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    CitrusCat0602

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    ねこが楽しいプランツドールパロの続き

    4 ぱち、と目を開く。目の前には見目麗しい少年が穏やかな寝息を立てながらそこにいた。

    「……オラクル」

     ぽそりと小さく小さく呟けば、長いまつげを震わせて少年が目を開く。繋いだままの手を握り直して、少年人形は蕩けるような至上の笑顔を主人に見せた。

     あの日。うつろな顔のチコーニャがオラクルと手を繋いで帰ってきてから、オラクルは主人以外に笑わなくなった。それまで見たことのないほど美しい笑顔でオラクルはいつも彼女を見ている。それが良いことか悪いことかで言えば、恐らく悪いことだろうとグラウクスは考えていた。姉以外に笑いかけることがなくなった為に彼を見に来る人間が減ったかと思えばその逆で、今の彼の笑顔を自分に向けられたいと願う人間が増えている。必死に彼の機嫌を取ろうとして、しかし結局彼がチコーニャにしかあの笑顔を向けないものだから、徐々に大人たちは幼い少女に妬心を向けるようになっているのだ。
     だがオラクルを少女から引き離すことも、オラクルがいなかった間の少女を思い返せば躊躇われて何もできない。グラウクスはまたため息を吐いた。人を狂わせる人形など、姉の傍から排除してしまいたいのに。

    「……」
    「……うん、部屋に行こう」

     夕食が終わり、オラクルがチコーニャの手を引いて催促するのを眺める。チコーニャは相変わらずどこかぼんやりとした顔だったが、ふわりと幸せそうに笑って彼と手を繋いで席を立った。グラウクスは引き留めようと口を開いたが、冷めた琥珀色と目が合って思わず口を閉じる。二人はそのまま行ってしまった。

     チコーニャの自室に入って二人でベッドに座り、オラクルはチコーニャの髪を背中へ流すとぷちぷちと彼女の服のボタンを外す。そうして露わになった首筋に顔をうずめ、歯を立てた。じくりとした痛みと共にその部分がひどい熱を持つのを感じて、チコーニャはオラクルの服を強く握りしめる。そうして流れ出た血液が啜られるのを、彼女は恍惚とした表情で受け入れていた。血が止まった後もオラクルは身体を離さず、物足りないと言うように執拗に舌で傷をなぞる。チコーニャはくすくす笑いながら身を捩った。

    「オラクル、くすぐったい」

     いやいやをするように首を横に振れば、オラクルは最後にちゅう、と吸いついてからチコーニャの身体から腕を離す。ぽす、とチコーニャはベッドに横たわり、オラクルはその隣に横たわった。チコーニャが手を伸ばし、オラクルの頬に触れる。すり、と頬を撫でる手に甘えるように目を閉じる彼を見つめながら、やっぱり、とチコーニャは声を漏らした。

    「……オラクル、ちょっと大きくなった?」
    「?」

     ぱちぱちとオラクルがチコーニャを見つめる。チコーニャはまじまじと彼のことを観察した。最近オラクルの服が前よりも小さくなったような気がして、また新しく買ったところだったのだが、やはり彼の頬にかかる髪も以前より長くなっているような気がする。
     ミルクと砂糖菓子以外を食べさせると育つ、と言われたことは覚えているが、現状特にミルクと砂糖菓子以外を食べさせてはいないのにとチコーニャは首を傾げた。しかしオラクルが頭を撫でてきたので、些末なことは頭の中から放り出しておくことにする。

    「オラクルは、私より大人になるのが早いんだね。私も早く大人になるから……そしたら結婚式しよう」

     顔を寄せてすりすりと鼻先を擦り合わせ、チコーニャは内緒話をするように小さな声で彼にそう言って笑った。オラクルは嬉しそうに目を細め、こくりと頷く。彼はそっと手を伸ばし、少女の小さな手を握りしめた。すりすりと手の甲を指で撫で、そこからそのまま指を絡ませて握り込む。チコーニャはじっとオラクルを見つめ、オラクルも同じように彼女を見つめ返した。

    「……私のこと好きって言ってみて」
    「……」
    「オラクルほんとは喋れるでしょ、聞いたもん」

     オラクルははく、と口を動かしたが、困ったような顔で眉尻を下げる。そして結局言葉を発すことはなくただチコーニャにキスをした。チコーニャはぷう、と頬を膨らませる。彼女がそのまま不満を訴える顔をしているので、誤魔化すように外したままの彼女のボタンを一つ一つ元に戻していった。

     チコーニャは幸せだった。オラクルが自分に対して行う全ての要求が愛おしいので、きっと何を要求されても応えただろう。そして現状彼の望みは自分の血液だったので、チコーニャは不思議に思いつつも喜んで彼に自分の血を飲ませた。自分の幸せに一番必要な物は間違いなく彼だったのだ。彼を傍に置くためなら何でもできたし、何が起きても、それこそ自分が死んでしまってもよかった。

     はっと意識を取り戻す。今まで何をしていたのだったか思い出そうとして、ようやく今の状況を思い出した。チコーニャはひどく痛む頭を抑えながら、今しがた自分を何度か殴打した見知らぬ誰かを見上げる。男は片手に握りしめた棒状の何かをもう一度振り上げようとして、周りにいた大人や警備の人間に取り押さえられていた。ぼたた、と床の上に血が垂れるのが見える。周りの喧騒がどこか遠くに聞こえて、ふとチコーニャは視線を動かした。上手くピントが合わず揺れる視界の中に、オラクルが呆然とこちらを見ているのが映る。それを最後に、チコーニャは再び気を失った。

     次に目を覚ました時そこは病室で、左目が何かに覆われているのか何も見えない。視界が開けている右目で病室の中をぐるりと見回せば、父親であるコルニクスがじっとこちらを見ているのが見えた。オラクルの姿が近くに見えないが、病院の中なので当然かもしれないとチコーニャは瞬きをする。

    「あの人形なら処分しました」

     そんな彼女を見ながら静かに父親がそう口にしたのを聞いて、チコーニャは思わず身体を起こそうとした。しかしぐらりと頭が揺れて、うまく動けない。

    「……グラウクスの言う通りでした。たかが人形のどこがそんなに良かったんですか。呪われてるとしか思えない……。」

     コルニクスが両手で顔を覆いながらそう呟く。ぼんやりと父の嘆きを聞きながら、チコーニャは乾いた笑いを浮かべた。

    「そんなことで失明するなんて馬鹿みたいですよ」

     ああ、と思いながらそっと左目に手を当てる。余程強く殴られたらしい。ガーゼの感触がするものの、これを外したとてきっと二度と見えないのだろう。

    「……もうあの店に近寄るのはやめなさい。生き人形と関わったらろくな事にならないのはわかりました。」

     チコーニャは何も言わずに頷いた。オラクルがいないのならあの場所に行く理由もない。押し黙ってただ窓の外に目をやる娘を見ながら、コルニクスはもう一度ため息を吐いた。
     あの店に近寄らないとチコーニャが約束してくれたので、もうオラクルと彼女が会うことは無いだろう。オラクル自身もあの事件で深く落ち込んでいたし、メンテナンスさえ終わって眠ってしまえば彼女を呼んだり会いに行こうとはしないはず。
     そのはずなのに、なぜだかまたチコーニャは彼のことを愛して伴侶にしようとするだろうという直感があって、コルニクスはそれが現実にならないことを切に願った。
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