養父獣殿のやつのいずれたどり着くEND
途中経過書くのめんどくさくなったので、すっとばして最後を書きました。
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まだ、とあがいた。
この身が砕けても諦められないも
のがある。ハイドリヒとの戦いで体の大部分を失い、これがすべての始まりであると察して、もう一度と唱えた。既知がここにあった。
とはいえ今回はなにもかもがおかしかった。とうにやり直してもおかしくなかったのに、それでもなにかあるかもしれないと思って続けてしまった原因は分かりきっている。
黄金の獣が、彼の友人があまりにも普段と異なる行動を取っていたからだ。理性はこの道は”既知の結末”にしかたどり着けないと告げたが、本能は光に惹かれてしまっていた。あと少し、もう少し、そうやって巻き戻しを引き延ばした結果が現在であり、つまり既知の結末であるのだが。期待、諦観、苛立ち、寂寞、あらゆる感情がその胸のなかでうずまいていた。
「ああ、こんなところにいたのか」
時がさかしまに流れ始めようとした瞬間、降ってきた声に水銀は驚きのあまり思考が止まった。逆流するはずの時が静止する。耳触りの良い低音は友人の口から流れ出る時にはことさら麗しく聞こえる。
多少歩きづらそうに足を引きずっているものの、どこからか現れた友人は五体満足のようだった。輝かしい黄金の鬣が歩くたびにゆらめく。
この上下左右に意味がない空間で、黄金の獣はそこに道があるかのように自然なふるまいで歩き、水銀のそばで足をとめた。
「卿、さすがにしぶといな」
苦笑まじりのからかいといたわりであった。話しやすいようにするためか、上半身しか残っていない水銀を引き寄せた。そして少し迷ったあと、その場に座って自らの膝のうえに水銀の頭をのせた。黒い髪を丁寧に整えて、これ以上水銀の体が崩れないように罅が入っている箇所を撫でた。
「答え合わせをしようか、カール」
黄金の瞳が蛇をみおろしていた。膝に寝かせた頭をゆったりと撫でつつ、獣がいたずらっぽく笑う。此度の異変について話をしようというのだ。
「実は私、すでに一度卿に願いを叶えてもらったことがあってな」
馬鹿な。思わず口をついて出た本音に、黄金の獣は面白そうに笑った。
そんなことはありえない。彼の望みを叶えられていないのは、誰よりも理解している。
「であるから、次は卿の望みを叶えようと思ったわけだ」
「おまえが殺してくれると?」
「そう逸るな。卿の願いはそれではないはずだ」
黒い髪を撫で梳かして、言い聞かせる。
妙な時間だった。いっそ時が止まってしまったような。それは水銀の渇望ではないというのに。
「ふむ、卿、もう少し表情を取り繕いたまえ。好きな女の前では気取りたいものだろう」
むいむいと頬を引っ張られて、水銀はなんの話だと顔をしかめた。
「気が付いていないのか? 珍しいことだ」
うながされるまま視線を滑らせて、水銀は息をのんだ。
やわらかくうねる金の髪。慈愛を秘めた緑の目。女神と慕った女であった。
「カリオストロ……」
すいと空を滑るように近づいてきた女はなんとも複雑な表情を浮かべている。
太陽がこの場にふたつもある! 理性がまずまっさきに悲鳴をあげた。本能だって似たようなものだ。視界に光があふれて、なにもかもがホワイトアウトしていく。きちんと見えるのはただふたりだった。よく似たふたりだけが視界にうつる。
「ね、カリオストロ。聞かせて、あなたの願い」
あまったるい声音に、すべてをこの場でつまびらかにせねばならぬと、水銀はおのれの胸のうちをぶちまけた。この場でしかできないことだろう。すべてをさらけだして、相手に判断をゆだねることが、これほど清々しいものだと初めて知った。あたたかなふたつの光に溶かされて、ゆったりとまどろむような時間。
長い長い告白のあと、ゆっくりと伸びてきた女神の腕を、水銀は歓喜をもって受け入れた。受け入れようとした。黄金の獣の膝に寝かされて、女神の抱擁を正面から受け止めるはずだった。
しかし。
しかし。
かすかな笑い声とともに、友人の指が水銀の額を撫でて、そのまま離れていくから。
待ち望んでいたはずの抱擁なのに、遠ざかっていくもうひとつの光を求めて手を伸ばした。その黒いコートのすそが、指先をかすめたと思ったその時、おのれの首が落ちて。
次の瞬間、水銀は座に座っていた。
できたばかりの世界を見下ろして、ただただ反芻していた。
次は放さない。脳裡をうめつくすのはそればかりだ。