楓可不『夏のせいにして』 HAMAツアーズからは車で一時間と少し。半世紀以上前から高い知名度と人気を誇るその海水浴場は、来訪者数こそ最盛期からは落ち込んでいるものの、地元や近隣都市の住民から未だ根強い支持を受けているらしい。
「可不可! 多分もうすぐ海が見えるよ」
楓の言葉通り、急に開けた視界には海が広がっていた。ぽつりぽつりと人影が浮かぶ水面が、夏の日差しを受けてキラキラと反射する。緩やかに弧を描く水平線はHAMAの海とは違い、どこまでも続いて見えた。
可不可が小さく感嘆の声を上げると「窓開けようか」と楓が助手席側の窓を開けてくれた。途端に流れ込んでくる熱気に潮の香りが混じる。それは愛するHAMAのものとよく似ていたが、ずっと鮮烈だった。
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