猫渋谷の喧騒から離れた路地裏で、ミチロウは足止めを食らっていた。原因はミチロウの足元で腹を出して甘える、一匹の白猫。
喉を鳴らして転がる愛らしさに癒やされるまま撫でていると、ふと誰かの足音が近づいて来ている事に気付き慌てて人影の方を見やった。
しかし薄暗いビルの隙間を歩いてくるのが見知った青年──真凛だったので、ふっと肩の力を抜く。向こうもこちらの存在に驚いたらしく、真凛はきょとんとした顔で声をかけてきた。
「ミチロウさん?こんなところにしゃがんで何してるの。」
「いやぁ、この辺通るたびに見かけてた子がね、今日ようやく撫でさせてくれて……つい長居を。」
手元で寝転んだままの白猫を撫でて見せてやると、真凛はふぅん、と興味のなさそうな返事をしてミチロウの隣にしゃがみ込んだ。
「ミチロウさん、猫好きなんだ。」
「うん。なんかだかこう…構いたくなっちゃうんだよね。」
霧積くんも撫でてみたら?と勧めてみるが、真凛は猫に触れることはせず、ミチロウが撫でる様子を静かに眺めている。
「猫嫌い?」
撫でる手にじゃれつく猫に頬を緩めながら真凛に尋ねると、真凛は顔を顰めた。
「別に嫌いなわけじゃないけど……猫って何考えてるか分かんないでしょ。気に入らないと引っ掻いたりするし。」
おずおずと真凛が猫に手をのばす。が、猫は真凛の手を前脚でぺしんと払いのけた。爪を出した様子はないのでじゃれつきの一環だと思うが、真凛は手を引っ込める。
「そういうところがいい、って言わない?そんなつれない態度の子が気をゆるして甘えてくれたりすると、感動もひとしおっていうか…」
ミチロウの話に真凛ははぁ、と息をついた。
「ミチロウさん、猫に対しても世話焼きなんだ。」
「あはは、性分なのかも。」
呆れた、と言わんばかりの真凛の態度に照れくささを感じて頬を掻く。そうして視界に白猫と真凛の両方が映った時、ふと、思った。
「そういえば、霧積くんってちょっと猫っぽいよね。」
「は、」
普段のツンと澄ました態度も、気を許した相手には意外と甘いところもどことなく似ている。そういえば顔立ちもちょっとツリ目で猫っぽいなぁ、と真凛の顔を眺めていると、真凛は何事か口の中でごにょごにょと呟き、顔を伏せてしまった。
一体どうしたのだろう?と首を傾げていると、猫も気が変わったのかパッとミチロウの手を離れ、遠くへと走り去ってしまった。
漂う沈黙が、なんだか気まずい。
そろりと真凛の様子を伺う。彼は逃げた猫を目で追う事もなく、いまだに俯いたまま。
『猫に似ている』と言ったのがそんなに気に障ったのだろうか?しかし真凛の性格からして、『猫に似てるなんて言ってごめんね』と謝ろうものなら余計に拗ねそうだ。
さてどう声をかけたものか、と思案していると、おもむろに真凛が顔をあげ口を開いた。
「……あのさ」
「うん?」
表情こそ眉根を寄せてムスッとしているが、心なしか頬がほんのりと紅潮して見える。
「猫が好きって話の直後に似てるとか言われても、反応に困るんだけど。」
「……あっ」
先ほど逃げた猫が、遠くからこちらを見つめて、短くにゃあ、と鳴いた。