眠れる夜を抱えて彼は眠らない。
正確には、体力が切れて気絶するまで眠らない――の方が正しい気がする。
その習慣は、研究所を出てから顕著になった。
「アネ〜。」
寝ようよ。
私がそう声をかけても、彼は眠ろうとするその動作を一切しなかった。
「アネモネさん、先に寝てていいよ。僕はまだやらなくちゃいけないことがあるから。」
そう言った彼の虚ろな目の下には、酷い隈がある。長いこと取れていない、その影。
普段は隠しているそれが、二人きりの今だけ顔を覗かせる。
忙しなく手を動かす彼は、一切こちらに顔を向けずただひたすらに作業に没頭していく。
この様子だと、明日には気絶するかな。
そう考えながら彼の作業を眺めているうちに、いつの間にか私は眠っていて気づけばいつもの檻の中。
ああ、彼はいつもそう。
どんなに自分を追い込んでも、私にはこうして寝床に運んで寝かせるほど優しくするのだから。
彼は、眠れないのに。
たまに、気まぐれなのか優しさなのか分からないけれど、一緒に寝てくれることがある。だが――そういう時は必ず、彼は苦しんでいる。
呻き、呻き声の合間に夢の中でひたすら謝る彼を見るのは辛い。
気絶して眠りに落ちるときでさえ同じように苦しむのだから、眠ることそのものがきっと恐怖なのだろう。
一緒に寝ようよって、声をかけても諦めるのはそのせいで。
……わかっている。彼がもうとっくに限界を迎えていることを。
けれども、私には彼を助けることはできなくて。
私のために全てを捧げる彼に「諦めよう。」なんて言葉をかけるのもできなくて。
だから、私はただひたすら、彼のそばにいてやることしかできないのが歯痒い。
「……アネモネさん?起こしてしまったかな。」
するりと彼の手が私を撫でる。暖かくて、優しい手。
「……。」
そのまま彼の手に擦り寄る。そうすれば、彼も応えるように両手で包み込むように優しく撫でてくれる。
「……アネモネ!」
愛してる。
そう伝えれば彼の顔が一気に赤くなり、恥ずかしそうに俯く。
だがその反応は一瞬で、すぐさま苦しそうな顔になる。
「……アネ?」
「……アネモネさん、まだ眠いだろ?ほら、おやすみなさい。」
そのまま檻の扉を閉められ、ガラス越しでは彼の表情がよく見えなくて。
ガラス越しに檻の中から小さく声をかける。
「アネモ、アネモネ〜。」
……おやすみなさい、コラプス。と
けれど彼はそれに気づいた様子もなく、ただ机の上の書類に視線を落としていた。
少しだけ震えた肩が見えたのは、作業に集中しているせいか、それともーー。
その答えは、ガラスに遮られて私には届かない。
それでも、私はいつか届くことを願って、声を重ねる。
今日も、夜は更けていく。