DEAREST(好きを自覚してないミカギver)「『好き』とはどういうものだろうか。」
先日、リンドウが勇気を振り絞り告白した際のミカギの返答がこれである。
リンドウに会うためだけに度々RGに姿を現し、リンドウに興味があると言って不思議な問いかけを繰り返す青年を、放っておけないと思ってしまったのが運の尽きだった。
特定の誰かにあからさまに執着されるだなんてリンドウにとって初めての経験であったし、驚くべきことに正直嫌な気もしなかった。
気がつけば、別れるときに次もまた会えるかと問うのはいつもリンドウの方だった。
予想外の恋に浮き足立ち、思い悩んだ末に好きだから恋人になってほしいと告げたリンドウにとって、この返答はそれはそれは落ち込むものだが、同時に腹を括るキッカケともなった。
ミカギの、そんな所さえ愛おしいと分かってしまったのだ。
つまるところ、ミカギがリンドウの恋人となったのは、リンドウがそう望んだからである。
恋人なのに想いは一方通行。虚しくないとはとても言えないが、恋愛は惚れた方の負けだなどという話もあるし、これはもう仕方がないとリンドウは割り切ることにしている。いずれは好きになってくれるかもしれないし、とリンドウは常に自分自身を鼓舞し続けた。
手を繋ぐのも、キスするのも、全てはリンドウの望みであるから。ミカギにはリンドウがそうしたがる理由に興味はあれど、恋愛感情のようなものは存在しない……少なくともリンドウはそう認識していた。
だから、リンドウには何故いま自分の左手、しかもその薬指に指輪が嵌められているのかさっぱり理解が出来なかった。
指輪を嵌めた張本人はといえば、にこにこと微笑んだままリンドウの左手を握ったりミカギ自身の手と合わせてみたりして遊んでいる。リンドウにとってはそれだけでドキドキしてたまらなく、手汗が滲んでいやしないかと緊張してしまう。
「ミカギさん、これは……?」
「指輪だね。」
のんびりとしたミカギの口ぶりは、リンドウの緊張など全く理解していないようだった。どうしてそんなに緊張しているのかと聞かれても困るので、気に留められないのは僥倖でもあったが。
「いえ、あの、そうではなく。」
「恋人には、プレゼントをするものなのだろう?リンドウは僕の恋人なのだから、受け取って当然だと思うけれど。」
「当然では……ないかと。」
リンドウの言葉の意図を測りかねるのか、探るような視線でこちらを観察するミカギに、リンドウは肩を落とした。やはり、他意はない。ガッカリしているはずなのに、『僕の恋人』という言葉だけで頬に熱が集まってきている感覚があった。朱に染まっているであろう顔を見せないよう、リンドウは俯く。
俯いた視線の先には、いまだミカギに弄ばれ続けている左手。そこでようやく、リンドウは嵌められた指輪のデザインが珍しい事に気がついた。
色とりどりの7つの小さな宝石が一列に並ぶ、シンプルな金色のリング。
ミカギが左手薬指に嵌めるものだから、リンドウはそれが婚約指輪ではないかと誤解をした。けれども婚約指輪ならば、ダイヤモンドのついたシルバーリングが一般的だろう。
ミカギには人間の一般常識がほぼないと言っていい。だからそもそもミカギからリンドウに何か行動を起こすこと自体が珍しい。だとすれば、買ってくる指輪のデザインを、自分で選んでくるというのは少し考えにくい。店員にオススメされるような、一番人気の安牌なデザインを買ってくるのではないだろうか。だが、実際に指に付けられたのは、特徴的なデザインのもの。
これはいったいどういう事なのか?というか、7つの宝石、である。
「…これってイミテーションですよね?」
先程までとは違う緊張がリンドウに走る。
本物であるならこの指輪は一体いくらになるのか。プレゼントの値段を考えるだなんてマナー違反にも程があるが、考えずにはいられない。本物だったら平凡な高校生が気軽に身に着けていいものじゃあない。頼むから偽物だと言って欲しい。
「いいや?本物だよ。偽物では意味がないからね。……そうか、リンドウは知らないのか。」
そんなリンドウの祈りも虚しく、ミカギはサラリと言ってのける。
「これはメッセージリングといって、それぞれの宝石の頭文字を繋ぐとDEARESTという言葉になるそうだよ。」
知らない単語だったので空いていた右手でスマホに素早く『ディアレスト』と入力すると、すぐに検索結果が画面に表示される。dearest、その意味にリンドウは目を瞬かせた。
「最愛、の、人…?」
リンドウのたどたどしい呟きに、ミカギが頷く。それからリンドウの手を掬うように優しく握りなおし、まっすぐに見つめる。
「僕はヒトの情愛というものを、うまく理解できていない。だから君のことが好きかと問われたら、まだ何と答えればいいのか分からない。」
目が逸らせなかった。自分を見据える琥珀色の瞳が、じんわりと熱を帯びているような気がした。人間にすればなかなか酷いことを言われている筈なのに、その視線から感じる心情は、全く逆のもので。
「けれど、リンドウに対して興味は尽きないし、リンドウが望むことは何でもしてあげたいと思っている。……僕がこう考えるのが、リンドウのことを好きだからだといい、とも思っているよ。」
そんな事は初めて聞いた。いつもいつも自分だけが、触れてほしいと願っているとばかり。
ミカギが親指の先で、つつ…と指輪をなぞる。
「いつか心から、リンドウの事が好きだと言いたい。だから、この指輪はその誓いだね。」
引き締まっていた表情をふにゃりと崩して微笑むミカギに対して、リンドウの口は、はくはく動くばかりで言葉が出てこなかった。
だって、好きでいたいと願うだなんて、好きだから以外に無いではないか。自分ばかりが好きなのだと思っていただなんて、とんだ勘違いだったじゃないか。
再び赤く染まっていく頬を隠す余裕などもはやなかった。更にはそうして固まっている間に、ミカギが薬指にキスを落とすものだから。
「ミカギさん!!」
喜びやら羞恥やらが混ざりあって抑えられぬ感情を叫びとともに爆発させたリンドウを、ミカギはただ目を細めて見つめていた。
その表情にすら恋情が籠もっていることが、今のリンドウには分かってしまう。こんなにも愛されていることに、今の今まで気付いていなかった自分が怨めしい。
「もうこの指輪、いらないんじゃないですか!?」
「……なぜ?」
くるりと丸くなったミカギの瞳に真っ赤な自分の顔が映っている。
だって、あなた、俺のことが好きでしょう!