チコーニャの背中が見えた。その隣にリリーは長いこと見ていなかった、けれど見覚えのある白衣の背中を見て、足を止める。足音が聞こえたのだろうか、その白衣はふわりと金糸の髪を揺らし、振り向いて林檎色の瞳をリリーに向けた。
「お姉ちゃん?」
その口が聞き慣れた声音で彼女を呼ぶ。その赤い瞳が揺れて怯えを滲ませたので、ああ、あの子はエステラではないのだとリリーは理解した。
「……」
彼女自身気づいていなかったが随分と動揺していたようで、口から零れたのは細い吐息のみ。メルクは怯えながらも、懸命に笑顔を浮かべている。言いたいことはリリーにもごまんとあるけれど、何から言えばいいかわからない。チコーニャがリリーとメルクを交互に見た。
「……知り合いっすか?」
「……うん」
メルクが頷く。知り合い。知り合い、知り合い?彼女にとって私は顔も見たくないいじめっ子だと思っていたけれど。そう心の中でつぶやいて、リリーは皮肉めいた笑みを浮かべる。それを見てメルクが一層怯えるので、何かを感じ取ったチコーニャは僅かに敵意を彼女に向けた。
「あのっ」
メルクに目を向ける。赤い瞳が、私と似た色の瞳が私を見ている。
「あのね、お姉ちゃん、私……、私、お姉ちゃんのこと怒ってないよ、だから……」
白い袖の下から小さい手がリリーの手を握ろうと伸びてきた。呆然とした気持ちのままそれを止めるでもなく眺めて、ひたりと触れた手のなまぬるさに思わず振りほどこうとする。
「お姉ちゃん!」
赤い瞳が彼女を見つめていた。見ないで欲しい、とぼんやりリリーは思う。
「ずっと会いたかったの、私……、私が悪かったんでしょう?だから、だからね」
「違うわ」
「違うの?なら、どうして」
「……」
喉の奥でぐるぐると渦巻く感覚を感じた。吐き出してしまいたいとリリーは思ったが、しかしそれは上手く言葉にならないで消えていく。
「……お姉ちゃんは、私のこと、嫌いなの?」
「違うっ、それは、……それは違うの……」
「じゃあ、じゃあね、私……お姉ちゃんと一緒にいてもいい?」
「……馬鹿じゃないの、私に何されたか忘れたわけ?」
手が震えるほど、俯いて顔を隠すほど彼女が怖いくせに、それでもメルクは手を放さない。
「……それでも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだから」
は、と乾いた笑いが零れる。とうとう隠していた罪悪感が堰を切って溢れ出したので、リリーはそうと手を握り返してやった。弾かれたようにメルクが顔を上げる。
「……いいわよ。……メルクがそれでいいならね」
メルクはぱあと表情を明るくしてリリーに抱き着いた。相変わらずこういうところは双子揃って変わらないな、なんて思いながら、その背中を撫でてやる。
チコーニャの異変にも、メルクが顔を隠していた本当の理由にも、リリーは気づかない。自分が今抱きしめているかつての義妹がどんな表情をしていたか、疑うことができなかった今のリリーには知る由もなかった。