その胸元で揺れる十字架が妙に印象に残った。
もうかなり昔のことである。近所の廃墟であるはずの教会から物音が聞こえることに気がついてしまい、それはもう嫌だったのだが、様子を見に中に入った。
するとステンドグラスから差し込む光の中に、カソックを着た男がひとり立っていたのである。他人の気配に気がついたためか、男は振り返った。光り輝く長い金糸が優雅に弧を描くのに見惚れていたが、男の顔を見てしまうと、その衝撃さえ過去のものだ。
この世のものと思えぬほど美しい男だった。神が手ずから作り上げた美の極致と言っても過言ではないだろう。
男は巡回神父であると名乗った。通りすがりに教会を見かけて、せっかくなのでと立ち寄ったのだそうだ。祈りを捧げるためかと問うと、男は少しばかり困ったように微笑んだ。
不審人物でなかったことに安堵した私は、男と儀礼的に挨拶を交わして、教会を後にした。
正直なところ、男との会話の内容はあまり覚えていない。その胸元で揺れる十字架だけが妙に印象に残っている。あまりの美しさに男を直視出来ず、会話しているさなか、ずっと十字架を見つめていた。
いや別に、床に落ちた男の影から圧のある視線を感じたからとかではない。怖くて早く教会を出たかったとかもない。