金色の髪に赤い瞳、愛嬌のある顔立ちの少女は興味津々といった様子で窓の外を眺めていた。そして彼女の傍に、どこかぽわぽわとした様子のチコーニャが立っている。どうにも普段と様子が違うので、プロキオンとカノープスは顔を見合わせた。
「やっぱり、なんか変やな?」
「そうですね……、またたびを前にした猫のようです」
少女が手を伸ばすと、チコーニャが頭を下げる。なでなでと撫でられてうっとりとした表情を浮かべているのを眺めながら、普段の彼女からかけ離れた姿に一抹の不安を二人は覚えた。
「ねえ、警官さん!」
「うおっ、なんやろか」
「私、お出かけがしたいんだけど、駄目?」
じーっと赤い瞳がプロキオンのことを見つめる。まだ彼女に危険があるかどうか判別がつかない為、プロキオンは言い淀んだ。それを見るとしょんぼりとしながら少女が唇を尖らせる。
「自分が一緒にいますから、だめですか?」
「……チコちゃん、さっきからずっと気になっとったのやけど、知り合い?」
「え?いえ……」
そんなことはないと言うように首を傾げるチコーニャから視線を逸らし、少女を見た。赤い瞳が相変わらずこちらを見つめている。無垢な表情はどこか普段のチコーニャに似ていた。”――別に害はないんじゃなかろうか?チコーニャもこういっているし、何より本人が望んでいるのだから外に出してやっても”……
「!」
ハッとしてプロキオンは目を逸らした。頭を何度か振り、ちらりとカノープスを見る。
「……アウラちゃんおるかな」
「アウラ、ですか?」
「うん。悪いけどチコちゃん頼まれてくれる?チカさんにアウラちゃん来てるか聞いてきて。おらんかったら戻ってきてええで」
不思議そうな顔をしつつ、チコーニャは了承の返事をした。軽い足音と共に彼女が外に出て行くのを見ながら、相変わらず自分に突き刺さる視線とどうにか目を合わせないようにプロキオンはカノープスの方を見ている。
「そんな見られると照れるわぁ」
「お兄さんすごくかっこいいんだもん、ついつい」
「ははは、おおきに。……カノ君、可愛いからってあんまりじっと見たらあかんで」
「わかりました」
一見和やかに会話をしながら、カノープスにそれとなく注意をする。それが忠告であると伝わったらしく、カノープスは少女から少し目を逸らす。それに安堵しつつも、どうしたものかとプロキオンは頭を悩ませた。先ほど目を合わせたとき、以前にアウラの力を受けたときと似た状態になりかけたのである。恐らく彼女も自分にその力があると自覚があって、わざわざこの部屋から出るために使用した。精神力が強いプロキオンでも影響としては微弱とはいえ魅了されかけたのだから、一般市民の前に出したらどんなことになるか想像に容易い。気になるのはプロキオンやカノープスと同じく精神力の強いチコーニャがあっさりと陥落していたことである。
タイミング悪く通信機に別の場所で事件が起こったという通告が届いた。プロキオンとカノープスは顔を見合わせる。
「……」
「……私が出ます」
「うん……、任せたわ」
カノープスが誰か人を呼びますか、というように自分を見るので、プロキオンは少し考えた後首を縦に振った。カノープスはそれを見るとこくりと頷いて部屋を出て行く。
相変わらず刺さるような視線を感じて、目を見ないように少女の方を向いた。
「いやー、ここもほら、結構な人数おるから稀に事件が起きるんよ」
「そうなんだ。大変ね、警官さん」
口調は至って穏やか、親し気にすら感じる。表情も相変わらず笑顔で、見た目だけならやはり何の害もない少女のように見えた。ただ先ほど魅了を食らった身としては何を考えているのかわからないので警戒心が膨らむばかりである。
がちゃ、と扉が開く音がして人が入ってきた。カノープスと交代で来た他の警官だろう。
「あら、新しい警官さん?こんにちは」
少女が楽し気にそう言うのが聞こえた。その声音に違和感を覚え、プロキオンは隣にやってきた警官を見ようとし、次の瞬間床に組み伏せられた。
「ちょっ!?」
「どうぞ、今のうちに」
年若い警官は少女に好意的な声音でそう言って外に出ることを促す。いつ魅了されたのかがわからない。プロキオンはもがきながらどうにか通信機を引っ張り出せないかと手を動かそうとするが、それを見咎めた警官に後ろ手に拘束されて動けない。カノープスかチコーニャがいたらどうにかなったのに、とプロキオンは頭が痛くなるのを感じる。
「アホ!まだ外出せる状態じゃないんやって!」
「こんなに長く拘束するなんて非道です!隊長!」
「あーーーもーーー!」
「ありがとう、親切な警官さん。それじゃあね」
待て、とプロキオンが言うのににこりと笑い、そのまま少女は部屋から出て行ってしまった。少女が出て行ってから暫くして青年が手を放すと、プロキオンは即座に通信機を取る。
「こちらプロキオン――」
**
リリーはラボで仕事をしていた。ある物の設計をしていたのだが、少し行き詰っている。息抜きでもするか、と軽く伸びをして立ちあがり、紅茶を飲もうとお湯を沸かそうとした。ケトルを手に取り水を注ごうとして、ぽん、と肩を叩かれる。振り向こうとしてその手の持ち主がそのまま腕を乗せてもたれかかってきた。少しふらついた後、こんなことをするのは一人くらいだなと思いながら首を傾げる。
「ねーさん、今茶葉ないぞ」
「あら。……そうだったわね。買いに行かないと。丁度いいわ、他にも色々買っておきましょう。荷物持ちしてちょうだい」
「ええー。しかたねえなあ」
ドグマは彼女にもたれかかるのをやめ、両手を上げて大袈裟に肩を竦めた。歩き出すリリーの後ろについて歩く。
外に出れば予報通りの晴天が広がっていて、室内から出てきたばかりのリリーは眩しそうに目を細めた。そのまま歩き出し、街に出て、さあいつもの店に行こうとしたときのこと。
「おねえちゃん?」
全身が総毛立つのを感じた。リリーが足を止める。ん?とドグマがこちらを見ているのを視界の隅に捉えながら、彼女はゆっくりと振り向いた。
「ひさしぶり!」
今頭上で輝いている太陽と同じ輝きを内包して、それがそこにいる。赤い瞳を楽し気に細め、それはリリーに歩み寄ってきた。
「その人誰?」
「……」
「もしかして新しい家族?わあ素敵!弟?それともお兄ちゃんかなぁ」
「……お前、なんでここに」
「ところで……セントはいないの?」
乾いた音が響く。少女はバランスを崩して地面に尻餅をつき、打たれた頬を押さえてリリーを見上げた。リリーは全力疾走をした後のように肩で息をしている。ぎり、と歯嚙みをし、もう一度殴ろうと手を振り上げて、ドグマにそれを留められた。
「落ち着けねーさん。ここ往来だぜ」
「……、……そうね」
リリーの腕から力が抜ける。それを確認すると、ドグマはリリーの腕から手を放した。