ダブルスタンダードあぁ、結局来ちまった大洗脳イベント。
その名を"クリスマス"
民衆はホワイトクリスマスと騒いでいたが、正直言って最悪の組み合わせだ。
雪の日は当たり前だが特に寒ィんだよ、そうでなくてもギラギラした浮かれモードの街はどうにも嫌いだ。
まぁ、クリスマスと言ってもヒーローは普通にパトロールだからグレイもさっきまで絶賛出動してた訳だが…
『ジェット、帰りにどっかでケーキとか買って帰ろうか』
あっ、でもジェットはチキンの方が好きかな?
「?どうせ寮に戻ったらセクターでパーティなんだろ?それともなんだ、差し入れか何かかァ?」
『いや、まぁパーティはビリーくんもジェイさんも…アッシュも乗り気だったから開かれると思うけど、それとは別で…ジェットとものんびり過ごせたらなぁ…なんて、って、ジェットはクリスマス嫌いだし、嫌かな…でもいつもより贅沢して美味しいもの食べるくらいなら…』
「んな気にしなくたって別にまだ何も言ってねェだろ?まぁ、いいんじゃねェのチキンでもケーキでも」
そう俺が返せばグレイの気持ちがふわりと緩んで精神世界も心なしか暖かくなった。
ちょっと奮発して美味しいの買おうね
って楽しそうにグレイは店に向かう。どこもかしこも人だらけでウンザリって感じだったが無事にケーキ(クリスマス仕様のカップケーキの詰め合わせはいかにもグレイが好きそうなソレだった)と、チキン(柄にもなく楽しみに思ったのは無視しろ)
を手に入れて帰路につく。
電光のうざったい光で目がイテェし、
永遠と繰り返すクリスマスソングに耳を塞ぎたい。どうせ寮に戻ったって変わりゃしねぇだろうが人が減るだけでも幾分ましだろう。
(さっさと帰るぞ)
声をかけようとしたのと同じタイミングで呼び止められた。
『あっ!!ヒーローのお兄さん!!去年はありがとね!!!』
クリスマスケーキが入ってると思われる箱を抱えた6歳くらいの少年。
去年ディアヒーロー?だったっけか、のプロジェクトで会ったんだろう
『こちらこそ覚えててくれてありがとう』
そんな少年にグレイは優しく対応する
『あのね!僕あの日からグレイのファンでね、教えてもらったゲームをやったら本当に楽しくて、また会ったらお礼言おうと思ってたの!』
楽しそうに語る少年は去年のあの日の礼をするためにグレイを呼び止めたらしい
(ヒーロー衣装じゃなくてもわかるもんなんだな
、つーか、あん時はクリスマスの衣装だったか)
とぼんやり考える。
『あの時教えたゲーム、遊んでくれたんだね
しかもわざわざお礼まで…』
膝をついて目線を合わせて会話するグレイはやっぱりヒーローなんだなって思う一方でクリスマスに飽き飽きしてる俺はこのクソ洗脳された街にイライラが限界ギリギリってとこだ。早く終われ。(もちろんチキンは食う)
『今日はこれからケーキを食べるの?』
『うん!家族みんなで食べるために俺がおつかいしてるの!』
やっぱり抱えてるのはケーキらしい
『そっか、気をつけて帰ってね』
ってグレイが言った矢先
何かが迫るのを感じた。
持ってたケーキとチキンを地面に滑らせ縁石の横に留め置いて
脳がビリビリする感覚とともに
ナイフを引き抜く
ヒーロー衣装に変わる方が遅いくらいの咄嗟の判断。
無理やり切り替わった衝撃で頭痛が酷くて頭が割れそうだ。
耳元ではエマージェンシーコール、
場所は違いなくココ。しかも運悪く、狙ったように此方を襲ってきた。
間一髪、少年を手で弾いてサブスタンスの攻撃範囲から外す、俺が表に出たことでグレイも庇ったからどっちにも死んじまうようなダメージはいってねェはずだが代わりに俺の精神はブチっと切れちまった
「こんな時に出てくんじゃねぇよ!!クソ気色悪りィクリスマスとか言うイベントに、重ねてサプライズでサブスタンスもご登場!!じゃねェんだよ、ブッ殺してやるからおとなしく待ってろ!」
罵声を吐きながらナイフをブッ刺す
これでもかってくらいに
殴る、蹴る、刺す、引きちぎる。
「ウゼェんだよ!!」
「どいつもこいつも浮かれやがって」
原型が分からなくなるほどに切り裂いて、気づいた頃には惨殺スクラップの山ができていた。
「はぁ、」
ため息を吐いて少し冷静になって、ジッと俺を見つめる視線に気づく。
(やっちまったかもしれねェ…)
振り向いた先には
俺に投げ出されたせいで尻もちをついた状態で俺を真っ直ぐ見つめる少年。
辺りには無惨に飛び散った白いクリーム
箱は逆さまになっちまってて、確認しなくたって中のケーキがとてもじゃないが食べられなくなっちまってることがわかった。
『お、おにぃ…さん?』
「…」
しかも、コイツから見りゃさっきまで優しく話してたヒーローが一瞬にして豹変してサブスタンスをクリスマスに対する文句の罵声あげながら惨殺してるようにしか見えねェんだから、そりゃ…
これほどまでに過去に戻ってやり直したいと思ったことはねェ。
(どうすっか…)
と考える俺に少年の声が届く。
『お兄さんは…クリスマスが…』
(完全にやらかしたな)
『あ、えっと、違くて、先に言うのは、そう、助けてくれてありがとね』
って言う少年は俺から目を逸らして、逸らした先には逆さまになったケーキの箱。
うっすら涙も溜まってる。
(そりゃそうなるよな、命優先にしたって楽しみを潰しちまったのは事実だ)
また少年はこちらに向き直り俺に言う
『ケーキは気にしないで、大丈夫、お兄さんが俺を守るためにしてくれたんだからしょうがないよ』
さっきまであんなに楽しそうにグレイに語ってたんだ、大丈夫なわけねェだろ
『でも、あのねお兄さん、お兄さんは』
『クリスマス、嫌い?僕と喋るの、、嫌だったかな…』
ってついに少年の頬に涙が伝う
俺にはどうしたらいいのか分からなかった。
「いや、オマエが話してた相手は俺じゃ…」
って途中まで言って
うまく説明する力が俺にないことを悟る。しかも相手はまだ小さい子供だ。
解離性同一性障害、二重人格。普段ヒーローやってるのはグレイ・リヴァースで、さっき話してたのはソイツ、
んで今オマエと喋ってるのはオマエの知るヒーローのグレイじゃねぇんだ
なんて説明が通るとも思えない
もし通ったとしてこの少年が言い回るようなことがあれば、この少年は変人扱いされてイジメの標的に…そうでない場合は俺らを調べようとする奴らが湧いてこっちに負担がかかる可能性も…
って普段よりネガティブな発想で悩む
意外にもそんな気まずい沈黙を割いたのは少年の呻き声だった。
この一瞬のうちにいったい何が起こったのか
さっきまで泣いていたのが嘘のようにキッと鋭い目がこちらを見ていた
『弟を助けていただきありがとうございました』
姿に見合わない丁寧な言葉に俺は一瞬思考が止まった。
(つーか今"弟"って言ったか?)
『迷惑おかけしてすみません、弟には後で伝えておきます』
少年はお辞儀をして
「…?」
瞬きをした次の瞬間にはもうさっきの少年だった。
(今何が起こった)
目の前の少年は諦めたようにまたケーキの箱を見ている
そろりと動き出して片付ける気なのだと察した
(あぁ、そういやケーキ、あるじゃねぇか)
縁石の横、グレイが買ったそれは普通に原型を留めているだろう
カップケーキはそもそも潰さない限りは問題ねぇはずだ。
(これそのままあげちまっていいか?)
脳に声を響かせるも、さっき無理やり交代した衝撃でグレイの意識は飛んじまってるらしく反応はない
(許せよな)
空虚に呟いて
ケーキを手に取る
「オマエが食べたかったものとは違ェと思うが、ないよりはましだろ、チキンもつけとくから今回は我慢してくれ」
出来るだけ優しい声で少年に紙袋を手渡す
驚いたのか少年は目を見開き、次の瞬間また泣き出した
『あ、ありがと、でも、でもねお兄ちゃん、無理しなくていいんだよ?』
「ガキは黙って受け取っときゃいいんだよ」
つい口が悪くなっちまったことに気づいてハッと口を閉ざす
『お兄ちゃん?』
(正直もう間を持たせられねぇグレイ、早く復活しろ)
そう願ったその時、道の向こうでお喋りメガネがマジックショーを始めた声が聞こえた
視線を向ければウインクを飛ばされたから、意図的に始めたんだろう
(後で何頼まれるのかが怖えが今回ばかりは頼るしかねェな)
少年はすっかりそっちに気を取られはじめている。
「行ってこいよ」
『お兄ちゃん、本当にありがとね』
少年はすっかりマジックに夢中になって走っていった。
「くっそ疲れた…」
『ジェット!お疲れ様!!』
さっそく登場だ。
『んもう、あからさまに嫌そうな顔しないでヨ』
賑やかな声に今の俺はウンザリって感じだが今回は助けられた
あのままあの少年に質問攻めされてたらとても答えられる気がしねェ
(グレイが起きた)
「さっきはありがとなビリー」
小さな声でボソッと呟いて交代する
変わる直前で驚いたビリーの声が聞こえた
『ん?あれ、僕…』
急にサブスタンスが現れてそれで…
「グレイ!」
『ビリーくん、僕は…』
ビリーくんはいつもの太陽みたいなスマイルを浮かべてる。
「うん、大丈夫!グレイが起きるまでの間ジェットが頑張ってたヨ」
って、ジェットが?
と、ここまで考えたところでジェットの声が僕に届いた。
(すまねぇがケーキはさっきの奴にあげちまった)
たしかに手から紙袋が消えている
地面のタイルにシミができてて、白っぽい何かが残っていたからたぶん、あの子が持ってたケーキは食べられる状態じゃなくなっちゃったんだ。
『大丈夫気にしてないよ』
って返せば、その返事だけ聞いてジェットは心の奥に行ってしまった。
あとの事はビリーくんが大まかに教えてくれた。
あの子、僕が急に変わったからすごく驚いただろうな、悪いことしちゃったかも…
と、こぼせばビリーくんは『そうでもないかも』
とフォローしてくれた。
(でも、無理があると思うな)
そのままの気持ちでようやく僕らは自室に戻った。
『結局二人でのんびり、とはいかなかったね…僕がサブスタンスに反応できてたら…ジェット、ありがとね』
「別に…」
盛大に行われたクリスマスパティー中はグレイの中で静かに過ごしていたからよく知らない
(グレイに対する印象、壊しちまったかもな)
と俺としては失態を犯したことが気にかかる。
まぁ、いつかはバレるだろうし
ファンとしてヒーローを調べりゃ性格に二面性があることくらい難なくわかることだろう
探せばヒーロー考察なんて山とある。
12を指した針が今日の終わりを告げた。
***
エリオスには毎年、市民からプレゼントが山ほど届いてるらしくエントランスは危険物が紛れていないかの調査で慌ただしい
それが終わればプレゼントは各ヒーローのもとへと届けられる。
クリスマスを少し過ぎた頃に僕の元に不思議なプレゼントが届いた。
エリオスの内部検査に合格して届けられてるから変なものでないのはわかるが…
手紙だと思うけど…
(とりあえず開けてみようか)
自室に戻って中を確認する
『グレイ、何持ってるノ?』
「今日僕のとこに届いてたんだけど、ちょっと遅れたクリスマスプレゼント、かな?」
なんで僕なんかに?とは思うが
『一緒に見ていい?』
「う、うん、いいよ」
封筒を切って中の紙を取り出す
「ヒーローグレイ
このあいだわたすけてくれてありがとうございました。とってもかっこよかったです。ケーキとチキンをもらっちゃってすみません、グレイがたべるはずだったものだとおもいます。あと、おにいちゃんが、たぶんグレイもきょうだいがいるんだよっていってました。ぼくとおなじでゆうきをもらいました。ふたりでたべてください。これからもおうえんしてます。」
一生懸命書いたことがわかる手紙に嬉しくなった。
商品券が同封されていたからこれで美味しいもの買って食べてねってことなんだろうけど…
けど同時にいろいろ疑問が浮かぶ
(これって…)
『俺に気づいてたのか』
知らないうちにジェットと表が変わってる
「Hi!ジェット」
ビリーくんは相変わらず適応がはやい。
「ちょっと気になってあの子のこと調べたんだけどやっぱりあの子も二重人格だったみたいだネ」
(二重人格、ぼくとおなじってそういう)
「あの子の中には生まれてくる予定だった兄の精神が入ってるらしいんだけど、わかった情報はここまでかナ」
でも、ナゾは解明したよネ!
ってビリーくんが続ける。
『…』
「…!!」
「おかえりグレイ」
「た、ただいま?」
結局すぐジェットは僕の中に戻っていったみたいでそっからは特に出てこなかった。
さっそくグレイは貰った商品券で食べる予定だったケーキとチキンを用意したらしい
夜、罪な時間に食べる予定。とウキウキしてるのが伝わってくる。
目の前に広げられたカトラリーと一人分のちいさめのケーキとチキン
サクッとカップケーキを食べ終えて
(こっちはジェットが食べなよ)
と、交代を促されたけど
普通食べる順番逆じゃねぇかァ?
いや、食うけど
ゆるやかに意識を交代する。
片手に肉を持って、あの手紙を読み返す。
チラリと裏面が気になってひっくり返せば、グレイも見ていないだろう文章が続いていた。
「グレイじゃないほうのおにいちゃんもクリスマスすこしでも好きになってくれたらうれしいな。メーリークリスマス」
紛れもなく俺宛の文章に苦笑いして
封筒に手紙を戻しておく。
(何かあった?)
(別になんにもねぇよ)
俺の気持ちが伝わっちまったのかグレイに声をかけられる。
「クリスマスは大嫌いだ」