別れたはずの恋人が家まで訪ねてきたらどうする? 俺だったら無視する。
「おい、千冬ぅ! 早く開けろ!」
ドンドンドン、ピンポンピンポンピンポン。近所迷惑になりかねない勢いでドアを叩かれ、インターホンまで連打されて。さすがの俺も居留守を使うのは憚られて、渋々ドアを開けた。あとになって思えば、このドアを開けるか否かが運命の分かれ道だった。
「もう! うるさいっスよ、場地さん!」
「やっと開けてくれたな」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべた場地さんが、コンビニ袋を顔の真横に掲げる。そのときわずかに見えた八重歯が、俺の中で沸騰しかけていた怒りを鎮めてしまった。
ああ、もうずるい。俺はこの人の笑顔にめっぽう弱いのだ。あと、千冬ぅ、と甘え混じりの声で名前を呼ばれるのも。きっと、場地さんはそれを知っててわざと俺の名前を呼びまくってる。
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