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    キツキトウ

    描いたり、書いたりしてる人。
    「人外・異種恋愛・一般向け・アンリアル&ファンタジー・NL/BL/GL・R-18&G」等々。創作中心で活動し、「×」の関係も「+」の関係もかく。ジャンルもごちゃ。「描きたい欲・書きたい欲・作りたい欲」を消化しているだけ。

    パスかけは基本的に閲覧注意なのでお気を付けを。サイト内・リンク先含め、転載・使用等禁止。その他創作に関する注意文は「作品について」をご覧ください。
    創作の詳細や世界観などの設定まとめは「棲んでいる家」内の「うちの子メモ箱」にまとめています。

    寄り道感覚でお楽しみください。

    ● ● ●

    棲んでいる家:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou

    作品について:https://xfolio.jp/portfolio/kitukitou/free/96135

    絵文字箱:https://wavebox.me/wave/buon6e9zm8rkp50c/

    Passhint :黒

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    キツキトウ

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    2024/2/9
    へびがもやもやしたり、ふじがもふもふしたりする冬の日の零れ話。

    #創作
    creation
    #小説
    novel
    ##Novel

    Wisteria:零れ話(5)【項目 Wisteria:零れ話】「暗中の輝き」「煌めく白色の君」「冬の毛玉と|浮心《うかれごころ》」●「Wisteria:零れ話」について。

    本編閑話タイトル其々のおまけのような話、補足や本編その後、とても短い話・隙間話や納めきれなかったお話達。時系列は都度変わります。大体本編と同じ様にいちゃついてるだけの他愛のない話。


    以下は本編と同じ注意書き。


    ○「Wisteria」に含まれるもの:創作BL・異類婚姻譚・人外×人・R-18・異種姦・ファンタジー・なんでも許せる人向け

    異種姦を含む人外×人のBL作品。
    世界観は現実世界・現代日本ではなく、とある世界で起きたお話。


    ○R-18、異種恋愛、異種姦等々人によっては「閲覧注意」がつきそうな表現が多々ある作品なので、基本的にはいちゃいちゃしてるだけですが……何でも許せる方のみお進み下さい。
    又、一部別の創作作品とのリンクもあります。なるべくこの作品単体で読めるようにはしていますがご了承を。


              ❖     ❖     ❖


    【項目 Wisteria:零れ話】
    「暗中の輝き」
    「煌めく白色の君」
    「冬の毛玉と浮心うかれごころ



    「暗中の輝き」



     藤との暮らしで初めての冬が訪れたとある夜。
     隣から溢れてくる苦しそうな音が耳に届き、蛇はぱちりと目を覚ます。藤が魘されていたのだ。
     眼元から流れる涙は寝具に染み、痛いと溢す言葉は空気に溶け込む。幾度と流れた言葉に眉を顰め、蛇は鼻先で藤の頬を撫でる。
     藤がこうして魘される事は度々あるのだが、ただその苦しそうな言葉の中で、「助けて」という言葉を聞いた事がない。
     それが言い知れぬ悲しさを都度与えてきていた。
     そうとは思いたくない。だが、藤自身が他を頼る事をあまりしないのは承知しているが、夢の中までそうかもしれないと考えると余計に心がれる。
     藤の身に起きた事も、藤が苦しむ事にも。己の中から何かを吐き出してしまいそうで口内の奥にぐっと力を籠め噛みしめた。
     そうしてもやもやと考えていると、また藤が苦しそうな声を漏らす。少し躊躇うが、鼻先で藤を揺り動かして声を掛ける事にした。
    「大丈夫か? 藤」
    「ん……」
     何度か揺すると、僅かな声と共に静かに瞼が開かれていく。その端で溜まる粒を蛇は拾い上げた。
    「くちな……」
    「どうした? 大丈夫か?」
    「だい……」
     頷こうとした拍子にまた粒が落ちる。
     眠気でぼやける藤の眉根がだんだんと歪むと、ぽろぽろと涙が落ちていく。そのまま眼元を手で拭ってこれ以上出てこないようにと抑えようとしていた。返事をしようとして出そうとした震える声は、それっきり聞こえなくなってしまった。
     身を返して身を変える。
     そっと頭を撫で、震え続ける身体を静かに抱きあげた。藤がその胸元にしがみつく。すすり泣く声と、どうにか抑えようとする音が共に聞こえて来た。
    (……人の身にも成れる事が出来て良かったな)
     こうしてまた抱える事が出来る。
     神としての姿を求められ、煩わしさを与えられる事も確かにあったこの身が、成れて良かったと思う日が来るとは思いもしなかった。
     とんとんと藤の背を柔く撫でる。
     これ以上藤に痛みも苦も渡したくはない。過去のそれを取り除く事が出来ない自身に悪態をつきそうになり、また息を噛み殺した。


     落ち着いてきたのか、水気を含んだ音がなだらかになる。
    「藤、泣く事を抑えるな。笑顔が遠のくぞ」
    「? 遠のくの……?」
     心情で揺れる声を発した藤が、不思議そうな顔で此方を見上げてくる。
    「ああ。泣く事は次に笑う為の準備だからな。悲しい気持ちになったら我慢せずに思いっきり泣いた方が良い」
    「……」
    「だから我慢しなくともいいんだ、藤」
    「……次は…たくさん泣いてみる……」
     藤が再び俯く。まだ瞳は潤んでいたが、前よりも声ははっきりと聞こえてくる。
    (私が心苦しくしていてもどうしようもない。それに、情けない姿なぞ見せたくないからな)
     藤の落ち着いた様子でふっと息を吐き出すと、口角を上げてにやりとした笑みをつくりだした蛇は口を開く。
    「ついでに私を頼り倒せばいい。悲しさなど消え去るくらい構い尽くしてやるぞ」
     俯きがちだった藤の頬をとると此方へと向かせる。水気の含まれるまん丸い目と合った。
    「まだ怖いか? まだ不安か? 藤。ならば安心させてやろう」
    「え?」
     その言葉に藤がわたわたとしだす。
     じっと藤を見つめてくる蛇に、何をどうするのか、自分はどうすればいいのか、どう応えればいいのか戸惑いだす。そしてぱっと頭を過ったのは蛇がそっと自分へと触れてきた事だ。此方をみた後そうする事が多かったような気もすると頭が認識しようとする。
    (どうしよう……)
     嬉しいような不安なような、さわさわとする心にどうしたらいいから分からなくなる。音をたて、せわしなくなる。どうもこうされるとこうなってしまう。
     こうして朽名からじっと視線を合わせられると、手放しがたい気持ちと得体のしれない感情に囃し立てられてしまう。どうしていいか分からなくなるのに、なのに相手もこの気持ちも愛おしく感じてしまうのだ。
    (なにか……するのかな……?)
     思い起こされた光景も相まって、そして覚悟したように藤がぎゅっと目を瞑る。
     それが愛らしくて蛇は笑みを溢した。
    (……あれ……?)
     ぽふっと身が相手に抱きとめられる。
     起きた事象はこれだった。想像したものとは違い、そして浮かんだ想像も反応も何もかもが過剰だったのではと気づいて藤の顔が赤くなる。
    「そうだな……。折角この時間に目が覚めたのだから、星でも眺めてみるか? 冬の夜空は他の季節と見え方が違うぞ」
    「星……」
     星見の提案に藤の瞳が輝く。
     寒空の下に藤を晒すのは躊躇うが、空気が澄む事で生まれるあの夜空を藤と共に楽しむのも心が惹かれる。何より冬の、そして普段は眠っているこの時間帯の星を目にする良い機会だ。また輝くような藤の瞳を見たい。痛みで心を揺らすより、苦しさに心が捕らわれるより、輝くものに心を動かしてほしい。
     そう言えば以前も星に頼った事があったなと思い出す。
    (ただ、あれは小さく甘い星だったが)
     その後には流れる沢山の星を共に眺めたのだ。あの時楽しそうにしていた藤は、今回も喜んでくれるかもしれない。
     しっかりと着込んで暖かいものでも用意しよう。それに己が触れていれば病など向こうから逃げ出していく。心ゆくまで藤と楽しもう。
    「どうする? 藤。このまま眠ってもいいぞ。眠れないのならば他の事をしてもいい。気がすむまで付き合うぞ」
    「星、見に行く。朽名と見てみたい!」
     ぱっと笑みを浮かべる藤に蛇の笑みも深くなる。
     輝く瞳の藤を抱え、星見の準備をする為に二人で部屋を後にした。


              ❖     ❖     ❖


    「朽名は……風邪をひかないんだっけ?」
     以前自分が風邪をひいた時、そんな戯れをしたような気がする。
    「ああ、だから私は大丈夫だ。気にせず空を見上げていろ。それに、こうしてくっついて居れば暖かいからな」
     風邪をひかない様に厚着をさせ、抱き上げる。冷やさない様にこれでもかと密着しては、二人の上から厚めの掛布を肩から掛けた。その傍では湯気の立つ温かな湯呑も置かれる。二人で縁側に腰を掛け、深く暗い画板に描かれる満天の星々を見上げた。
     特にこの時間帯は更に星の数は増しているのだろう。煌めき続ける星々が、空気が冷えて澄み渡る事で、夏の日に見た時とは違って見える。
    「すごい……空いっぱいにきらきらしてる!」
     すぐ下にある藤の頭が楽しそうに揺れる。その瞳も輝いているのだろうかと想像すると嬉しくなる。
    「今日は雲も無いからな。空の霞もない、空気が澄み渡るとまた見え方も違うだろう?」
    「うん! いつもこの時間はねむくなっちゃうから、こんなにきれいな空はじめて見た」
    「私も冬は眠る頻度が増えるからな。眺める機会は少なかったが、この時期の瞬きは素晴らしいな」
    「綺麗だね!」
     弾む声が自身の耳に届く。
     疾うに藤からは痛みも苦も逃げ去っていた。その事に蛇は胸を撫で下ろす。
    「あっ」
     するときらきらと輝く無数の瞬きの中で、星散の群れから離れる様に幾つか星が流れる。
    「前に言っていたよね。星に願うと願い事が叶うって」
    「何か願いがあるのか?」
    「んー……」
     うーんと藤が首を捻る。だが次には楽し気な声が聞こえて来た。
    「ないしょっ!」
    「そうか」
     蛇が苦笑する。
     聞けたのならば全力を尽くすのにと考えている蛇は、藤の赤らむ頬に気づいていない。
    「叶うといいな」
    「……うん」
     声が小さくなりかけた藤が、それを誤魔化すように相手を見上げる。
    「朽名は、お願い事ってあるの?」
    「……そうだな」
     空を見上げて思考する。ただ、その間も無く浮かんだのは出会った時の藤だった。
    「お前が無事育ったならそれで好いな」
    「うん、頑張って叶える!」
     その願いに瞳をまんまるとさせた藤が、今度は気合を入れて応える。生き生きとしたその声に微笑むと、藤から分けられた気力を心に収める。
    (願わくば藤の安寧を)
     想う願いを自身に願う。それを藤に渡す為、守る為ならば自身を尽くす。だが、どれ程藤の傍に居れるのだろうか。成長した藤が此処を離れ、新たな場所で生きる事を選ぶ可能性だってあるのだ。

     もう二度と死を願わないように。
     例えこの先藤が一人になってしまっても、自分が傍に居れなくなったとしても、恐怖に押し潰されずに、深い暗闇の中でも輝き、歩き出す力を持てるように。
     ただ願うならば、これから先も藤と共に在り、自身が藤の輝きを守り続けたい。誰かの神でなく、藤を守る神で在りたい。

     何時かの事、今日の事、明日の事。沢山の事を想い願いながら話を咲かせ、また二人で空を見上げる。そう想いながら蛇は天空の輝きを藤と共に目に焼き付けた。



    「煌めく白色の君」



     白色の吐息が自身の傍を素通りしていく。
     こうして世の腹を冷気で満たしていたら、今夜も夜空ははっきりと煌めく光を瞬かせるのだろう。そう感じる程に今日は寒い。掃除用具をしまい、表に出た藤が手をさする。
    (朽名に声を掛けなくてよかったかも)
     溢した苦笑でまた息を吐く。
     ひと声かけてたら高い頻度で懐に潜るこの神社の主だ。
     僅かに寂しさもあるが、寒さに凍える蛇は温かな部屋に残してきて正解だったかもしれない。今は炬燵の中で瞼を閉じているだろう。
     ただ、まだ頂上に陽が登りきらずに冷気が漂う境内は、ふと寂しさを感じてしまう事もある冬の寒さの腕を掴んでは、共に楽しもうと言わんばかりに今日も誰かしらが日々を楽しんでいた。
     寒さの中でも元気に境内で戯れる子や幽霊達、ふと出会った誰かと会話を楽しむ者達、売り歩きに目を輝かせた者達を眺める。
     湯気が立つ温かな甘酒を手にしては、長椅子に腰を掛けて風味に笑みを浮かべている。蕾を付け始めてはもうそろそろと花咲かせそうな梅の木に想いを寄せ、何か言葉でも浮かびそうだと思案する者も居た。
    (……今日はお鍋にしようかな)
     そんな境内を眺めながらそう思う。
     寒さも相まって、何だか境内でわいわいとしているその賑やかさが温かく、様々な具材がひしめく鍋物を彷彿とさせてくる。思いついたそれに心が惹かれ、蛇と共に囲み楽しみたくなってしまったので、早々に夕飯の献立を決定づけた。
     想像した藤がまた笑みを溢す。
     そしてふと、とある商いに目を移す。丁度立ち寄った者達が楽しそうにその場所を後にしたからだ。そろりと静かに寄ってみる。
    (すごい……!)
     猫に兎に龍に鳥にと、冬の寒空の下でもきらきらと輝く細工の列。細やかで見事な手仕事は、眺めるだけでも此方を歓喜させる。馬の細工は今にも駆けて行ってしまいそうだ。
     最近此処へも訪れるようになった飴細工の売り歩き。
     見かける事はあったが、まだじっくりと立ち寄った事はなかった。
    「一つどうじゃ。此処にないものも作れるぞ」
     眺めていた藤がすごいと目を輝かせていると、下準備をしていた店主が顔を上げて藤へと声をかけてくれる。
     その掛け声に藤が思案する。
    「えっと……へびって作れますか?」
     頭の中で真っ先に思い浮かんだ人物に、自然とそれに関したものを伝えてみる。雪のようにきらきらと光を携える白い蛇。軽快に笑みを落とすその眼元には温かな色の、隈取の様な模様がある。綺麗な柿色のその瞳が、此方をじっと見つめていた。
     姿を難なく浮かべては言葉にしたその返答に、店主がふっふっと笑った。
    「ただの蛇でなく、此処の蛇さんじゃろ」
     見透かされていた事に小さくあっと呟くと、頬がほのかに赤味が増した。
     蛇だって様々な姿をとるのだ。
     無意識にその姿が浮かぶ事を自覚しては、その理由で再び赤くなる。〝自分の一番〟はあの蛇なのだ。
     熱を持つ柔らかな飴が、難もない速さのある手さばきで形が成されていく。やがて藤が見惚れている間に、朽名そっくりな小さな蛇がその手元に現れた。忘れずにしっかりと足された柿色の隈取もある。此方へと長く首を持ち上げ、たわむ胴から、ほんのりと尾を支えの細い棒へと巻き付けている。ちょこんとしている姿が愛らしい。
    「さ、出来たぞ」
     透明な袋で包まれるとそのまま藤へと渡される。
     手際の良い仕草で、そう待たずとして現れた白く煌めく可愛らしい蛇に藤の瞳は輝きを増す。すごいと言葉が零れると嬉しそうな笑みが浮き上がった。
     透き通る白色が陽にかざされて煌めいている。きらきら光るそれが、日向に居る時の朽名みたいだった。
    「ありがとうございます」
    「構わんよ」
     嬉しそうに笑みを落とす藤へ楽しそうに相手は応えた。
     手にしていた〝鍵〟を店主に渡し、手渡されたその鍵は鍵穴のある小さな箱に通される。
     ふと辺りを見渡す。
     気づくとその足元や後ろには、一連の出来事で楽しさを察知したらしい幽霊達や新たな客人が集まっていた。
     店主のその手さばきを共に見ていたらしい。すぐ傍で目を輝かせて目一杯見上げる小さな幽霊は、もっと近くでその飴細工を見ようと、その子よりも大きめな幽霊の上によじ登る。頭に登られた事に気づいた幽霊が、よく見える様にまあるい天青色の身をもにゅっと伸ばしては少しだけ背伸びをしていた。後ろではわくわくとしている人も居れば、感心したように頷いている者も居る。

     次の人の邪魔をしてはいけないと、返された鍵を受け取り再び店主に礼を告げて境内を後にする。
    (まずは卓上に置いといてみよう。朽名、どう思うかな……?)
     相手へと渡す時間を想い、心を躍らせた藤は心なしか早い足取りで今はまだ微睡む蛇の元に向かった。



    「冬の毛玉と浮心うかれごころ



     依頼品が待機する作業場では、今日も修繕を待ちわびる物達が次々に手をとられては生まれたばかりの姿かのように修繕されていく。
     此処では火鉢が空気を温め始め、その横では平常心を保ちたくて淡々と依頼の品を直していく藤が居た。……朽名の膝の上で。

     作業を始めてからずっと、乗られている当人はにこやかに晴れた笑みを携えて、膝の上で羞恥に震える藤を愛で倒している。
     そして今はもう作業どころではなかった。暫くは何とか過ごしていたが、五つ目を修繕した所で唐突に落とされた行為に集中が出来なくなり、小さくを溢して身を捩る。ゆるくなってしまっていた襟元から入り込んだ手が、なだらかな丘の小さな突起を摘まんでやわく擦りだした。
    「ぁ、やっ」
     いやいやと藤が首を振る。机から離した藤の指先は、音を発さないようにと自身の口元へ宛てられていた。

     今日はほとほとこれが続いている。
     頭を撫でて髪に指を通しては猫のように吸われ、手が離れて飽きてくれたと期待しては頬を撫でて耳を食み、指先が唇で戯れたと思ったら首元へ移動していた。柔い箇所を愛でられ続け、何時の間にか次第に音を漏らす様になっていた。
     もう手遅れである。
     既に羽織物はこの作業場に来た時点で地に挨拶をし、服を留め置いていた帯は知らぬ間に緩め外され旅立っていた。


     こうなった経緯を説明したい。


              ❖     ❖     ❖


     はぁっと息を吐くと白く漂い消えていく。

     早く冬支度をしなきゃな。
     もっと冬が深まってくると雪の事も考える必要が出てくる。それに冬の候は何かと備える事が多いのだ。隠世にだって独自の祭事が幾つもあるのだから。だが準備もひとしおに、そうした事柄が楽しみなのもまた事実である。
     そんな事を考えながら箒を手にして境内に出て来た時だった。何かが視界の隅に映し出される。何だろうかと拝殿の方へ目を向けると其処には……ふかふかの毛玉がぴょんぴょんと跳ねているのに出くわした。
     思わずじっと観察してしまう。跳ねる度に、ふわりと揺れ動くその毛が何とも言えない。魅惑のもふもふである。
    (……かわいい)
     拝殿の前に居たのは一匹の狸だった。冬が始まった事で毛が変わり、一段と毛並みが良い。もふもふまんまるい身体、尻尾も耳もまるっこい。そうしてぴょんぴょんとしながら鈴緒を鳴らそうとしているその首元には、何かを包んだ風呂敷を巻いていた。

     それをしばしぼぅっと眺めていたが、ハッと我に返る。
    「あの」
     すとんと地に着地した際に声を掛けると、そのふかふかの毛玉がくるっと此方を向く。まんまるい目がじっと興味深げに此方を眺めている。普段見かける狸よりは少し小さく、もしかしたら若いのだろうか。ちょこんとし揃えている前足とぽふぽふとしている尻尾が愛らしくて藤が心の中で(ぅっ)と唸り、撫でたい欲を胸で押さえて留めた。
    「何か……ご入用ですか……?」
     内心で悶えている藤が何とか言葉を絞り出す。相手へ目線を合わせる為に屈んだ。
     その掛け声に目の前の狸はぱっと目を輝かせた。
    「多忙な主に代わり、あかときの杜から参じました! 此処に来たらば破損した品を直して頂けると聞いたのでございます!」
     ずいっと藤に迫る輝く瞳が期待に満ちている。その毛……いや、そのに圧されて藤がごくりと息を飲む。
    「あ、えっと。そうですね。どのような物ですか?」
    「此方にございます」
     そう言うと狸がくいっと首元の風呂敷包みを引っ張る。だが、中々上手く取りだせないようで、今度はんくんくと狸が悶える。思わずぽてっと転がる毛玉にまた言葉を飲み込み、見かねた藤がそっと手伝う。結び目を解いてするりと包みを広げると、「ありがとうございます!」と元気に礼を告げられた。
     皆で覗き見る。
     更に紙に包まれていた木箱を開けると、座の中央には可愛らしい狸の根付が鎮座していた。ただ、立派な根付なのだが、繋ぎ目が欠けて取れてしまったらしい。これでは本来の意図で使えず、繋がりが経たれたそれが少し切なかった。
    「若がご両親から頂いた大切な品物なのでございます!」
     意気揚々と言う狸がふんすと息を漏らす。これならすぐに直せそうだと藤は丁寧に受け取った。
    「分かりました。これならすぐに直せると思います」
    「然様でございますか!」
     藤の言葉で輝きが追加される。まあるい耳と尻尾がひくひくぱたぱたと嬉しそうに動いた。
    (…………かわいい)
     もふりたい欲がそそられるがぐっと飲み込む。このままではいけないと直ぐに目の前の依頼品に目をやった。
     じっとしばし観察をしたのち、根付を箱に収めたまま蓋を被せる様に掌を置く。そして何時もの如く目を閉じて品物へと意識を向けて集中する。最後に修復される事を願うと掌をその場から退けてみた。
     欠けた継ぎ目は元に戻り、噛み合えずに離れ離れだったそこは綺麗に修復されていた。ほっと藤が胸を撫で下ろす。すると、ぴょんと狸が嬉しそうにひとつ跳ね上がった。
    「やりました! 直りましたよ、若!」
     背を伸ばすとまた一つ。ぴょこぴょこと全身で歓喜を表すのその様子に藤はぎゅっと口を結んで無言でその姿を見守る。
     跳ねては回っての果て、狸はようやく落ち着いたのかふっと空を見上げた。
    「若の悲し気な顔がずっと離れなかったのです。これでようやく心が晴れました!」
     嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振っている。目の前の相手に現れた表情で、藤にも安堵と笑みが沸き上がった。
    「ありがとうございました! 謝礼をしたいのですが、いかがすればよろしいでしょうか?」
     此方に顔を向け、「さぁ! 遠慮せずにどうぞ!」と言わんばかりに見つめてくる瞳を見て、思わずこんな言葉が零れてしまった。
    「………………撫でてもいいですか?」

    「よござんす!」
     そんな軽快な音色と共に、狸がずずっと身を近づける。
     ついっと喜々として背を渡されるので、藤も藤で存分にもふりだす。ぽふりと手が置いたふかふかの背は、やわい冬毛の原っぱが重みによって沈んで手形をつくる。
     今度は頭と言わんばかりにぐいっと手に押し付けられ、まるっこい耳までもふっと撫でる。藤の穏やかな手つきは暖かく、その心地でふところころと転がる狸を、それでも心ゆくまでもふる。心が悶えたまま、柔らかい腹の毛をもしゃもしゃと撫でる。しまいにはぽんぽんとした尻尾までぽふぽふともふる。前足をにぎにぎと肉球を包むが如く柔らかく握る。
     その愛らしさでにやけそうになる顔を整え、表に浮かばないよう抑えながら、もふもふと思いのままに撫でては柔らかさを堪能する。
    「こんなんでよろしいので?」
     藤が深く頷く。
     狸が本当にこれでいいのかと、まだまだ何かあるならばと首を捻る。それがまた可愛らしい。屈む藤の膝にちょこんと足を乗せながそう言うので更に愛らしく、耐えていたのに思わず大きく笑みを落としてしまう。
     直した根付が入る箱をそっと咥え、風呂敷に置くと手足で頑張って再び抱えようとしていたので、来た時のように首元へ巻く手伝いをした。ぺこりと狸が頭を下げる。
    「ありがとうございます!」
     身を整えた狸がすっと立ち上がる。そうしてとっとっとっと走り出していく。去り際に此方に振り向いて尻尾をぱたぱたとさせると階段を楽しそうに駆け降りて行った。
     藤が嬉しそうに手を振って見送る。
    「……」
    (………あっ)
     ここで我に返る。
     始終無言の蛇にはっと気づき、恐る恐る、そしてゆっくり其方へ振り向く。浮足立つ自分をじっくり観察されていた事に気づいてはごくりと息を飲んだ。
    『……』
     何も語らない蛇と目が合い、そのまま二人して黙り込む。
     ふっと前へと向きなおし、無言のまま此方を見続ける蛇を携えて、早々に境内の掃除を終わらせた。


     それが今朝方の事である。


    「そうだな。愛らしいものは愛でたくなるものだ」
     にこりと笑みを浮かべる蛇にそう言われたのは、何時ものように依頼品を修繕しようと作業場に足を踏み入れた時だった。
     突然身が浮き、気づいた時には膝の上だったのである。


              ❖     ❖     ❖


     以前も脱皮を手伝う蛇へ浮足立つ事もあった。
     藤が〝そうした気持ち〟で接してはいない事は見れば分かる。己へと藤が眼を向けている事も重々認識している。ただ、真に恋敵となるのは人よりも動物なのではと錯覚しそうになる時もあるにはある。只々生物へと心を寄せるならこうと思わないが、対話まで成してくると話は違ってくる。
     現に藤は人とではなく、自身とは違った存在とこうして暮らしているのだから。
    (恋心は「過ごした時間の長さより〝触れた〟頻度で」などという話しもあるらしいからな。念には念を押してもいいだろう?)
     己の独占欲と口実にどうとも知れぬ話で言い訳をしながら、
    「ぁっ、もだめ。や、作業できなくなるからっ、まっ…て、んっ――」
     飽いていた手がはだけた裾から腿を撫でると上り詰めていく。触れ与える度に、抱える中で身がびくりと跳ねていた。感覚から逃れる為に捩れていた身は、今度は堪えようと此方へ押し付けられる。もっと此方を求めてほしい。

    「くちなぁ……」
     ゆっくりと身を返して背後の相手へと向く。
     限界を迎えそうな細い身が上へ乗りかぶさると、物欲しげにうるみ、熱の含まれた眼が此方を見上げていた。その眼に満足し、ふっと息を落とす。
    「楽しそうに撫でていたな。毛の心地は良かったか?」
     藤のあの笑みと眼の輝きは愛らしくて仕方なかった。うきうきと撫でていたのを思い出しては苦笑する。
    「……うん。かわいくて……冬の毛がふわふわとしていてすごくよかった」
     正直な言葉にまた笑みが零れる。
    「私は鱗しかないからな。よい機会だろう」
     何時もの表情で快活に笑う。だがその言葉に藤の頬が少しむくれる。
    「蛇の朽名だって」
    (……朽名を思い出している事なんて知らないでしょ?)
     他の蛇を見かけた時に朽名を思い出している事も多い。ふとした時だって思い出すのは〝自分の一番好きな蛇の姿〟だ。
    「かわいいし……」
     小さく吐き出された音は地面に落下していく。口にするのが恥ずかしすぎて「すき」と言う言葉を飲み込んだ。普段の生活の中で蛇の姿での仕草に可愛さを感じるのも事実だから別に良いのだ。
    (だけど……)

     藤がじとっと蛇を見やる。
     藤が預けていた身を起こすと、腕を伸ばしては自身よりも高めの位置にある頭へと向かう。静かに触れると相手の髪を柔らかくわしわしと撫で回し始めた。
    (それが心惹かれないと思わないでほしい)
    「鱗しかない」なんて心外である。
     雪のように煌めき、美しく艶やかなあの凛とした姿が自分は大好きなのだ。皆それぞれの良さの中で、あの姿も朽名自身の良いと思う事柄の一つで、そしてそうした事とは別に、姿が人でも蛇でも何方であろうが朽名という存在が手放しがたいものだ。
     ややむくれている上に、気恥ずかしさを押し込めた手つきはそれを隠す為に僅かに慌ただしい。わしゃわしゃと揺らされ朽名の髪が乱れていく。しかし乱れる髪などなんのそので、藤の行動にはてなを浮かべ続けた。
    「なにをしてるんだ?」
    「何時もの仕返し。……それに、心地を楽しんでる」
     段々と楽しくなってきた藤がふふっと笑みを溢す。その笑顔につられて蛇もまた笑みを落とした。
     よく分からんが触ってよしと言わんばかりに、上機嫌な蛇が触れやすいように頭を傾げてくれる。
    「……鱗に触れるのもいいのになぁ」
     ぼそりと微かに呟かれたそれは、歓喜に心躍らせ、藤の手つきを楽しんでいる蛇の耳には僅かばかり届かなかった。

     ただ、「毛並みに触れる」のが好きなのかと勘違いした蛇始まりでまた〝戯れ〟が始まり、「蛇の姿の朽名」も良いのだと吐露する羽目になる。後に起こるそれを、(なんだか大きな犬を撫でているみたいになってきた)と思いながら続行する今の藤はまだ知らない。


              ❖     ❖     ❖


     後日、「若! やりましたよ! 無事直りました!」「しかと礼はしたのかと? ご安心してください! この身で支払いましたのです!」と誇らしげで軽快な狸の報告から、何とか詳細な聞き取りをしたらしい事の主が、蔦藤神社へすまなそうに礼をしに訪れたそうな。
     礼を受け、そんな蛇は「いや、十分な対価だ」と好い笑みで返したらしい。




              - 了 -
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