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    CitrusCat0602

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    プランツドールパロ続き

    3「チコーニャのお人形は誰にでも笑うんだね」
    「え。」

     友人が唐突にそう言い出すので、チコーニャは僅かに声を漏らす。そのことは彼女としてはあまり触れてほしくないことで、嫌な顔をしてしまいそうだった彼女は顔を逸らした。友人は彼女の様子にも気づかずに言葉を続ける。

    「プランツドールって、主人以外には笑わないんだと思ってた。……あ、でももしかしてあの子、単に私でも主人になれるから笑って」
    「やめて」

     絞り出すようにチコーニャがこぼした制止の言葉が聞こえなかったようで、友人はもう一回言って、と言うように顔を覗き込もうとした。

    「姉さん」
    「あっ、グラウクスくん」
    「……申し訳ありません、姉さんちょっと体調が悪いみたいで……」

     友人のことをそう言って帰そうとするグラウクスを、チコーニャは止めるでもなくぼんやりと見ているものだから、その友人もああ確かにと納得をして帰っていく。そうして友人の見送りを終えたグラウクスは、険しい顔で姉の傍に侍る人形を睨んだ。オラクルは困ったように微笑んで首を傾げている。

    「……チコーニャ姉さん、少し入れ込み過ぎじゃないですか」
    「……だって……。」
    「好きなのはわかります。でもいくらなんでも友達にもあんな態度を取るなんて、その人形と会う前の姉さんならそんなことなかったのに。」

     お小言を言う弟に、チコーニャは眉尻を下げた。一方で彼の言った入れ込みすぎという意見に、オラクルは確かにそうかもしれないと思ってチコーニャから少しだけ身を離そうとする。それに気がついたチコーニャは、嫌だと言うように彼の手を握る力を強くした。

    「……。」

     グラウクスがじっとオラクルを見つめる。オラクルはぱちりと瞬きをすると、グラウクスを静かに見つめ返した。

     チコーニャがオラクルの主人となってから、数ヶ月が経過している。彼の美しさは増すばかりで、しかしチコーニャは憂うような表情をすることが多くなった。
     プランツドールは主人の愛情によって生かされ、その愛情により美しさを増す。主人であるチコーニャからとびきりの愛情を受けている彼が、美しくならない道理がない。だがしかし、彼女の人形は彼女以外にも等しく微笑んだ。
     彼の笑顔は極上で、それを見るためにチコーニャを訪ねる人間が増えた。自分が人に笑いかければ主人は喜ぶとばかりに思っていたが、見る度に彼女の目が暗く陰っていくので、何とも言えない不安感が胸に落ちる。触れ合った時にだけ主人は初めて会った時のような明るい笑みを見せてくれるものだから、オラクルはよく彼女を抱きしめて頬擦りをしていた。

     そんな日々を繰り返したある日、ふとオラクルは目を覚ます。見知らぬ場所に転がされているのも構わずに、彼はチコーニャのことを探した。傍にはいないらしい。それに気がついた途端強い飢餓感を感じた。それを耐えるように丸くなっていれば、扉が開く。チコーニャであることを期待して顔を上げれば、しかしそこにいたのは見知らぬ男だった。
     男の手が頬を触る。主人の肌の感触が男のざらりとして骨ばった手の感触に上書きされて、オラクルは悲鳴を飲み込んだ。

    「あれ?笑わないな……」

     男が首を傾げながらぶつくさ言うのを、オラクルは震えながら聞いている。チコーニャのことをずっと待っていたが、結局オラクルが気を失っても彼女は来なかった。

     また目を覚ます。周囲を見回す。チコーニャが近くにいないのでまた目を閉じた。男に触られたので、身体を丸く縮こまらせて腕を隠す。

    「……何が気に入らないんだい?ほら、ミルクも温めたんだ。飲んでおくれ」

     オラクルは暫く塞ぎ込むように縮こまっていたが、思い直したように身体を持ち上げてカップを受け取った。浮かない顔でちまちまとミルクを口に運ぶオラクルを見ながら、男はため息を吐く。

    「やっぱり、前の主人をどうにかするしかないのか」

     ぴたりとオラクルの手が止まった。すっと顔を上げる少年が、正に人形のような無機質な顔で男を見ている。しかし男はそれに気が付かずにぼんやりと窓の外を見つめていた。



     チコーニャはぼうっと突っ立って警報音を鳴らす踏切を眺めている。オラクルがいなくなってから1ヶ月が経とうとしていた。
     どんなに探しても見つからないので、彼女は何をするのも手につかず、今も踏切が閉じるのを3回もただ見ている。ふらり、少女の隣に男が千鳥足でやってきた。酔っ払いだろうか、少女は特段気に留めない。男は踏切を乗り越えて線路に入る。チコーニャは思わず目を見開き、咄嗟に引き戻そうと手を伸ばす。
     その手を、少年の手が絡みつくように取った。

     パン!と弾けるような音がする。電車が通る風圧で髪が揺れる。靴に濡れたものが触れて、じり、と動かした足の下でぴちゃりと音を立てる。
     チコーニャは視線を下へ下ろそうとした。くい、と腕を引かれて、その視線が宙で止まる。そうっと振り向けば、とろけるような甘い琥珀の瞳がチコーニャを見ていた。

    「      」

     形の良い唇が動き、白い指が少女の頬を愛おしげに撫でる。少年は音もなく少女に身を寄せた。今まで一度も見たことがない顔だった。甘やかで頭がくらりとするような、そんな蠱惑的な表情を少年はしている。少女はうまく思考が保てない。
     ちゅ、と、唇が触れ合った。びくりと少女が肩を跳ねさせる。更に濡れたものが唇を這うので、チコーニャは喉の奥で僅かに声を漏らした。うっとりと、陶然と、嬉しそうに。オラクルは主人を見つめている。

    「おいしい」

     ぽつりと、オラクルがそう言ったような気がして、けれどそれを聞き返すこともできずにチコーニャは気を失った。
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