コノエとチャンドラの休暇が重なったあくる日のこと。
「天気もいいし、折角だからドライブでもどうですか?」というチャンドラの一言により、二人はオーブの市街地から離れた小さな浜辺を訪れていた。
ズボンの裾を捲り上げて濡れた砂浜に足を浸して、プラントでは縁遠い自然の海風を浴びながら、時折小さな生き物と遭遇しては足を止めて、少しばかり眺めてはまたのんびりと歩き始める。
人里から離れているためあまり人とすれ違うことも無く、誰の目にも時間にも囚われないゆっくりとした時間を二人は満喫していた。
「そろそろ腹減りません?」
「朝早く出たからね。そろそろ移動するかい?」
とは言ったものの、今日の目的はドライブをすることで、どこか目的地があるわけでもない。
チャンドラが行きたい場所があるならそこに行けばいいと思うが、どうやらチャンドラも提案したものの具体的な目的は思い浮かんではいないらしく、「そうですねぇ…」とどこか気の抜けた返事しかしない。
「食べたいものが思い浮かんだら移動しようか」
「ですね」
普段の任務中での聡明で清廉とした姿とは違う、取り繕っていないチャンドラの自然な姿にコノエは頬を緩めながら繋いだ手の指を絡め直すと、チャンドラはその手を握り返しながらそのままコノエの隣を歩く。 人の目がつくところでは恥ずかしがって中々許してくれない触れ合いも、こうも人目が少なく、自然に囲まれた開放的な場では許されると思うとどこが感慨深い。
左手から伝わるチャンドラの温もりを享受しながら、コノエは今この瞬間を噛み締めてチャンドラの名を呼んだ。
「ダリダ」
「はい?」
「こうして、僕の隣に居てくれてありがとう」
「どうしたんですか、いきなり」
「うーん、特に理由はないんだが…。強いて言うなら、伝えたくなったから、かな」
「…コノエさんも自然に囲まれて開放的になっちゃいました?」
「おや、自覚があったのかい?」
「まあ、一応?」
いつものサングラスと降り注ぐ日光と反射する水面に用心して被られたフードの下で、チャンドラは気恥しそうに視線を逸らしながら繋いだ手をぶらぶらと揺らす。
フードを被っているのは他者よりも光に弱い瞳を労わってのことなのだが、その姿とどこか子供のようにも見える幼い動作にコノエはより一層目尻を下げながら、チャンドラの向こうに見える水平線に目を向ける。
輝かしい太陽の光で煌めいている水面に目を細めながら、今こうしてチャンドラとふたり、隣に並んでゆったりとした時間を過ごしている現実に堪らなく幸せを感じて、胸があたたかい気持ちで満たされるのを実感する。
「僕らは軍人で、在籍する組織も違えば、ナチュラルとコーディネイターで人種も異なる。今は志同じくコンパスという人種を問わない組織に所属しているものの、この世界は酷く不安定で、今の状況が今後続くかも分からない。そんな不安定な状況にも関わらず、今こうして二人並んで、何事に囚われることもなくゆっくりとした時間を過ごすことが出来ているのは、どれだけ奇跡に近いことなのだろうね」
「…確かに、改めてそう言われると、だいぶ奇跡に近いですね?」
「だろう?」
チャンドラが確かに、とどこか神妙な顔つきになるのを視界に入れながら、コノエはくすくすと笑って言葉を続ける。
「色んな偶然と奇跡が重なったことで今こうしていられると思うと、多少気恥しい言葉でも案外口に出せるものさ。ダリダに出逢うまではもう色恋なんて不要だと思っていたから、なんだか感慨深い気持ちもあるけどね」
「…それを言うなら俺も、ですかね」
「うん?」
コノエはチャンドラの言葉に誘われるように水平線を眺めていた視線をチャンドラに向けると、普段より色濃く影が掛かったレンズの向こう側から覗く薄水色の瞳と視線が交わる。
気恥しさによって直ぐに逸らされると思ったその視線はチャンドラがぐっと堪える事で交わり続け、見つめ合うふたりの合間を優しい波風が通り抜ける。
「なんか、人生って何が起こるか本当にわからないなって言うのが正直なところなんですけど、それでもこうしてコノエさんとふたりでのんびり過ごせていることは、えーと、俺も幸せだなって思っていて…」
「普段は恥ずかしくてあんまり口に出しては言えないんですけど、コノエさんが…、アレクセイがこうやって伝えてくれたので、俺からも、その、ありがとうございます、を、ですね…」
言葉を重ねるにつれてチャンドラの頬は赤く染まり、交わっていた視線もチャンドラが我慢できなくなり逸らされてしまった。
しかしこの胸に溢れる気持ちが自分ひとりだけのものではなく、チャンドラも同じ想いを抱いてくれているとわかると、後に残るのはチャンドラへの愛おしさだけで。
「ダリダ」
「うわっ…⁉」
コノエは目の前で気恥ずかしさを誤魔化すように「いや、これすっごい恥ずかしいですね…!」と声を上げながら空いた手で自分の顔を仰いでいたチャンドラを引き寄せると己の腕の中に閉じ込めた。
「あの…⁉」と動揺した声を上げながら小さく藻掻くチャンドラをそのままに、少し低い位置にある首筋に顔を埋めて今この瞬間に溢れる想いの丈を紡ぐ。
「想いを伝えてくれてありがとう。とても嬉しい」
「どうかこれからも、僕の隣に居てくれると嬉しいな」
「いや、この言い方は狡いね。…これからも、僕が君の隣に居ることを許して欲しい」
「そして、これからもずっと、すぐ傍でありがとうと伝えることができる間柄で居させて欲しい」
「愛しているよ」
コノエの愛の言葉にいつしかチャンドラの抵抗は収まっていた。
小さな波音だけが響く中、少しばかりそのまま抱き締めた状態でいるとチャンドラの手がゆっくりとコノエの背に回されて、コノエの肩口に顔を押し付ける形になったチャンドラからくぐもった声が聞こえて。
「あ、えっと、その…」
「おれも、その…、愛してます…」
「でも、許すとか、許されるとかじゃなく、一緒に居たかったら居る、とかでもいいんじゃないですかね…⁉」
「っ、と…⁉」
くぐもった声から一転、打って変わったように勢いよくそう言い放ったチャンドラは目の前の胸を突き飛ばして無理やりコノエの腕から脱すると、そそくさと止まっていた歩みを再開させた。
「あー! もう! 本当に恥ずかしいですねこれ⁉ ほら行きますよ! 俺ハンバーガーが食べたいです!」
眩い日差しのせいではない、気恥ずかしさから顔だけではなく耳まで赤く染めたチャンドラがわざわざ繋ぎ直した手を引っ張ってコノエを急かす。
甘い言葉からの突然の突き飛ばしに呆気に取られていたコノエだったが、なんだかんだと決して手を離そうとはしないチャンドラのどうしようもなく可愛い姿に、堪らず声を上げて笑った。
おわり
あとがき
・ウェディングソングなんだけど歌詞に性別を特定できる単語がない(全部相手のことを『君』という表現をしている)
・色んな形の『大切な人』に向けたありがとうこれからもよろしくねという感謝の歌にも捉えられる
・晴れた砂浜のシチュは公式ライブの背景映像のオマージュ、今回はただ日常の幸せを噛み締める二人が見たいなと思って花束はお休み
・白い砂浜で笑い合うコノチャが見たかった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
もし気になった方は『リフレインアトリウム』で歌詞検索、youtubeには公式試聴、サブスク等もありますので是非検索していただければ幸いです!!!
SideMの曲です!!!!!
よろしくお願いいたします!!!!!!!!!