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    reve_pigu

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    reve_pigu

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    ふたいつ展示作品①伊アオ
    キメ学軸のお付き合いしてない二人の話。

    あと、数秒「はあ……」
     アオイは、深くため息を吐き出した。どこかしょんぼりとした顔をしながら、アオイが見つめるのは自身で作ったパウンドケーキ。バレンタインである明日、伊之助に渡すために作ったものだった。
     しかし、これは失敗だ。焦げたわけでも、生焼けなわけでもない。ただ、少しばかり膨らみが足りなかっただけ。理想通りのふわふわの見た目にはならず、それでアオイは落ち込んでいたのだ。
     恐らく、味はさほど変わらないはずだ。伊之助なら「うめぇ」と言いながら食べてくれることだろう。それでも、アオイにとってこれは大きな問題だった。

     ——うまく作ることが出来たら、伊之助さんに告白しよう。

     と、密かにそう考えていたからでもある。
     この出来は、決して成功とは言えない。周りからしてみれば、気にするほどではない些細なことかもしれない。だが、他の誰でもないアオイ自身がそれを許せなかった。
     もう夜も遅い。今から作り直すとなると、それも難しい。だとすれば、明日は告白するのを諦めて、このパウンドケーキを渡すしかないだろう。
    (告白、したかったのに)
     伊之助への想いを自覚してから、早数ヶ月。いつまでも告白出来ずにいるアオイに、バレンタインに告白するようにアドバイスをくれたのはカナヲだった。
     バレンタインという絶好の機会がなければ、アオイはいつまで経っても告白することが出来ずに、ずるずると今のままの関係でいることだろう。自分の性格をよく分かっているアオイも、だからこそ頑張ろうと決めていたというのに。まさか、ここまできて失敗するなんて、自分にはほとほと呆れるしかない。
     それならば、せめてラッピングくらいは可愛くしよう。伊之助への特別な想いを込めながら、丁寧に——。
    「…………出来た!」
     ラッピングは上々の出来だろう。伊之助を思わせる青色を基調としたラッピングだ。それを紙袋に入れ、完成だ。失敗はしてしまったが、伊之助が食べてくれることを願いながら、アオイの夜は更けていった。


     ***


     伊之助は、朝から落ち着かずにいた。というのも、今日がバレンタインだと炭治郎に教えてもらったせいである。
     バレンタインとは、女の子が好きな男の子にお菓子を渡す日——だと。もちろん本命ではなく、義理もあるということも教えてもらった。それを踏まえた上で、伊之助が欲しいのは、ただひとつだけ。アオイからの本命だった。
     伊之助はアオイが好きだ。それも、友達としてではなく、一人の女として——彼女に抱くのは恋愛感情だ。アオイも伊之助を男として好きだという確証がはっきりとあるわけではない。だが、少なくとも嫌われてはいないことだけは分かる。どちらかと言えば、好かれている方だとも。それが、恋愛感情なのか、友情なのかまでは分からないが。
     だから、伊之助は待った。アオイがくれるのを、ひたすら待った。くれるならきっと昼休みだろう。そう思って、わざと一人っきりになってみたりもしてみたが、彼女の顔を見ることなく、あっという間に時間が過ぎていった。そうして、気付けばもう放課後だ。
    (なんでくれねーんだよ、アオイのやつ……!)
     ぶすりと唇を尖らせながら、伊之助は一人帰路につく。アオイの教室まで迎えに行ったら、彼女はすでに帰った後だった。別に一緒に帰る約束をしていたわけではない。ただなんとなくいつも一緒に帰るのが当たり前のようになっていたから、伊之助も今日もそのつもりでいたのだ。
     今日一日、アオイの姿を目にすることがなかったので、伊之助もざわざわとした不安を感じ始めていた。自分ではない他の男に本命をあげたのではないか。まさか今もその男と一緒にいるのではないか。そんな不安が伊之助を襲う。こんなことになるのなら、早く告白すれば良かった。そうやって後悔したところで、もう遅いのだが。
    「……むかむかする」
     アオイといるときは、いつもほわほわと温かくて、擽ったい気持ちになる。だが、今はまるで逆だ。アオイがいない帰り道は、ひどく寂しいものなのだと初めて知った。アオイに合わせていた歩幅も最初は焦ったく思っていたが、それにすっかり慣れてしまった今、一人で歩いていても隣に彼女がいるかのようにゆっくりと歩みを進めてしまう。
     ため息を吐きながら、一人とぼとぼと歩く伊之助だったが、自分よりも数メートル先によく見慣れた後ろ姿を発見した。ゆらゆらと揺れるツインテール——アオイだ。そう思ったときには、すでに伊之助の身体は動いていた。
     アオイは一人だった。それならなぜ、一人で先に帰ってしまったのか。伊之助はそれまでの歩みが嘘かのように、驚異的なスピードで彼女の背中を追いかけた。
    「アオイーーー!」
     距離はいくらか離れているが、伊之助の声はアオイにも届いたらしい。振り返った彼女は、驚いたように目を丸くさせて、それからすぐに前を向いて走り出した。伊之助から逃げようとしていることは明らかだ。なぜ、逃げるのか。逃げられると余計に追いたくなってしまう。伊之助は更にスピードを上げ、走り出す。
    「っ、逃げんな! ばか!」
    「あなたが追いかけてくるから!」
    「お前が逃げるからだろ!」
     二人は走りながら、大声でやり取りを交わす。走りならば、伊之助の方が圧倒的に速い。いつしか距離は縮まり、伊之助はアオイの手を掴むことに成功する。もうどこにも逃げられないように、その小さな手を強く握りしめた。
    「はっ……やっと追いついた」
    「……はなして、よ」
    「やだ。離したら、お前また逃げんだろ」
    「に、逃げないわよ……!」
    「それでも、やだ。俺は離したくねーし」
    「っ、なんなんのよ、ばかぁ。彼女と帰ればいいじゃない」
    「は? 彼女?」
     誰の? と伊之助の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。アオイの言葉の意味が分からず、思わず伊之助は首を傾げた。すると、アオイは顔を俯かせて、ぽつりと呟いた。
    「……昼休み、チョコ貰ってたくせに」
    「んー? チョコ?」
     伊之助は、思い返してみる。昼休み、確かにクラスの女子にチョコは貰ったが、あれはクラスの女子がまとめて配っていた義理だった。伊之助が貰ったのは、そのひとつだけ。つまり、アオイはその現場を目にしていたということになる。
    「あれは貰ったのは俺だけじゃねーぞ。クラスのやつら、みんな貰ったんだからな!」
    「でも……伊之助さんデレデレしてた」
    「はぁ? んな顔してねー!」
    「してた!」
    「してねー!」
     してた、してない。そんなやり取りを幾度か繰り返す。ここまできて伊之助はようやく、アオイが嫉妬してくれているのだと知る。つい先程まで伊之助が抱えていたあの感情。それに教室まで来てくれていたということは、本当はアオイはバレンタインをくれるつもりでいたのだろうか。それに気付いてしまったら、伊之助は黙ってなどいられない。
    「お前さ、俺がチョコ貰ってんの見て、むかむかしたってことなんだろ? それって、お前も俺にくれるつもりだったんじゃねーの?」
    「……………ちがいます」
     アオイは否定をするが、伊之助は気付いていた。彼女の握る紙袋から甘い香りが漂ってきていることに。伊之助は嗅覚は、人よりも優れているのだから。
    「これは?」
    「あっ、ちょっと! 勝手に取らないで……!」
     アオイの手から強引に紙袋を奪い、その中を覗き込む。可愛らしくラッピングされた包みと共に、メッセージカードも入っている。そこには確かに〝伊之助さんへ〟とそう書かれていた。
    「これ、俺にくれんだろ?」
    「……そのつもりだったけど……失敗してるから、やっぱりあげられません……! 返して!」
     紙袋へと向かって、アオイが手を伸ばすが、伊之助は軽々とその手を躱した。アオイが届かない高くにまで腕を掲げて、楽しげに笑っている。
    「いやだね。これは、もう俺のもんだし」
    「伊之助さん……! 今度ちゃんと作り直したのあげますから、ね?」
    「俺は、これが! いいんだよ! これじゃなきゃ意味ねー」
     例え、失敗だろうと成功だろうと、そんなことは伊之助にとってはさほど問題ではなかった。アオイが自分のために作ってくれた、ただそれだけで充分だった。
     へへ、と顔を綻ばせた伊之助はその紙袋を大切に、大切に胸の中へと抱きしめた。伊之助があまりにも嬉しそうにしているものだから、アオイはもう取り返すことも出来なくなる。そんな顔を見せられて、取り上げられるわけがない。
    「なあなあ、アオイー」
    「……なんですか」
     にんまりと口角を釣り上げた伊之助が、アオイの顔を覗き込む。緩やかな弧を描くその瞳は、きらきらと眩しく輝いている。
    「これって、本命ってやつか?」
    「っ、!」
    「どうなんだよ、アオイ」
     その質問には、アオイは何も答えられなかった。しかし、彼女のその真っ赤に染まった顔こそが、その答えと言えよう。
     確信した伊之助が想いを告げるまで、あと数秒。今日が二人の記念日となるのは間違いないだろう。
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