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    CitrusCat0602

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    CitrusCat0602

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    帰らなきゃ 息が詰まる。冷や汗が垂れる。まるであの神社のある世界に迷い込んだ時のような異物感を感じた。じり、と後ろに下がる。ベンチに足が当たった。かたんと音が鳴る。喉が嫌な音を立てた。人影がざぶ、とこちらに寄ってくるような仕草をしたのを見て、莉穂は弾かれたように走り出した。
     駅の改札らしきものは最早機能しておらず、開かれたまま沈黙している。金糸の毛並みの狐がひとつの改札の前で莉穂を待つようにこちらを見ていた。咄嗟にその改札を通り抜ければ、すぐ隣のそれがどぷりと染み出てきた赤い水に飲み込まれる。莉穂が再び前を向いた時には狐の姿はなく、ただ両側から迫る赤い水が視界の端に映った。ひたすらに真ん中を走り抜ける。後ろから海の音が迫った。
     恐ろしいと感じても尚走り続けられるのは、間違いなくあの秋の場所へ迷い込んだおかげだろう。あの時は誰かが助けてくれるまで泣くことしかできなかったのだから。
     足が何かに引っかかる。無我夢中で走っていた彼女はあ、と思って、しかし体勢を直せず地面に転がった。擦りむいた脚や手が痛い。震えながら身体を起こし、涙が滲むのを無視して走ろうとして、ちりんと鳴った鈴の音にはっと我に返った。

    「……逃げ、切れ、た……?」

     海の音はせず、不気味な赤い水もない。ただ、人気のない街の、夜闇の中に一人で座り込んでいる。
     しばし呆然とし、息を整えて、そうっと自分の足が躓いたものを見た。そこにあるのは自分が持っているものと同じお守り。しかし、それは紐がちぎれてしまっていて、寂しげにぽつんと落ちている。確かめてみれば自分のものは鞄にしっかりと結わえてあるので、恐らくこれは姉の物だろう。

    「……どこにいるの、お姉ちゃん……」

     またじわりと涙が滲むが、それをぐい、と袖で拭い、そうっとちぎれたお守りを拾いあげ鞄の中へ収めた。先程の狐のことを考える。見覚えのある姿だった。

    「……色葉さん……飯綱さん……」

     あの不思議な体験の折に知り合った、自分と姉を庇護してくれていた神様の名前を呟く。先程の狐が果たして彼らなのかはわからない。だが、助けてくれたことを考えると無関係ではないだろう。お守りを額に当てて、何度か深呼吸をした。秋の香りに心が落ち着く。

    「……帰らなきゃ」

     まだ再会の約束をした友人にも会えていない。ここでどうこうなるわけにはいかないのだと、莉穂は漸く立ち上がった。
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