咳してて、顔も青白かったのに、向かい合った瞬間に雰囲気が変わって……油断したつもりはなかったのに、気圧されて思ったように立ち回れなかった。次は負けない」
    「そうか。お互い頑張ろうぜ」

     舞うように細かな雪が降る夜の街、僕たち以外の人の姿はほとんどなかった。僕も新八も、白い息をたくさん零しながら、静かな声で、だけど途切れることなく、話を続けた。
     前は僕の知らない人の話ばかりだったけど、いまは新八自身の話や、僕への質問がほとんどだった。知らない人のことなんて興味ないし、僕のことを話すよりたくさん新八のことを聞きたいくらいだけど、僕の様子を聞いてキラキラと表情が変わるのが楽しいから、それでもいいかな、と思っている。

    「そういやこないだ、面白いものを見つけてよ。すっげぇ大きいコロッケを乗せた蕎麦があったんだ。俺は食わなかったが、一が好きそうだなって思って、つい写真を撮っちまったぜ」
    「えっ、何それ。見せて」
    「いまか? ……携帯、鞄に仕舞っちまったな。今度おじさんおばさんに挨拶に行くから、その時でも……」
    「やだ。いま見たい、見せて」

     わかったよ、と立ち止まって鞄を探ろうとする新八から傘を預かる。傘を持つ右腕を精一杯伸ばしても、新八の背には低かったようで、少し膝を落としてスマホを操作していた。

    「おっ、これだ」

     ほら、と画面を傾けた新八に近づくと、肩と肩が優しくぶつかった。同い年の子たちよりも鍛えているつもりだったのに、しっかりと固い新八のと比べると、まだまだ頼りないものに思えてしまう。

    「ほら、すごいだろ。俺も見た時、笑っちまったぜ」

     いつもより近くから聞こえる声が、右の耳をくすぐる。画面から目だけを動かして、すぐ近くにある横顔を見た。
     意外に長い睫毛、晴れた空の色の瞳、赤くなった頬。ちょっと近づくだけで、簡単に届くくらいのところに、新八の顔がある。

     ──いまキスをしたら、新八は驚くかな、怒るかな。それとも「なんだ、いたずらか?」って、笑って終わっちゃうのかな。

     視線を戻せないでいると、画面に向いていた顔が僕の方へと振り返ったから、思わず息を止めてしまった。

    「一が遊びに来ることがあったら、ここに連れて行ってやるよ」

     だけど、僕の気持ちには全然気づいていないようで、笑ってスマホを仕舞った新八の顔が、すっと離れていく。僕の手からするりと持ち手を取り返して再び歩き出したので、ちぇっ、と心の中で舌打ちをして隣に並んだ。

     いつもよりゆっくり歩く僕のペースに合わせて、隣を歩く新八はより遅いテンポで足を動かす。
     前は当たり前のようにあった時間が、いまはもう、数えるくらいしか過ごせない。その寂しさに気づいたのは、見上げる姿が隣からなくなってからだった。
     このまま歩くのをやめれば、新八は一緒に止まってくれる。僕の話をたくさん聞いて、自分の話もたくさん返してくれるだろう。
     でも、マフラーを貸してくれた新八は、僕より寒い思いをすることになる。だから立ち止まることはできなくて、だんだん水っぽくなっていく帰り道を、踏みしめるように歩き続けた。


    ******************


     駅に行く時よりも何倍もの時間をかけて歩いていたはずなのに、もう見慣れた家並みが映ってきた。

    「あ、マフラー」

     返さないと、と外そうとした手が「また今度でいいぞ」と抑えられる。僕よりもひと回りも大きい手に、追いつく日は来るだろうか。
     すぐ左に僕の家の玄関が見えて、数軒先の実家へ帰る新八と別れる時間が来た。ちゃんと家に入るまで確認するつもりの視線を感じながら、ガチャ、と鍵を回す。

     自然にかけてくれる、言葉のひとつ、優しさのかけら、心の温かさ。新八は特別な何かを用意しているわけではないのに、目に見えない数々の喜びや幸せを、当たり前のようにたくさんくれる。だから、たった少し一緒にいるだけで、僕はこんなにも気持ちがいっぱいになる。
     だけど、向けてくれる気持ちへ素直に応えるには時間はいつも足りなくて。お礼を言って、僕から返す前に帰ってしまうから、ポツンと残された僕は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
     でももう、そればっかりなのは嫌だ。もらってばかりじゃなくて、僕からも、ちゃんと返したい。

    「……ねぇ、新八」

     扉のノブから手を離して、振り返る。見守っていた新八が「ん?」と首を傾げた。

    「僕、いままで使ってたマフラー、小さくなっちゃって」

     いまはまだ何も持っていないけど、いつかちゃんと、渡してみせるから。だからいまは、約束だけ、させてほしい。

    「だからさ、これ」

     もらっても、いい?

     勇気と一緒に振り絞った声は、震えてなかっただろうか。急なお願いをぶつけられた新八は、素早く瞬きを繰り返した。

    「それ、俺が使ってたやつだぜ? 新しい方がいいんじゃねぇか?」
    「ううん、いい、これでいい。これが、いい」

     心臓の音が、真横から聞こえるくらいにうるさい。少し考える表情に影はなく、すぐに白い歯を見せて答えた。

    「いいぜ。そんなんでも、一が気に入ったんなら」

     クリスマスにしては、遅すぎるけどな。なんてことない、という様子の笑顔が、ゆら、と揺らいで映る。
     ねぇ新八、知らないでしょう。いままで僕が、どれだけたくさんのものをもらっていたか。いま僕が、どれだけ嬉しくて、安心したか。これもちゃんと、返してみせるからね。

    「ありがとう。大切に使う」
    「おう。風邪引かねぇように、ちゃんと使えよ」

     手を振る新八に小さく応えて、今度こそ扉を開いた。

     次の春、僕はやっと、中学生になる。
     だから、今度は僕が渡しに行こう。離れた距離をあっという間に飛び越えて、このマフラー以上にたくさんの、新八が笑顔になるようなものを、何回も、何年もかけて。

     家の奥から迎えた声に「ただいま」と返して部屋に戻る。上着を脱いでから外すまで、巻いたままのマフラーは、ずっと温かかった。
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