夜明けまで爆豪との付き合いは長くはないが関係は深い。今でこそ収まるところに納まってはいるものの、出会いはあまりいいものではなかった。
出会いは今から3年も前に遡る。その頃、相澤の住む国では当地者が変わり治安が悪くなっている最中だった。城の近くは変わりないように見えても、城から離れ、国境に近付くほど犯罪が増えた。物盗はもちろんのこと、傷害事件も頻繁に起こり、最近では人身売買も行われているという噂がたつようになって、いよいよ黙って見過ごす訳には行かなくなった城のお偉方たちは相澤をリーダーに据えて街の外れに向かうように言付けた。相澤がリーダーに抜擢されたのは単純に相澤が一番国境近くの土地に詳しかったからだ。
相澤は今でこそ傭兵として城勤めをしているが、昔は国境近く、言わば貧民街に住んでいた。貧しかったわけではなく仕事上都合が良かったのだ。その頃の相澤の仕事は賞金稼ぎだった。貧民街には太陽の下を歩けないようなことをしてきたヤツらがわんさといたので、相澤はそんなヤツらを捕まえて回っていた。友人であるマイクはいつも相澤のことを心配していて、顔を見るたびにシロに勤めろ、口利きなんかしなくたってお前が捕まえてきた賞金首たちの数を見りゃすぐに許可も下りる。いつか親友が知らないうちにどこかの路地裏でおっ死ぬんじゃないかって胃を痛めているオレの身にもなってくれ、と嘆願されたのは一度や二度ではなかった。相澤は決まって山田の誘いを断っていた。そんななかで相澤が一度だけ大きな怪我をした。相澤に恨みのある人間に後ろっから刺された。運良くマイクが相澤のもとを訪ねに来た時間とかち合って相澤を刺した男は捕まり、相澤は病院に搬送された。目が覚めたらマイクはおいおいと泣いていて、もうこんなことはいやだと言う。頼むから城に勤めてくれ、こんな死に場所を探すような方法じゃなくたっていい、やることは変わらないのにフリーでやっていく意味がどこにあるんだ。そう言われたからというわけではないが、あんまりにも泣く友人にさすがの相澤も申し訳なくなって首を縦に振った。その頃から相澤は城勤めとなり、勤務先に近い街中に居住区を移した。傭兵のヤツらはほとんどがずっと街中で生活を送ってきた者ばかりで、やれ物盗だ、傷害だ、果ては人身売買だと言われても、それがどこでどのように行われているかてんで想像できない様子だった。これではただの噂話で終わってしまう。貧民街で暮らしていた相澤にはどれも噂ではないことなど痛いほどよく知っていた。街中ではたかが噂と言われながらも人攫いが来るんじゃないかと疑心暗鬼になって、夜道はすっかり暗くなった。どうにかしろとのお達しで右往左往とする連中を前に相澤が名乗りを上げた。
実際に貧民街に足を踏み入れてみると、統治者が変わる前よりもうんと活気があった。それだけ犯罪を冒して街中にはいられない者が増えた証拠でもあった。
連れてきた数名に貧民街と街のあいだにあるモーテルに待機するように命じて、相澤は昔使っていた荒屋で何日か夜を越すことにした。日中に貧民街に滞在するだけでは情報は得られない。治安の悪い場所は夜こそ情報のかきいれ時だった。一人、貧民街に戻ろうとする相澤をマイクが鬼のような形相で止めたので数分間の口論の末、相澤とマイクで荒屋に向かうことになった。
貧民街の夜を五日過ごしてわかったことが2つあった。まず一つ、人身売買は実際に行われている。そしてもう一つ、竜族の個体はよく売れる。
竜族、と聞いて相澤は山田と顔を見合せた。竜族の住む村は、城に背を向けて辿り着く貧民街を抜けてさらに進んだところにある。所詮「国境」だ。ただ国境と言っても国と国のあいだは渓谷になっているので国を渡るためには空を飛んで谷を渡るか、崖をつたって谷底まで降りたあと何千キロという距離を歩いて崖を上る必要がある。その谷底の、何千キロもの土地が竜族の住む場所だった。
竜族は武に長けた種族で、戦闘能力が高い。文明こそ発達していないものの、竜一頭と竜族の男一人で城の兵一個隊くらいは難なく潰してしまえるだろう。そんな戦闘集団の住む場所に丸腰で向かう人間なんていなかったせいで、竜族の村はずっと「不可侵」であり「中立」だった。仮になんらかの交渉を行い、竜族の武力を借りて近くの国に戦争をしかけるようなことをしてはいけなかったし、竜族も他国の揉め事には関わらないとしているようだった。
その竜族が、売れば高値がつくぞ、と貧民街でもっぱらの噂になっている。もっと言うならば、竜族の人間だけじゃなく、竜だって武器屋に流せば良い剣や盾の材料になるといってよく買ってくれるという。実際に貧民街を歩けば竜族の人間こそ見ないものの、竜の鱗や爪で出来た武器を売っている露店はいくつか見つけられた。
これは不味いんじゃないか、と言ったのはマイクだ。竜族は「中立」だが「不可侵」だ。もともと血の気の多い戦闘民族が「中立」を貫いているのは外部の国がきちんと弁えて「不可侵」を守っているからだ。しかし、貧民街の連中は竜に手を出しているし、竜族の人間を捕まえて売ろうとしている。そんなことが竜族に知られたら、竜族が貧民街を、街を、城を、真っ赤な火で包み込んでもおかしくはなかった。むしろ現実はすでに取り返しのつかないところまできている気さえした。
貧民街の夜も2週間をすぎた。
最近になって竜が何頭かいなくなっていることに気がついた竜族が国境近辺に姿を見せると貧民街が沸き立っていた。竜一頭でもいい思いができた。これで竜族の人間を捕まえてうることが出来たら、どれだけたのしい夜を過ごせるだろう。そんなことを夢見た盗賊上がりが、ついに今夜、国境まで赴こうと企てていることを知った。さすがに竜はどこかへ行ったとごまかせても、人間は誤魔化せやしないだろう。相澤は「クソ、」と吐き捨てると、仮眠を取っていたマイクを叩き起した。馬鹿共をつけるぞ、と言って先に荒屋を出れば、後ろからあわてて着いてくる気配がした。他のヤツらは、とマイクが尋ねてくる。目立つから置いていく、携帯食料だけ持ってこい、と言えば重たいため息が返ってきた。
実のところ国境はかなり遠い。馬車もなく、馬もない当地者があがりの集団は歩いて国境まで向かうようだった。相澤の足でも二日はかかる道行は、盗賊たちの足ではおよそ4日を要した。夜に貧民街を経って、着いたのは3日後の夕暮れだ。あんまりにもダラダラと進むものだから、竜族も同胞探しに見切りをつけたんじゃないかと思っていたし、むしろそうであってくれ、どうか出会うことすら叶わないでいてくれと願っていたけれど、世の中はなかなか上手くいかない。盗賊たちの後ろをこそこそつけていたから、だいぶ距離があったはずなのにすぐに解った。
竜と、ひとりの男が立っている。
男が盗賊の集団に気がついたように振り返る。夕陽と同じ色をした瞳が陽を反射してちかちかと光ってみせた。どこかあどけない表情に「子どもか」と嫌な汗が背中を伝った。そんな相澤に反して盗賊たちは喜色の声を上げる。これは高く売れると誰かが言った。相澤が手にしていた捕縛武器を投げたのと、竜が咆哮をあげたのはほとんど同じタイミングだった。あどけなかったはずの男の顔が、みるみる獰猛に歪んでいく。マズい、と頭のなかで警鐘がなる。一人、二人と簀巻きにして後ろに転がす。三人目を捕らえた時に男が腰に携えていた剣を抜いた。男が地を踏み駆け出してくる時に四人目を。相澤が残るはひとりとなった盗賊を縛り上げるのと同時に、男の振りかざす剣が盗賊の喉元に突きつけられた。
「聞き間違えか? 高く売れるつったか」
「…………見逃して、もらうことはできるか」