DEAREST(好きを自覚してるミカギver)フレットに誘われて、今日はレガストのコラボカフェに行く約束だった。
以前開催されていた内容が刷新されて、今度は新章のキャラのメニューやグッズも追加されるのだとか。
ナギに勧められて以降、割と真面目にレガストをプレイしているらしいフレットと違ってリンドウはレガストをプレイしていなかったが、フレットがナギやショウカを誘い、それならいっそツイスターズで集まろう、と話が広がりリンドウも行くことになったのだ。
約束の時間よりも早く待ちあわせ場所に着いてしまい、スマホを弄って暇を潰す。
時折、右手の人差し指に嵌めた指輪の存在を親指の腹で確かめる。今日もう何度繰り返したか分からない動作だ。
無色透明、緑、紫、赤、緑、青にピンク。
華奢な金色の土台に色とりどりの鉱石が整然と埋め込まれたそれは、リンドウの恋人であるミカギから贈られたものだった。七色と呼ぶにはちぐはぐな順番で、同じ色の鉱石もある不思議な指輪。
日の光を反射してきらきらと輝くその様子は、リンドウに鳳凰の羽を思い起こさせた。
死神のゲームの最終日に戦った不死鳥型の大きなノイズを指して、「あれは僕が形を整えたんだよ。」ととんでもないことをなんの気無しに告げられたのはいつのことだったか。
彼がいつも羽織っているスカジャンにも鳳凰が描かれているせいか、リンドウの中では鳳凰とミカギのイメージがイコールで結ばれていた。
鳳凰が好きなのか?と問えば、好きというよりは型取りやすい。という不可解な返答が返ってきた事を思い出し、リンドウは苦笑する。
ミカギがリンドウを理解できないと言うように、リンドウにとってミカギは理解しかねる言動をよくする。
この指輪も、特になんの前触れもなく、「これをあげよう。」と手渡されたものだ。
ミカギが何を考えそうしたのかは分からないが、恋人からのプレゼントだ、嬉しくないわけがない。
あまり派手なデザインでもないし、普段使いしてもいいんじゃないか?とちょっと浮かれた気持ちで今日の外出につけてきてみたはいいものの、ちらちらと視界の端に映るそれにリンドウは何度も目線を奪われた。
指輪をつけていることを意識するたびに、ミカギのことを思い出してしまう。
外した方がいいかな、と左手で指輪を摘もうとした瞬間、ポン!と軽く肩を叩かれた。驚いて顔を上げるとそこにはフレットとナギが立っていた。
「リンちゃんおまたせー!他のメンバーはまだな感じ?」
「お早いお着きで。」
「あぁ、うん、なんか早く着いちゃって。」
挨拶を返しつつ、指輪を外すタイミングを逃した両手を下ろそうとすると、オシャレ好きなフレットの目がキラリと光った。
「あれ?リンドウ指輪つけてんの?珍しーじゃん。」
「ん、あぁ、貰ったんだ。」
誰に、とまでは言わなかったが、リンドウの手を見て「ふーん、いいね!」と褒めるフレットは特に気に留めていなさそうでホッと息をつく。
「ほぅ、ディアレストですか。リンドウ殿にそんな良い御方が居たとは知りませんでした。」
「ディアレスト?って何ですか?」
眼鏡のフレームを押さえながら感心したように呟いたナギが、リンドウの返事を聞いてそのまま凍りついた。
「ご存じない…?リンドウ殿が分かっていないのを知っていてお相手はその指輪を贈った……?」
あぁぁ…と呻くような声がナギからこぼれる。豹変したナギの雰囲気にフレットと二人で顔を見合わせる。
「……ワイが意味をお教えしても良いものか?故意に教えていない可能性も…いやしかしお相手がリンドウ殿が気付いていないことに気付いていなかった場合、お二人に関係に問題が生じる可能性も……。」
「あの、どういう意味なんですか?」
「…リンドウ殿!少々よろしいですかな!」
ブツブツとなにごとか呟くナギに再度答えをせがむと、覚悟を決めたようにナギが姿勢を正し、リンドウもつられて背筋が伸びる。
「えー、このリングのデザインはディアレストと呼ばれるものでしてな、左端からダイヤモンドのD、エメラルドのE、アメジストのA、という具合に英語での宝石の頭文字を一字ずつ取っていくと1つの言葉になる、という代物なのです。……そして、ディアレストというのは英語で『最愛の人』という意味になります。」
「は……。」
今度はリンドウが凍りつく番だった。フレットがヒューヒューと口笛を真似て冷やかしてくる。
ぎこちなく視線を右手におろす。
人差し指に嵌まったままのディアレストは、変わらずきらきらと輝いている。
最愛の人だなんて、ミカギは一言も教えてくれていなかった。茹で上がるような熱が全身に噴き出す。フレットたちの顔が見れない。とりあえずぐるりと身体を反転させると、遠くにツンツンとした橙色の髪と派手な金髪が見えた。
「あっ、あれネクさん達じゃないか!?俺ちょっと迎えに行ってくる!」
話を打ち切りたい一心で、脱兎のごとく走って二人から離れた。
合流したネク達はリンドウの顔がやけに赤いことを心配してくれたが、リンドウはきっと走ってきたせいですよと誤魔化して今度は指摘されないうちに、付けていた指輪をポケットの奥深くにしまい込んだ。
×××
「ミカギさん!何で教えてくれなかったんですか?」
「僕が贈りたかっただけだから、教える必要はないかと思って……。」
会うやいなや指輪を突きつけて憤るリンドウに、ミカギはたじろぎもせずその指輪を受け取って平然と答えた。
「ありますよ!最愛の人なんて意味のある指輪を知らずに身につけてた俺の身にもなってください!鳳凰のイメージなのかな〜とかのんきに考えてた俺、めちゃくちゃマヌケじゃないですか!」
結局、あの後リンドウの指輪が話題にのぼる事はなかった。フレットとナギが気遣って言わないでいてくれたことが、嬉しいやら恥ずかしいやらで、リンドウはコラボカフェでの食事の味も分からないような一日を過ごす羽目になった。
まったくひどい目にあったとリンドウはへの字口にしてミカギを睨みつけたが、目の前の男は指輪を弄びながら微笑むばかりであった。
「鳳凰?なるほど、リンドウはそう感じたんだね。」
「鳳凰か…。ふふふ。」
リンドウの発言を何度も繰り返し、最後には笑い始めたミカギに、抗議の意を込めて「ミカギさん?」と名前を呼ぶと、ミカギは笑みを浮かべたまま、リンドウの目の前に指輪をかざした。
「このディアレストというデザインは汎用的なものだけれど、リンドウはこの指輪のデザインに僕を思い描いたのだろう?…まるでコレが、僕らのためだけにあるみたいだと思ってね。」
ミカギの珍しく詩的な表現に、リンドウは目を見開いた。
リンドウにとってこの指輪のイメージはミカギであり、そしてこの指輪の意味は最愛の人である。
そしてミカギは最愛の人という意味にリンドウを思い描いて指輪を贈った。
互いの異なる考えが一つの指輪を介して双方向の想いになっていた、とでも表現すれば良いのだろうか。
ともかく、改めて、最愛の人という意味を含んで指輪を贈られた事実を認識するだけで胸が高鳴った。このそわそわとするような浮ついた気持ちをどうやってミカギさんに伝えようかな、とリンドウは考えを巡らせ、そしてちょっとした意趣返しを閃いた。
「…それなら、おそろいにしませんか。」
「いいの?」
指輪を付けるだけであんなに恥ずかしがって居たのに、とミカギは躊躇ってみせたが、構わずリンドウが頷いたのを確認すると、リンドウがぱちりと瞬きをするほんの一瞬の間に、自らの指にもリンドウに渡したものと同じデザインの指輪を増やしていた。
そしてリンドウから受け取ったままになっていた方の指輪をリンドウにつけ直させると、そのままぎゅっとリンドウと手を繋ぐ。
リンドウは自分がどんなにこの指輪に振り回されたか、ミカギにも理解して貰えたらと思って提案したのだが、手を繋いで相変わらずニコニコとしているミカギには、あまり効果がないかもしれないな。とリンドウはこのとき気がついた。
けれど、
「俺たちだけの指輪、ですね。」
「大切にするよ。」
「はい、俺もです。」
物に思いが宿ること、それが特別な唯一になり得ることを、ミカギが理解してくれていることが嬉しくてたまらないから。
また誰かに指輪が見つかって、恥ずかしい思いをするかもしれないとしても。
リンドウがこの指輪を外すことは、もうきっとない。