2m超え半神ガチムチマッチョ×押し掛け女房村娘の馴れ初めキィ、と車輪が軋んで揺れが止まる。
里の広場から響く賑やかだったお囃子の音は既に遠く、山道をかなり登ってきたことの証しだった。
年に一度の天狗様へのお供え。限られた男衆しか行けない天狗様の社には、里で作った作物や酒、今朝水揚げされたばかりの新鮮な魚などが荷車いっぱいに乗せられて奉納される。
「天狗様、今年も何卒、何卒、里をお護りくだせぇ。何卒、何卒、宜しくお願い申し上げまさぁ」
柏手を打ち、最も年配の男衆が声を張り上げる。
木々を揺らさんばかりの大声の残響が全て消えたとき
「承ろう」
低く、短い返事と共に、あの方が社から姿を表した。
まず目を引くのはその体躯。身の丈七尺(2m以上)はあろうかという長身に、着物の上からでも分かる筋骨隆々の逞しい四肢。
短く切り揃えられた燃えるような赤髪に、澄んだ翠(みどり)の瞳は時折爆ぜる篝火を閉じ込め静かに揺らめく。
久方振りに目にするあの方の姿に思わず ほう……と溜息を吐く。
あの日……私が山菜採りの帰りに足を滑らせて沢に落ち、死をも覚悟したあの運命の日。
『おい、おい、そこの娘……大丈夫か。動けないのか』
『里に返してやるだけだ。ここで死にたくはないだろう……恐れるな…というのもこの俺の風体では無理だろうが。取って食いはしない。まあ、掴まっていろ』
男衆が祭りへ戻り、再び社に静寂が戻る。
隠れた籠の隙間から外の様子を伺うと、供物の山を順に社へ運び入れているようだった。
あの時はぼんやりとした頭で満足にお礼も言えなかった。
あれから半年。待ちに待ったこの祭りの日。押しかけ女房に!私はなる!
決意を胸に ぐっ……と拳に力を入れたその時、私以外の荷物が全て社へと収められたのが見えた。
次はいよいよ私(の籠)が社に運ばれる……といった段階で、ふと、思い出す。どうやって出ていけば?いきなり押しかけ女房しにきました!なんて引かれるわよね?供物に紛れ込むことに必死でその辺り何にも考えてなかったわ……。
変な方向に思い切りがいいと指摘される己の性格を今更自覚しつつ、どきどきしながら息を潜めて待っていると、天狗様はふぅと溜息混じりに呟いた。
「……この籠は返品だ」
「な、なんでですかぁっ!?」
バッと竹籠の蓋を押し上げたせいで、姿勢を崩し、ごろんごろんと思い切り地面に転び出る。
「あのなぁ……『なんで』はこっちの台詞だ。なんで女が紛れ込んでいる。毎年食い物しかいらんと言っているはずだが」
「あの、私っ……!」
「あぁ……確かに俺はお前を助けた。が、それは奉納品(コレ)に対する見返りだ。お前個人からはなんにも取らん。いらん。帰れ」
「で、でもっ……」
「食えんもんは いらん」
つっけんどんにしっしと追い払われる。
こちらを見ても貰えない。
「ッまた来ますから!ここまでの道覚えましたからね!押しかけ女房してやります!」
背を向けて閉められた社の扉に捨て台詞を吐いて、私はトボトボとお囃子の方へ戻っていった。
それから週に一度、天狗様への社へ通うことは一度も欠かさぬ習慣になった。
始めたてこそ同じように追い払われたが、二度三度、四度五度と通い詰めるうち、天狗様もぽつりぽつりと話をしてくれるようになっていった。
それから季節が一巡したあと、ある冬の日のことだった。
広い社の中で、いつものように囲炉裏を挟んで他愛ない話をする。斜向いの家に3人目の赤ん坊が生まれたこと、庭の椿が綺麗に咲いたこと、昨晩食べた魚の焼き加減が最高だったこと……
常ならば、適当な頃合になると天狗様がもう帰れと言って腰を上げる。が、その日は一向にその気配もなく、不思議に思いながらふと外を見ると、雪がちらついていた。
「寒い寒いと思っていたら……いけない。天狗様、私帰りますね」
「いや、もう遅い」
「え?いえ、まだ降り出したばかりですし、
今出れば充分間に合う……」
「……雪が積もっているから帰れない、だろう?」
じ……、と天狗様の翠の瞳が私を映す。
先程の言葉を頭の中でもう一度繰り返して、はたと思い至った可能性に顔が熱くなる。
「それは、その……そういうことでしょうか」
消え入るような声で呟くと、天狗様は眉根を下げて自嘲気味に言葉を紡ぐ。
「でかい図体で小狡い男だと思うか?延々とお主を帰さん言い訳ばかり考えている」
「か、帰りません」
「ああ、俺の女房になれ。アセビ」