春、桜が咲き始めた頃、良く遊んでいた相手が公園に来なくなって初めて学校の存在を知った。
むすと拗ねた表情で、ぺちぺちと砂場で作り上げた山の肌を叩いて固める。
みんなどうして変わってしまうんだろう。ずうっと今のままで良いのに。
「変わることが怖いか」
砂場のそばに立った養父の影が落ちる。ベンチに座って蓮を見守っていたはずだが、様子がおかしいことに気が付いて見に来てくれたようだ。
穏やかな声音で聞かれて、蓮は考え込んで、小さく頷いた。
もう数十年もこのままであったし、変化を促されるたびに、漠然とした不安を感じる。養父が何処かに行ってしまいそうな予感とでも言えばいいだろうか。血が繋がっていないのも一因かもしれない。
本来は別の人間に預けられるはずだったが、不慮の事故があったために父の友人である養父が引き取ったのだと説明されたときのことを思い出す。成長してしまうと、“本来の場所”に戻されてしまうのではないか。いいや、それでなくとも実父が引き取りに来る可能性もある。それはさすがに無いか。ともかく、変わってしまうかもれしれないという想像は、幼い子供の心に暗い影を落とした。
そんな心の内をぽつぽつと語れば、養父は蓮を抱き上げる。風に煽られて、黄金の髪が靡くのを、養父の肩越しに見た。
「何も恐ろしいことはない」
慈しみに満ちた声であった。とんとんと背中をなだめるように叩かれる。一定のリズムで背を叩かれると、それに釣られて、不安に揺れ動く心も安定し始める。
「……おれ、父親はあんたが良かったな」
くすくすと養父が笑う。妙に楽しげだった。
「なに、血が繋がっていなくとも問題はない。卿を生んだのが誰であれ、何であれ、実の父でなくったって、私は卿を愛そう」
額にくちづけが落ちた。養父の瞳は蕩けた黄金が流動しているように、その色を変えた。
「何度だって生まれておいで。その度に私が愛そう」
「ずっと?」
「ずっと」
「次も俺の父親になってくれる?」
「卿がそれを望むなら」
「……おおきくなるの、がんばる」
「良い子だ。とはいえ、卿にだけ苦労させるのも違うか」
桜吹雪の中、養父の長い髪が舞い上がって、ふつりと途切れた。とっさに手を伸ばして、風にのって流されていく金の髪を掴もうとするが、間に合わない。指先が触れるか否か、切り離された金の髪はそのまま空に溶けていく。
「こちらの姿ではどうにも我慢が利かないからな。ふふ、懐かしい長さだ」
うなじに当たる髪先の感触に、養父がくすぐったげに笑った。その金眼は碧く変わり始めていた。