Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    CitrusCat0602

    @CitrusCat0602

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 124

    CitrusCat0602

    ☆quiet follow

    チコとプロさんの出番が多め 続きものです
    明度・・・低い・・・

    胎児の夢 2ふと少年は顔を上げる。ぴちちち、と、鳥の鳴く声が聞こえた。目の前には白い髪の女性が座っていて、その間にはティーパーティーに必要なものが一揃い置いてある。少年は首を動かして周囲の様子を見た。美しい庭園がそこに広がっている。何故ここにいるのだろう、うまく思い出せない。そもそも自分は一体誰だったろうか?目の前の女性も周囲の情景も今置かれている状況さえ、一体何なのかこれっぽっちも思い出せない。そういえば、さっきまで別の場所で目の前の女性より幼い誰かと一緒にいたような。

    「穏やかよね。」

    少年が思い出そうとしていると、白い髪の女性はかちゃんと微かな音をさせてカップを置いた。

    「ここは見ての通り庭園よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
    「お姉さんは、誰?」

    少年が拙くそう言うのを聞けば、女性は優し気に微笑んでみせる。

    「私はリリー。白百合でもいいわ、きみの呼びやすいように呼んでちょうだい。」

    **

    痩せた土の匂いがする。高く突き出した岩の上で、明るい空とは裏腹に暗く濁った瞳が眼下を見つめていた。

    《チコーニャ、鳥類型がそちらへ向かいました。数は一体、撃墜をよろしくお願いします》

    端末から聞き覚えのある青年の声がすれば、チコーニャと呼ばれたその女は顔を上げる。黒く小さい点のようなものが見えた。それは徐々に大きくなり、巨大な鳥であることを彼女の目に知らしめる。

    「枷の解除を申請します」
    《承認する》

    その声と同時に彼女の首輪は効力を失った。身体に満ちる魔力の感覚を気にも留めず、ただ岩に突き刺していた大剣を引き抜く。そして強く岩を蹴り上空へ跳躍した。そのあまりの脚力に、足場になった岩が嫌な音を立てて割れる。鳥の姿をした人喰いは、直前まで女に気が付かなかった。ただふっと自分の上に影が差したので、何事かと見上げようとし、次いで背骨を貫き砕く衝撃にそのまま重力に従って墜落していく。翼を動かし体勢を立て直そうとするが、ぱちりと何かが爆ぜる音と共に人喰いの視界が白む。燃えるような熱と痛みが全身を蝕み、なすすべもなくそれは背中を刺し貫く女ごと地面に叩きつけられた。土埃が舞う。チコーニャはぐちゃぐちゃに砕けた身体が回復するのを待ちながら、ぼんやりと空を見上げた。
    あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。数年経ったようにも思えるし、たった一日しか経っていないようにも思える。ちゃんと眠っていないから日付感覚もおかしくなっているんだろうなとチコーニャはどこか他人事のようにそう思った。青いだけの空に、ふいに白い何かが映る。赤い目のそれがゆっくりと顔を覗き込んでくるので、ああまたかとチコーニャは目を細めた。

    「あらあら。こんなところでサボり?大胆ねえ。さっさとその役立たずな身体どうにかしたらぁ?」

    けらけらと笑う彼女に対して億劫そうに顔を背けながら、チコーニャは回復を待つ。

    「そんな調子じゃあプロキオンも失望するわね?ああ、もう食べちゃったから失望も何もないって?そうだったわね?アッハハハ!」

    早く回復が終わるか、或いはカノープスが迎えに来てはくれないかな、とチコーニャは耳を塞ぎながら思った。いっそあのまま死んでしまえたらよかったのに、優しい義兄殿はその選択が取れなかったのだ。だからわざと彼女は死ぬような怪我をしにいっているのに、憎たらしいほど彼女の身体は強かった。

    「いっそ全部食べてしまえたら随分気分が楽だったでしょうね?」
    「……」
    「あら、また無視?ひどいわぁ、こんなに優しくお話してあげてるのに」

    動ける程度に身体が回復したので、チコーニャは漸く起き上がる。白百合の姿が視界から消えたのに気がつくと、ぐるりと周囲を見回した。先程人喰いが飛んできた方向からカノープスがやってくるのを見て、人喰いの死体をそのままに立ち上がって埃を払う。

    「……チコーニャ、あなたはまた……」
    「どうせ治るんです、どうだっていいでしょう」
    「……」

    物言いたげな彼を横目に、再び通信機に声をかける。

    「枷の作動を申請します」

    **

    ざあざあ、如雨露から注がれた水が葉を叩いている。それを眺めながら、少年は口を開いた。

    「リリーお姉さんは、どうしてここにいるの?」
    「んー?」

    傾けていた如雨露を両手で抱え、リリーは傍らの少年を見下ろす。

    「そうね、強いて言うなら……きみのためかな。きみが幸せに過ごせるように、私はここにいるのよ」

    慈愛に満ちた赤い瞳が少年のことを見つめた。それはまるで母親か姉のように暖かく優しい。何となくそれがくすぐったく感じて少年は首を竦める。

    「リリーお姉さんは僕のこと知ってるの?」
    「ええ、沢山知ってるわ。ところで、花の砂糖漬けで飾られたケーキに興味はある?」
    「ある!」

    子供らしい反応をした少年にまたくすくす笑い、じゃあ食べに行きましょうかと少年に手を差し出した。少年は笑顔でその手を握り、一緒にまた庭園を歩く。
    ふと、泣いている声が聞こえた気がして足を止めた。

    「どうしたの」
    「……誰か泣いてる気がして」

    リリーはじぃと少年を見つめ、ふうむと首を傾げる。

    「もしかしておばけかもね?ここにはきみと私しかいないはずだから」

    おばけ……とショックを受ける少年に、リリーはくすくす笑い声を上げた。

    **

    煙が空に流れていく。手すりに肘をつき、ぼんやりニヴルヘルの街並みを眺めながら、チコーニャは煙草を吸っていた。街を歩くと優しくて事情を知らない人々は、いつもチコーニャに気を遣う。チコーニャを知っている人間は皆、プロキオンがいなくて心配だろうだとかきみに似た竜が暴れていたけど大丈夫かだとか、色々と聞いてきたり世話を焼いたり言葉をかけてくる。それがどうしてもつらくて、彼女はやはり死んでしまいたい気持ちに苛まれた。

    「死にたいならその心臓を潰してみればいいじゃない?」

    また白百合が背後から囁いてくる。聞きたくないと思いつつ、耳をふさいでも無駄なのがこの間わかったので、大人しく聞くことしかできない。誰かと一緒にいればこれは姿を見せないが、かといって今の彼女は誰かといて憐憫の目で見られるのもつらかった。全て自分が招いたことなのに、誰も自分を責めてはくれない。本当ならば自分から事実を言って首を差し出してもまだ足りないほどだというのに、それが怖くて彼女は何も言えないでいる。一方で唯一白百合だけは自分を責めてくれることに安心すら覚えていた。
    無論、良くないことだとわかってはいる。

    「どうせ本当は死ぬ気ないんでしょう?おまえは愚かで臆病で愚図な女だものね」
    「……」
    「それともそれは違うって?なら本気で死のうとしてみなさいよ、心臓がどこかくらいおまえにだってわかるでしょ?」

    じっと手すりに乗せたままの自分の手を眺める。今まで人喰いなどの攻撃による不可抗力で死のうとしたことはあるが、自分の手で死のうとしたことはなかった。まだ贖罪が果たせていないと冷静な頭が囁くのを聞く。だけど、だからなんだというのだろう。シリウスが言っていたいつか異形になる日まで贖罪を続けても、あのいたく優しい青年は帰ってこないのだ。自分が腹の中に収めてしまったせいであの人にも確かにあったはずの明日はもうどこにもないのに、どうして自分は明日を生きることを許されているのだろう。チコーニャは手をゆっくりと手すりから離し、自分の心臓に手を伸ばそうとして……
    横から伸びてきた手に煙草を取られてぴたりと手を止める。その手の持ち主を見れば、何とも難しい顔をした幽谷がそこにいた。彼はチコーニャが吸っていた煙草の火をもみ消すと、相変わらず渋い顔のままチコーニャから目を逸らす。

    「……」
    「……やめとけ」

    ただそうとだけ言う幽谷にチコーニャは暫くまじまじと彼の顔を見ていたが、幽谷がそのまま立ち去るでもなく街を眺め出したので、大人しく伸ばしかけていた手を手すりにもう一度乗せた。そのまま同じように街に目を向ければ、その拍子に潰れていない右目から涙が落ちる。ごし、とチコーニャは水を雑に袖で拭った。しかし一度落ちてしまったらそれはもう止まらず、チコーニャは両手で顔を覆って啜り泣きを始める。隣から聞こえてくる泣き声に、幽谷はただ何を言うでもなく立っていた。

    **

    「リリーお姉さんは、僕のお姉さんだったの?」

    紅茶を啜っていた彼女は片眉を上げてカップを下ろす。少年がじっとリリーを見つめ返答を待っていたので、残念だけどと困ったように笑いながら彼女は自分の頬に手を当てた。

    「血の繋がりもなければ、義理の姉弟でもないわ。言ったでしょ、弟ができたみたいで嬉しいって。姉弟だったらそんなこと言わないじゃない?」
    「そうかもしれないけど……。」
    「……でも、そうね、ここにいればじきにきみは本当の兄妹と会えるわ」

    本当の兄妹、と聞いてじりりと頭が痛むのを感じる。
    ――ドグマとプレイア。そうだ、自分には確かに大事な兄と妹がいた。
    けれど二人とどうやって過ごしていたのか、今どうして自分が一人でここにいるのか、そう言ったことはまだ思い出せないままだ。

    「……きみの名前はオラクル。名前は覚えてるかなと思ったけど、そういうわけではなさそうだから教えてあげる」
    「あ……、」
    「そういえば、今日は東洋のお菓子を出してあげる約束だったわね。ちょっと待っててちょうだい」

    白百合が話を切り、席を立つ。もう少し自分や兄妹のことを教えてほしかったオラクルは、少し残念に思いながらも彼女を見送った。気になることは戻ってきたら聞けばいいだろう。何せ、時間は沢山あるのだから。

    「そんなに時間はないの」
    「わぁっ!?」

    隣から聞き覚えのない少女の声がして、オラクルは危うく椅子から落ちるところだった。声の方を見れば、見知らぬ少女がそこに立っている。どこか眠たげに、琥珀色の瞳をこちらに向けていた。鳥の羽のようなアホ毛がぴる、と揺れている。どこかで見たような顔だが、でも間違いなく初対面だろうとオラクルは感じた。

    「早く思い出してあげて」
    「……何を?」

    少女は黙り込む。オラクルはじっと少女を見つめて次の言葉を待った。

    「……わたしの娘。雷の仔竜。」
    「……雷の仔竜」

    ずきり、と頭が割れそうなほど痛んだ。呻き声を上げながら頭を押さえ、椅子から転げ落ちる。歪む視界の中で、先ほどの少女がどこにもいないことを確認した。代わりにいつの間にかリリーがそこにいて、オラクルの頭に手を伸ばす。

    「それは思い出さなくていいことよ。忘れなさい」

    **

    ぽた、と血が垂れる。それを雑にふき取って、ふうと息を吐く。枷が嵌められているおかげで花が生まれることはないが、そのままにしているのは色々と問題があるのだ。そのまま穴の開いた耳を押さえて血が垂れないようにする。落ちたスタッドを拾い上げ、後で洗って捨てようとまたため息を吐いた。

    「なあにまたピアス開けたの?それで失敗したから塞がるってわけね」
    「……ダメですか?」
    「いいえ?とてもいいことだわ、手首を切ったりするよりはずっとね。だっておまえはまだ贖罪しなきゃいけないんだもの~、戦闘に支障が出るような自傷はまずいものねぇ?」

    白百合が顔を覗き込んでくる。思っていたよりも長身の彼女は、面白そうに目を細めてチコーニャを見ていた。チコーニャはぼんやりと彼女の赤い瞳を眺める。

    「ああでも、まともに戦えなくなったら、処分してもらえるかもね?そっちの方がおまえにとっては嬉しいのかしら?アハハハ!
    でもおまえは死ねない。そうでしょう?だって大好きな人を食べてまで独り占めしたんだもの、死ねないわよねぇ?」
    「……うるさい」
    「あら、怒ったの?珍しい。いっつもぼんやりどこ見てるんだかわからない目で話聞いてるのに」

    止血に使っていたタオルを投げつけた。しかし白百合は幻覚であるので当たり前だが当たるはずもなく。それがどうしようもなく腹立たしいので、チコーニャはぎりり、と歯嚙みをして近くの物を引き寄せるとまた投げつける。

    「あらあら乱暴ね。そんなだから彼抵抗の一つもできなかったのよ」
    「うるさい……」
    「さぞかし楽に食べられたことでしょうね?ふふふ」
    「うるさい!」
    「全部お前がやったことじゃない。」

    ぴたりと動きが止まる。白百合は楽し気に近づいてきて、白い髪を耳にかけながらチコーニャの顔を覗き込んだ。

    「私に本当のことを言われてつらいなら、過去の自分を恨むことね。」
    「……」
    「おまえが我慢できなかったせいで彼は死んだのよ。いい?よおく聞きなさい?他の誰でもない、今私を見て私の声を聴いている、雷の竜族のチコーニャが、プロキオンを殺したの。」

    チコーニャの呼吸が浅くなる。白百合はにこにことそれを眺めていた。じわり、と右の瞳に涙が浮かび、わなわなとその唇が震え始める。今にも泣き出しそうな彼女を見て、白百合は心底満足げに頷いた。とうとう涙がこぼれ始めると、白百合はくつくつと笑い始める。

    「……やめて……」
    「あら?よく聞こえないわね。もう一度言って欲しいって?何度でも言ってあげるわ、あいつを殺したのはおまえよ、忘れないでちょうだいね」

    チコーニャは両手で耳を押さえ、蹲った。彼女が腰かけている長椅子の隣に腰かけて、白百合は目を細めて楽し気に口角を上げる。できることならこのまままた暴走して今度こそ手遅れになって欲しいところだが、と思いながら彼女の首輪を見た。枷は今も作動している。残念だわ、と彼女は肩を竦めた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works