時折心の臓が痛む。癒えない傷がそこにあるように。
とうの昔に脈打つことも忘れたような心臓だ。生まれてこの方、傷を負ったこともない。痛むはずがないと理性は言うが、存在を主張するように折りに触れて心臓は傷んだ。
特に輝ける黄金を見るたびに引き攣れた。
例えば風に遊ばれている金糸であったり、思索にしずむ際の目を伏せた横顔であったり、チェスの駒をつまむ指先であったり。特に珍しくもない、日常のさなかの仕草だ。
はて、ではこの心臓はなぜ痛んでいるのか。まさか本体の不手際ではないだろうな、と無意味な考えを巡らせた。触覚の心臓に不具合をつくっておく意味がないので、ありえない話なのだが。
たまに痛む以外に問題もないため、放っておいた傷の意味を理解したのは、計画が最終段階に至ってからだった。
引力を感じた。用済みの触覚を本体が回収しているのだ。ついにこの日が来たか、と多少浮かれたような心地でいたというのに、本体にとけきる前になぜか意識が輪郭を取り戻した。
星々きらめく宇宙のなかで自分自身が目の前に立っていた。目の前に立つ自身の心臓あたりに裂傷がある。金色の傷だ。己の身から発されているとは思えない、輝かしい光。
その手が抱き起したものを見て、息をのむ。もうひとりの自分の視線の先にあるのは、眠るように死んでいる獣であった。激しい戦闘を経たあとのように四肢が砕けて失われている。
それを目にした途端、さかしまに記憶がよみがえる。ああ、そうだ、私の心臓に傷をつけた、私の心臓を動かした始まりの獣だ。ああ、そうだ、おまえと出会わなければ、生きた心地がしないのだ、私は。
「そしてこれは私の目に傷をつけたハイドリヒ、ふふふ、目をつぶされても、焼きつく光は見えた」
宙に漂う友人の遺骸を引き寄せて、その体に刻まれた傷跡に触れる。傷つけられたのと同じところに、同じ傷を残した。
氾濫する記憶は本体との統合が進んでいる証だ。私と私はおなじものであって、差などない。
目の前の私は胴に大きな穴があいたハイドリヒの肉をかき分けて、その中から心臓を両手で掬い上げた。うやうやしく口づけを落とす。獣の傷口からは、生々しい血が溢れていた。ここでは時間の経過などあってないようなものだ。
ああ、だけれど、しかし。
これまで殺してきた獣に囲まれた目の前の自分を見る。少々面白くないと感じている自覚はあった。
ずるいな、と思う。だって、さっきまで私のハイドリヒだったのに。
私の心臓にも傷がほしかった。金色に輝く傷が。