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    キツキトウ

    描いたり、書いたりしてる人。
    「人外・異種恋愛・一般向け・アンリアル&ファンタジー・NL/BL/GL・R-18&G」等々。創作中心で活動し、「×」の関係も「+」の関係もかく。ジャンルもごちゃ。「描きたい欲・書きたい欲・作りたい欲」を消化しているだけ。

    パスかけは基本的に閲覧注意なのでお気を付けを。サイト内・リンク先含め、転載・使用等禁止。その他創作に関する注意文は「作品について」をご覧ください。
    創作の詳細や世界観などの設定まとめは「棲んでいる家」内の「うちの子メモ箱」にまとめています。

    寄り道感覚でお楽しみください。

    ● ● ●

    棲んでいる家:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou

    作品について:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou/free/96135

    絵文字箱:https://wavebox.me/wave/buon6e9zm8rkp50c/

    Passhint :黒

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    キツキトウ

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    2023/11/10
    「ひと間の嵐」「春の続く場所」「魅惑の秋色」、とある秋の日の零れ話。

    「春の続く場所」のお題。:じりじりと焼け焦げる・常春の楽園・言葉より息が詰まる
    https://shindanmaker.com/67048

    #創作
    creation
    #小説
    novel
    ##Novel

    Wisteria:零れ話(4)【項目 Wisteria:零れ話】「ひと間の嵐」「春の続く場所」「魅惑の秋色」●「Wisteria:零れ話」について。

    本編閑話タイトル其々のおまけのような話、補足や本編その後、とても短い話・隙間話や納めきれなかったお話達。時系列は都度変わります。大体本編と同じ様にいちゃついてるだけの他愛のない話。


    以下は本編と同じ注意書き。


    ○「Wisteria」に含まれるもの:創作BL・異類婚姻譚・人外×人・R-18・異種姦・ファンタジー・なんでも許せる人向け

    異種姦を含む人外×人のBL作品。
    世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。


    ○R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
    又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。


              ❖     ❖     ❖


    【項目 Wisteria:零れ話】
    「ひと間の嵐」
    「春の続く場所」
    「魅惑の秋色」



    「ひと間の嵐」



     夏のまとまった雲の群れに比べて、個々が点々と泳ぎ始める。
     そんな折、来週には普段よりも綺麗な月が出るのだと街中の声を耳にする。共に月見をして夜空を眺めようと約束をした。そんな約束の日の前日。

     藤が贄として朽名の元に住み始めてから初めての秋だった。
     彼岸花が風に揺れる。何時も以上に煽られるそれに、嵐が来るらしいと聞いた藤は不安が募る。明日はどうなるのだろうかと。
    「……今日は雲の泳ぎが早い気がする……」
     空を見上げて藤が言う。
     薄暗い雲は段々と量が増し、どんどんと空を覆い始めていたのだ。これでは今日は星一つみれないだろう。嵐が去っても、明日の夜に顔色が悪かっったら意味がないのだ。
    「夜中には峠らしくてな。朝に過ぎ去っているかどうかだな」
     戸袋から雨戸を引き出しながら、空を見上げていた藤へと返す。そして見上げるとじっと天を読み始めた。すっと大きく息を吸い込む。
    「これはもう暫くしたら雨が降るかもな。くうが既に湿っている。風も強くなりだしたからしっかり戸締りをした方が良いだろう」
     雨戸を嵌め込むと、それをたったったっと駆け足の藤が連れて行き、綺麗に整列させていった。建具をしっかりと確認し、そうして家の戸締りとこれから来る嵐への備えを終えると、二人は家の奥で籠城を決め込む事にした。


     朽名と初めて出会った暑い夏が過ぎ去っていく。
     疾うに夏物の家具や道具は片づけ終わっている。夏の賑やかさを想えば少しだけ物悲しいが、次にはまた違う空気がやって来る。それをまた朽名と過ごせるのかと思うとどこか楽しさもあった。
     夕食を済ませた頃には既に屋根や戸を雨粒が叩く音が響いていた。風が強く、水量も多い。時間を経るごとに音の勢いが増していく。風の精が飛んだり跳ねたりして踊っているのか、蹴とばされた物がゴツンと何かにぶつかっていく。
     突然上がる太い音に、幾度か驚いてビクビクと肩を跳ねさせたが、その度に近くに居た蛇の尾先がぽんぽんと肩や頭を静かに撫でるので、その内に気にならなくなっていた。
     共にお風呂で身を沈めて温まった後は、明日の献立やしてみたい事を考えたり、蛇から字を教わったり、最近お気に入りの折り紙をしたり、読みかけの本を読んだり。勢いよく吹きすさぶ外とは反対に、屋内ではゆったりとした時を二人で過ごしていた。
     だが、そんな中でふっと灯りが落ちる。
     外の勢いのせいで灯りが途切れてしまったらしい。もしかしたら麓でも灯りが落ちているかもしれない。
     いきなり現れた暗闇に藤がビクリと身を震わす。戸も建具も障子もしっかりと閉じ、薄明りも無いので真っ暗だ。深いその暗闇で閉じ込められていたあの家を思いだしそうだった。
    (くちな……)
     辺りを見渡しても暗くて見えない。手さぐりでついさっきまで話ていた相手が居る場所を探ってみる。だが、其処には何者も居ない空間があるだけだった。
    「く、くちな……?」
     微睡ながら此方を見守っていた大きな白い蛇は此処に居た筈だ。何処へ消えてしまったのだろうか。小さく呼んでみるが返事が返ってこない。
    (探しに行った方がいいのかな……?)
     暗闇の中を動くのは勇気がいる。
     けれどこうして居ても不安ばかりが募っていく。意を決して自分から探しに行く事にした。

     注意しながら、ぶつからないように手探りで何とか扉まで辿り着いた時だった。扉をさっと開き、恐怖が襲って足が竦む前に急いで一歩を踏み出す。
    「ん、ぷ」
    「おっと」
     戸を開けると何かにぶつかった。ぽふぽふと目の前壁を探る。
     其処に居たのは手にした燈を脇に避け、ぶつかって来た藤を受け止めた人の姿をした朽名だった。
    「無闇に動くと危ないぞ」
    「……朽名が、いなかったから……」
     涙目になっていた藤の声が少し震える。
     その言葉に目を丸くすると、にやけそうな口をぐっと引き締めた。
    「……探そうとしてくれたのか?」
    「うん」
     こくこくと藤が頷く。
     家の中ではあるし、静かに待っているだろうと思い込んでいたので、藤自ら探しに来てくれるとは思わなかった。
    「……」
     何故だか嬉しさが湧いてくる。今まで自分の元から去る人間の方が多かったからか、暗闇から奮い立ち、涙目になっても探しに来てくれる藤が愛おしく感じる。
    「すまんな。厨まで灯を付けに行っていた」
    「あっ」
     迫りくる嵐の準備に急ぎ、そして独りだけの暗闇の不安で、念の為にと蝋燭を用意していた事をすっかり忘れていた。藤よりも夜目が効く朽名が、用意していた蝋燭を厨まで灯しに行ってくれていたのだ。
     藤が幾度と音で驚いていたので、静かに部屋を後にしていたらしい。思えばこれまで音もなく現れた事もあったのだ。蛇の朽名には容易い事だったのだろう。
     言われた事を忘れ、独り不安に震えていた事が途端に恥ずかしくなってしまう。だか、探していた相手に触れた事で得た途方もない安心感にほっと息をついた。
    「わっ!」
     唐突に持ちあがった身に声を上げる。相手が自分の身体を持ち上げて抱えたのだ。屈み、そして軽々と片腕で支え持ち上げた事に驚く。……自分はそんなに身が軽いのだろうか……。先と相まって少し情けなくなってしまう。
     すとんと腰を下ろした居間の中で、横たえで静かに膝へと降ろす。持っていた燈が卓上に置かれると、先まで真黒に沈めていた部屋を明るく照らす。
     目元で落ちかけていた水たまりを指で掬われた。
    「これで何してても動きが分かるだろう。灯りはこれで足りるか?」
    「だ、大丈夫」
    「暗い所は苦手か?」
    「……暗いのも嫌だけど……朽名が居ないって気づいた時も嫌だった……。なんだかね、暗い場所に一人でいると、前の家みたいだなって……思ったよ……」
     暗さよりも、居なくなった事の方が不安だった。
     藤が目を伏せて言う。言いづらいのか泣きそうなのか、言葉は段々と揺れて小さくなっていった。
     蛇が小さな身を抱えると、がしがしと頭を撫でる。「ぅ、あう」と呟きながら腕の中で藤の身が揺れた。ぽんぽんと背を撫でられると、水気のある瞳を携えてぎゅっと身を縮こめては相手の身へと自身を寄せた。
    「明日、お月見できるかな……?」
    「分からんな。だが、明日が駄目なら次を見ればいい。次が駄目ならその次を。幾らでも共に待ってやる」
     藤が目を瞬かせる。納得したように頷いた。
    「そっか。うん、諦めずにやってみればいいよね」
    「そうだな。幾らでも付き合ってやるぞ」
    「晴れたら、沢山お団子作ろう!」
     きらきらした瞳の藤が見上げる。
    「あとね、お芋でも御餅が作れるんだって。お味噌のたれや汁物にしていいし、揚げても美味しいかも! 一緒に食べようね」
    「ああ、楽しみだな」
     ふふっと蛇が笑う。曇り空だった藤の顔色にもその声でぱっと明かりが灯った。


    「眠いか? 藤」
    「うん……」
     急いで嵐に備えて過ごしていたら当然暗闇に落とされ驚き、不安に揺れていた心情は次には安心に変わり、沢山お喋りをしては感情の慌ただしさに疲れて眠くなる。相手の温度も相まって、うとうとと船をこぎ出していた藤へ蛇が声を掛けた。声を掛けられ、藤が眠気を含んだ目を向ける。
    「寝室まで運んでやろうか?」
    「いっ、いい。自分で行けるよ!」
     羞恥に震えた藤がぶんぶんと首を振る。そしてそっと膝から降りて立ち上がった。
     共に目的地へと進む。だが自身が歩き出そうとした時、前を歩く朽名にふと寂しさを感じた。思わず前をゆく袖の端っこを摘まむ。引っ張られる感覚に相手が振り向いた。
    「ん? どうした?」
     寂しそうな藤の表情に気づくとぐっと距離を縮められ、ハッと我に返ると再び首を横に振る。
    「な、何でもな――」
     その途端、ゴロゴロビシャっと轟音が響く。驚きに声を上げた藤がびゃっと身体を跳ねさせると咄嗟に朽名へとしがみついた。
     そのまま震える身を抱え上げる。
    「ごろごろと寝転びながらでも眠るか?」
     急いでこくこくと揺らされる頭。
     そんな様子に一つ息を溢すと、ついでにと座卓の上に置かれていた読みかけの本も拾い上げてくれた。渡された藤がぎゅっと本を抱える。

    (……意外と心地いいかも……?)
     ふかふかぽかぽかの寝具に二人で寝転ぶ。まだごろごろと天を駆けている雷を聞きながら、布団の中でそんな事を考えた。


              ❖     ❖     ❖


    「晴れた!」
     朝の空は一面に青を広げている。昨日の空が嘘の様だ。
     これで夜は空を見上げる事が出来ると隣の人物へ嬉しそうな目を渡す。それは笑みに圧される目と合った。
    「これで一緒にお月見が出来るね!」
     二人してにこにこと嬉しさを噛みしめていたが、ふと思い至る。昨夜の「幾らでも共に待ってやる」と言った朽名を浮かべたのだ。
    (朽名が居なくなったら……嫌かも……)
     その筈はないのに、頭の隅で「約束が果たされて共に居る事が無くなった相手」も浮かんでしまった。
     けれど、突然の恐怖にそっと寄り添ってくれた相手を思い出す。そんな事はないと言い聞かせて顔を見せた不安を振り切った。
    (……朽名の怖いものってなんだろう)
     もし怖いと思うものがあるのなら、朽名の怖いものをなくしてしまいたい。朽名の傍にそっと腰を下ろしたい。大丈夫だよと声を掛けたい。
     くれた温かさ以上に、自身も何か返したいのだ。
    「何か必要なものはあるか? 里まで下りるぞ。……その前に片づけだな」
     目の前の惨状に蛇は苦笑する。今回への備えの片付けもそうだが、庭に転がる木々の枝葉や水たまりが凄まじいのだ。何処からか飛ばされて来たのか手ぬぐいも木に引っかかっている。
    「あ、うん。そうだね、かたづけ――」
     掛けられた声に意識を向ける。だが、お月見の準備と片づけで必要な物を頭で考え始めた途端に、ぎゅるるとお腹から空腹を訴えられてしまった。自分が言うには「まずは食事を」らしい……。
    「……の前に朝ごはんにしよう?」
     頷く相手と厨に向かう。
     今日も日々が始まるそんな他愛もない朝の事。晴れた事に喜び、そして今も共に行動してくれる蛇に「よかった」と一人密かに安堵した。



    「春の続く場所」



     藤が来てから二年目の秋。
     秋の始まり、そろそろ木々が色を纏う頃。縁側では何やら煙立つ。新鮮な秋魚を手にしたからと、鮮度を落とす前に藤へと渡したくて足早に蛇が帰宅したのだ。
     今日は天気も良く、煙もあるのでせっかくなら景色を見ながら外で焼くかと縁側に至る。大きめの七輪や食欲をそそる白米が眠るお櫃。幾つかの調味料やつけ合わせに、汁物が入る鍋を横に置く。桶の中には果物も冷やしておく事にした。そうして道具を幾つか並べ、蛇に教わりながら少し離れた場所に火を焚く台を簡易的に作る。
     屋外での炊き出し、もうこれだけでわくわくとしてきそうだ。
     火を焚き息を吹く。
     ちりちりと燃えていた種火は息吹を得てぱちぱちと燃えだした。その台に鍋を置く。焚火から火のついた炭を分けて貰い、隣の七輪に移して網を置く。火の準備が出来たその場所を使って魚を焼くのだが、その前に味付けをする事にした。

     背後の縁側に振り返る。置いておいた塩つぼを、様子を見守っていた蛇に尻尾の先でぐいっと渡された。
    「水と塩は生きるのに不可欠だからな。塩は骨と身を養い、穢れと病を払うぞ。特に暑い夏場は水と塩分はしっかりとれよ」
     蛇に塩の入るつぼを手渡され、網上の魚へぱらぱらと塩を振っていた藤がうんと頷く。
    「しょっぱいの食べるとじーんとする」
    「じーん……と? 具合でも悪いのか? 怪我でもしたのか?」
     言葉に戸惑う蛇が、「何処か不調なのか?」と心配そうに藤の周りをうろうろと移動する。そんな蛇に、心配を掛けてしまうと焦りかけた藤が首を振った。
    「ううん、大丈夫だよ。そうじゃなくてね、えっと。身体の奥にしみていくみたいな、それで力が出るみたいな」
     どう説明しようかと迷う藤がうーんと首を捻る。
    「梅干しを食べた時も酸っぱくてしょっぱくてワッてなるけど、すごく元気が出る。しょっぱいだけじゃなくて、すっぱいもからいもあまいもにがいも、生きるをくれてる。食べ物って不思議だね」
     最初に此処へ来て、初めて料理をしては温かな食事についた時を思い出す。そう長い時は経ていないのに、何だか少し懐かしい。そして「あっ、そうだ」と藤が呟くと、「この魚と前に漬けた梅干し。一緒に食べたら美味しいかも」「……でも、柚子胡椒も美味しいかも……うーん……」そう言いながら、作ったものから作ったものへと連鎖するわくわくで心を躍らせ始めた。
     楽しそうな藤に蛇がほっとする。
    「ああ、そうだな。気も体力も養う。身を助け、生かすのに不可欠だ。特に幼い内はな。だから恵みを渡し、私達を生かすもの達は偉大で感謝を忘れてはならぬものだ」
     うんうんと藤の感じた事柄に、改めて想い蛇が頷く。
    「全の中の一であり、一があるから全ある。世界の中に世界はあり、私達はこの自然の備わる世界の中で生きるのだから。お前を生かす恵みと、廻って助ける者達に礼儀を持たねばな」
     ふわりと食欲をそそる良い香りが漂い始めたその場所で、蛇の言葉に同じく頷きながらも、生かしてくれるのは目の前の蛇だって同じだと感じた。
    「じゃあ、朽名にも」
     蛇へと顔を向けると視線を合わせて礼儀を持つ。
    「ありがとう、朽名」
     照れくさそうに、だけれど心から。
     僅かに染まる頬で告げる藤。ぱちぱちと炭の中で火が爆ぜ、その傍では驚いた蛇がぱちぱちと瞬く。
     何時までも言葉を失い続けている蛇に、照れくささが勝った藤は次に続ける言葉よりも息を詰まらせる。ほんのりとしていた赤は段々と濃さを増していった。
    「っ!」
     ぴとりと口に触れられ驚き、また息が留まる。言葉は喉の奥に佇んだまま。
     照れくささの中で続いた沈黙にどきどきと焦がれていた心臓は、蛇のその仕草で更にじりじりと焼け焦げ続ける。
     しばしあうあうと藤が口を開いては閉じる。
     咄嗟に伏せた視線の先では、此方もじりじりと焼かれる魚が黒い跡をつけ始めており、「あっ」とようやく音を発すると慌てて魚を引っ繰り返す。
    「お前の傍は暖かいな」
     ぼそりと呟く蛇の眼は柔くたわむ。


     疾うに春は過ぎ去ったのに、此処はとこと続く春の庭である。



    「魅惑の秋色」



     心が浮きたつ。
     賑やかな色合いの木々を伴う庭から戻ると、手入れの合間に「そうだ!」と閃いた思いつきを実行してみる事にしたのだ。
     用意した材料を卓上に置く。今の時期にピッタリな南瓜の緑がとても惹かれる。八百屋さんに置かれていた南瓜が美味しそうで、煮物にでもしようかと思っていたもの。その重みのある秋の味覚を手に取った。

     ざくざく、とんとんと、まな板の上で等分にした南瓜を柔らかくなるまで蒸かし、大きめの鉢の中で味をつけたら皮ごと潰していく。やがてまとまりを見せたそれから形作り、衣をつけて整える。それからは揚げ物をする準備へと移った。
     お総菜屋さんで食べたあの魅力的なコロッケ。そしてこの前に買った食パンで挟んだら更に美味しいのではと。丁度食パンが残っていたので間が良い。それは作り方を教えて貰ったサンドイッチとトーストを味わった後の残りだった。
    (朽名起きてるかな……?)
     どうせなら揚げたてで、そして一緒に味わいたい。
     当の蛇は早朝の寒さに震え、少し前に見かけた時には居間の炬燵の中でまだ眠りに就いて居た筈だ。また尻尾だけがひょろりと出ていたのを思い出す。
    「……あれ?」
     だが、其処へゆくと目当ての人物は居なかった。小さくなって潜りこんでいるのかと思い、念の為に炬燵の掛布を捲ってみたが、其処にも存在が見えない。
    「何処へ行ったんだろう……」
     今まで何も言わずに出かける事はなかった。なのできっと家の何処かには居る筈である。そうである筈なのに、屋外に一人で居る時の様な不安が沸き上がってきそうになってしまう。それを振り払うように頭を振る。
    (朽名みたいに音で探せたら良かったのに)
     何処へ行きそうか考えながら、部屋を見渡してみる。そして広縁へ続く障子がほんの僅かに開いている事に気づいた。
     そっと静かに開いてみる。
    「あっ」
     建具が開かれたその場所に、此方へと振り返る当人が座っていた。その姿を確認した途端にほっと心が落ち着きを取り戻す。その隣には見覚えのある蛇が佇んでいた。
     藤と入れ違いで庭に出て、二人で世間話をしていたらしい。寒さを和らげる為に人の身に変化していた。
    「此処に居たの?」
     藤が来た事で笑みが深くなった朽名が頷く。
    「こつこつと音が聞こえてきてな。気になって出てみたら此奴こやつが来ていた」
    「良さそうなものを見つけたから持ってきたのだよ」
     隣に居た蛇がうんうんと頷いている。身を巻くその中には何やら抱えている様だ。
     名前は斑と言い、以前脱皮を手伝ってからその後も幾度か尋ねに来ていた。脱皮の手伝いだったり、ふと訪れただけであったり、こうして普段の礼と言い手土産を持ってくる事もあったり。何だかんだと朽名とは酒の付き合いを持っていたりもする。
     藤がその傍に屈むと嬉しそうに身を上げた。
    「鳥達が多くついばんでいたから美味だと思うぞ」
     ひょいと中に置かれたそれを尻尾で持ち上げると、二つの柿を付けた枝を藤へと渡す。
     可愛らしく目の映える色合いを両の手で優しく受け取った。
    「ありがとうございます」
    「構わんよ」
     秋の味覚に目を輝かせた甘味好きの藤へ、誇らしげな相手は尾を振る。
    「もう幾何かで冬が来そうだからな。その前にまた訪れたかったのだよ。身が縮こまりそうな冬は細君の腕の中で温まりたいものだ」
     にょろりと身を捩ると藤へ寄せる。が、即座にがしりと斑を掴んだ朽名によって元の場所へ戻された。
    「最近は眠くなる頻度が上がってな。実は今も眠気が襲ってきておる。だから既に冬ごもりの準備も始めているのだよ」
    「この時期はな……」
     つい先まで眠っていた朽名もその言葉がよく理解出来るのか頷いている。
     確かに寒くなってくると朽名も眠る頻度が上がる。人の身であればそれも軽減されるが、蛇である朽名が冬ごもりをしないのは神として産まれたのもあるのかもしれない。隠世で過ごす住人達にも様々な者達が居るが、通常の生き物達がする冬ごもりをしない者が多い。此方も根本的に在り方が違うのだろう。
    (……色んな意味で暖をとられる事はあるけど……)
     寒さが増してくると蛇が触れてくる頻度が何時も以上に増す。家で過ごす時もだが、外出時や境内で掃除をしている時など、外に居る時は頭まで沈めて何時もより深く、寒さで厚みの増す懐に潜っては温度を味わっている事もある。
     ただ自身も、その当人が蛇の姿でがぴたっとひっついて居る時に可愛いと思う事もあるので、互いに利益があると納得しておく事にした。……唐突に過敏な所をついてくるのはやめてほしいが。
    (……)
     〝その他の触れ合い〟を思い出しそうになり、それを振り払う為に藤は背筋を伸ばして身を整えた。
     羞恥が湧くその行動に何だかんだと流されてほしくな――……ついと許してしまうのだが、一度しっかりと苦情を入れ、そして甘くなってしまう自分を諫めるべきなのだろうか……?

    「さて、用も済んだのだ。今日は風があるので引き留め続けるのも気が引ける。まだ成すべき事もある故、したらば温かくなる頃にまた来ようぞ」
    「お気をつけて」
     見送りに尾を上げて返すと、鮮やかな紅葉で染まる庭向こうの山へと向かう。ガサリと音がすると姿は見えなくなってしまった。
     やれやれと朽名が首を振る。
     隙あらば藤へと向かう斑に眉を顰める事も多いが、何だかんだと迎える事も多いのがこの蛇だ。冬に近づく秋風が二人の間を駆けていく。蛇も藤もふるっと身を構えた。
    「すっかり冷えたな。部屋に戻るか。……共に温まるか? 藤」
     腰へ腕を回し、ぐっと藤の身を引き寄せるとその顔が間近にくる。突然の行動に藤の肩が飛びのいた。
    「あ、そうだ。あのね」
     このままでは自分が食べられそうだ。なので今にも口を合わせてきそうな蛇へ、一つの提案をする事にした。

     思いつきを一緒に食べようとお願いすると、蛇は喜んで承諾してくれた。傍の棚に置かれた秋色に、それを眺めていた顔がほころぶ。
    「あとで剥いて食べようね」
     嬉しそうな藤の表情を見て連鎖的に笑みを零した蛇が、棚から取り出したたすきを手早くかける。
    「揚げるのはこれか?」
    「うん!」
     大皿に、白く衣を纏ったものが列を成す。
     以前居た場所で、初めて揚げ物をした時はドキドキしながら少しの勇気を振り絞っていた。
     当初より多少は腕が向上し、慣れた今でも扱う時は気合を入れる。けれど最初はドキドキとするのに、ぱちぱちと金色の油の中であげられていく姿が興味深くて。何より香りが食欲を湧き立たせていた。

     ぱちぱちじゅわっと音がする。
     その黄金色に心を馳せるとお腹が今にも音を上げそうになる。やがて連想ゲームのように始まった脳内の大会に、藤がまた提案を口にした。
    「……後で天ぷらも作って、夜は暖かいお蕎麦にするのどう?」
    「それはいいな。酒を蕎麦湯で割るか?」
     すぐに油を捨ててしまうのは勿体なくて、揚げ物が続く事もある。だがそうして提案しても難なく承諾しては共に楽しんでくれるのも朽名だった。
    「蕎麦湯を捨てちゃうの勿体ないもんね」
     もう一つの美味しさに笑みが零れる。
     お蕎麦のもう一つの楽しみ方。そのまま飲むのも好し、薬味を入れて飲むのも好し、蕎麦つゆに入れて更に香りを楽しむのも好し、お酒が好きな人にも美味しく、お蕎麦は二日酔い防止の助けにもなると聞いた事も。栄養が多く溶け込んだ、料理にも使える蕎麦湯。一度で二度美味しいとはまさにこれかもしれない。
     頃好い色合いで浮きあがるコロッケを手早く返しては、均等に揚げられたものをまた手早く油切り網の上へ移していく。ついその姿に「つまみ食い」の文字を浮かべてしまうがグッと我慢する。揚げたてのコロッケとは、どうしてこうも魅力的なのか。
    (あ、そうだ)
     コロッケと共に挟むもののついでに、天ぷらの下準備も頼んだ朽名から少しだけ野菜を貰う。温かな野菜のスープも作ってみようと。南瓜コロッケサンドに合うかもしれない。こうやってあれはこれはと組み合わせを考えるのも料理の楽しさだった。
     そうこうしている間に天の日は今も真上に近づく。
     以前のサンドイッチと同様、バターを塗ったパンに多めの葉物と揚げたての南瓜コロッケを挟む。そして卓の上には秋色のサンドイッチと温かな茸と野菜のスープ、そして届けられた甘い秋の実を無事並べた。
     卓上の秋模様もさる事ながら、サンドイッチを切った時のザクリとした音がまた魅力的で。見た目も音も楽しい。
     ほくほくと温かな湯気が立つ。これを冷ましてしまうのは無粋だろう。冷めてしまう前に、二人で遅めの朝食を味わう事にした。

     柔らかな歯ごたえからの、滑らかな舌触りの中にサクサクとした食感。揚げている時のじゅわりとした音もそうだが、ふとした時にふわりと香る匂いもまた美味しさを引き立てる。
     そんな秋色の中の香ばしさを堪能しつつ、温かなスープを堪能する。茸と葉物の中の塩気が甘味のあるほくほくとした南瓜コロッケとの緩急で飽きもない。
    「美味しい!」
     もぐもぐとその味を堪能していく。こんな風に日々美味しい季節を味わえるなんて幸せだ。
     南瓜や柿だけではない。栗、薩摩芋、里芋と蓮根に秋茄子や牛蒡、葡萄に林檎にイチジク、アケビに柘榴に銀杏。茸類も美味しいものだ。山もあれば海もある。秋刀魚に鮭に鯖、鰍に鰹、そして鮪といった秋魚も美味。
     そして何よりこの季節は新米が最高なのだ。艶のあるお米を炊き立てで食べる。それのお供を考えるのもまた楽しい。いっそ栗おこわや薩摩芋ご飯、吹き寄せご飯等の炊き込みご飯にしてしまうのも良いものだ。
    (明日はお米を食べよう)
     今日の献立を想い、白米に想いを寄せる。今日もとても美味だが、やはりお米も恋しいのだ。
     今は名残惜しそうに最後の一口を食べる。南瓜のコロッケは今後も機会があったら作ろうと心に決めた。

     そうして思いつきを全て完食し、藤が柿を食べようとした時だ。そういえばと、静かなままの相手をふと見る。柔らかく弛む眼と視線が合った。
     その視線は長らく食事をする此方を見ていたらしい。食べる姿を眺め続けられていたのだと意識すると、途端に恥ずかしくなった。しかも此方が気づいても一向に視線を外そうとはしない。
    「……恥ずかしいから見ないで」
     湧き上がる恥ずかしさを紛らわす為、そして抗議の為にも口にしてみる。
    「美味しそうに食べているからついな。大丈夫だ、お前にしかしない。お前程愛らしく食べる者など他にいな――」
    「朽名も食べて!」
     違うそうじゃないと赤い頬を膨らませた藤が言う。
     言うと自身の手元を見て甘い果実をぱくりと一口。向けられた視線につい先まで赤みのある頬を膨らませていたのに、今度は美味しさに蕩けた顔になる。様子が愛おしくてまた息を落とした蛇も、言われた通りその実を口に含む。
    (今度あの蛇には礼を言わねばな)
     藤の喜ぶ表情を見て味わう朽名はそう言葉を浮かべた。自身が欲しくなるものをくれるのだから。

     長火鉢で火にかけていた雪平鍋を五徳から降ろす。卓に置いた二つの器に香る温かな飲み物をゆっくりと注いだ。
     すりおろされた果肉の混ざる林檎の果汁を保存瓶から鍋へと注ぎ、適量の水と少量のすりおろし生姜、そして綿毛蜜蜂印のはちみつを落とし混ぜて温めたものだ。その温かな果実水は、此方も此方で淡い風味と温かさでほっと息がつける。
     何かと便利な長火鉢だ。網を置いて御餅も焼けるし、こうして温かな飲み物を冷まさずに置いておける。
     他にも冬になると、鉱物を利用してつける暖房器があり、その上の焜炉ではやかんを置いて温めたりもする。より寒さが深まれば、隠世の空調器を利用しながら料理時に使う火つけ台や釜戸もあれば思ったよりもぐんと暖かくなる。外出時や就寝時、普段の生活で必要なら専用の灰や鉱物を入れて使う懐炉カイロも使ったりする。そうしてその日の状況を見ては調整していた。
     隠世のその時期の道具を使うのも季節の楽しみ方の一つ。その季節の食べ物、道具、そして植物や装飾などで部屋をしつらえ、季節湯に浸かってお風呂まで楽しんだら完璧だ。
    「もう寒くない?」
    「ああ、すっかり温まったな」
     うんうんと頷いている。それを確認したら安堵が心に生まれた。
    (少しでも朽名が温まれたならいいか)
     暖欲しさに触れては時折起こされる戯れも、今は見なかったことにしよう。
    「美味しかった……?」
    「ああ、美味かったぞ。ふわりとした歯ごたえの中に、香ばしさと口触りの好い食感。食を進めるほど、手心で付けられた味が甘味ある素材の味わいを引き立てる。そして即座にそれに見合った付け合わせも作るとは素晴らしいな。それらを味わう事もさながら、口にしたお前の表情かおが――」
    「も、もう分かったからいいよ。ありがとう」
     さっと相手の口を塞ぐ。
     聞いた以上に褒め、しかもこのまま言わせ続けたら余計な火を付けかねない。心の奥底が火傷する前に素早く相手を止める。ただ、この行動も織り込み済みだったのか、途端に相手がにやりとした。赤くなる顔をまた味わわれてしまう。
    「そうだな。腕を振るい、せっかく私を温めてくれたお前にも礼をせねばな」
     抑えていた筈の手を握られてはじっと視線を寄越される。藤の肩がふるりと震えた。
    「言い足りない分も含めてな」
     もしかしたらこれから起こるかもしれない事を想像してまた一段と顔を赤らめる藤へ、感嘆の息を落とす。今度は自分が温かさを与えよう。藤が安堵出来る居場所を渡すのは、自身の役目の一つだ。

     そうして蛇は、秋色が運んだ時間を存分に堪能する事にした。




              - 了 -




    ● 何の変哲もないただの戯言あとがき

     前二つは隠世に来る前、「ひと間の嵐」は「心折しんせつとどまる」の後日のお話。本編もそうですが、三編が何となしに繋がっていたらよき。

     自分は雷の音は割と好きな方で、この前の夏の日の雷はごろごろと鳴り響く音と、力強い蝉の声を聞きながら微睡むのがとても心地よかった。
     藤達が住む世界の太陽や月は此方の現代現実とは違ったものなので、また違う見え方をしているのかもしれないと思うと興味深い。初めての秋を迎え、二回目の秋も存分に楽しむ過去の藤達。そして今を楽しむ現在の藤達のお話。

     子供の頃、お蕎麦屋さん行って蕎麦湯の存在を教えて貰ったの思入れ深い。出前でお蕎麦を頼む事も多かったな。其処に親戚も集まってたりして、子供ながらにあの大人数な感じがちょっとっわくわくして。あと書いてて思い出したけど、コロッケ蕎麦っていうのもあるよね。一度試してみたいかも。
     そして蕎麦湯を飲んだり使うのは関東の方が多いって初めて知った。確かにこっちの方がお蕎麦の印象強いよね。揚げ物・天ぷらもそうだし、葉物や大根おろし、とろろにとろろ昆布も。卵やなめこもいいし、何を入れようかを迷ってしまう。

     身体にも良いんですよね、お蕎麦。その栄養も蕎麦湯に多く含まれているし、それを美味しく楽しめるのもまた粋がある。お酒飲む人にはお蕎麦は二日酔いの防止にもなるそうですよ。カロリーが低いので減量したい人にもよし。
     日本の「勿体ない」って言葉に「世界が驚いた」って話があるからね。物を慈しみ、勿体ないが根付いていた日本人ならではなんだなって、こうした文化を見るとしみじみする。だからこそ付喪神や様々な文化や工芸品が生まれた日本。江戸時代の「再利用文化」の強さも面白いですよ。灰や塵を買いとる商いもあったんですよね。自然と資源と上手く共存していた。江戸時代からある懐炉も面白く、日本人の作る力と発想力は興味深いもの。

     本音を言うと、昔の日本人の方が身体的にも精神的にも考え方も技術もそして在り方も、今の日本人よりも断然強くて優秀だったと感じています。昔の人々を馬鹿にする人も居ますが、隠れた歴史や事柄を見ても自分はそう感じる(「古きも今も未来も」「馬鹿にしている時点で」ですよね。「過去があるから今の貴方が居る」とも思います)。今の人は「多くの根本的な事」を忘れてしまっていますね。
     日本に生まれ、日本人として生き、創作活動をしていて良かったと、そして好いと感じる日本人の在り方やこの国の自然を大切にしたい。私欲者ましてや外の者にこの国を好きかってする権利などないです。土台と根本を疎かにしたら崩れてしまうという事は、分かり易い事だと思うのですが……。そして更に悲しいのは「起きている事」から目を背け、考える事を辞めている者が多いという事です。

     きっと自分がこうして大切にしたいと思う気持ちは、誰かにとっては煩わしくて仕方ないものなんでしょう。けれど「どちらを」「何を」大切にし優先するか「自分で考え」決めるものなので。その「ついで」な面持ちでふと何かしらで遭遇し、楽しみ、「よい」と思ってくれた人が居たなら儲けもの。
     肩に力をいれず、「路地裏の骨董屋にふと寄り道する」みたいな、「寄り道感覚」で楽しんで頂けたら幸いです。

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