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    クノ🎲

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    夢人 情景描写 相棒匂わせムーブをしがち 今の住居の初めての秋

    新世界の秋:風景 十六時過ぎに起きてしまった。早すぎる
     夢人はスマートフォンのディスプレイを見て軽い絶望を覚えた。確かに今朝は眠りについたのが割りかしに早かった。後悔する。かといってもう一度眠りにつくのも難しそうだ。妙に頭が冴えている。無理に寝ようとするのは苦手だ。寝付くまで何もしない時間をやり過ごさなければいけないから。
     窓、カーテンの隙間からオレンジ色の光が溢れていることにもなお絶望した。カーテンの遮光率はほぼ百パーセントというが、覆いきれないところはいかんともしがたい。ほんのわずかな間を、太陽の光は容赦なく突き刺してくる。夢人が馴染んでいるのは人工的な光だ。
     仕方なしに、本当に仕方なしに起き上がる。クーラーの風量が強かったのか、喉がひどく渇いている。炭酸水が欲しい。あのぱちぱちとした刺激で太陽にやられた脳を叩き直してほしい。キッチンへ。
     残念ながら、目的のものは冷蔵庫にもストッカーにもなかった。小さく息を漏らす。別段喉を潤すだけなら水道水で全く構わないのだが、一度欲しいものが具体的に脳裡に浮かぶと、それを浅ましく欲してしまう。頭の中が一つの思考でいっぱいになる。もっとも、それ自体は歓迎できないわけではなかった。雑多で面倒な考えが頭の中で繁殖するよりはよほどいい。
     とはいえ、欲望は果たされるまで思考を痛めつける。しばらくの逡巡ののち、夢人は他人からみればどうでもいい、しかし自分にしては重大な決意をした。外に買いに行く。覚えている限りでは、近くの自動販売機にはいつも飲んでいる商品はない。コンビニエンスストアまで少し歩く必要があるだろう。もう一つ息をついた。これは明確にため息だった。

     もちろん、夢人は吸血鬼のような怪物ではない。病人でもない。太陽の光を浴びて灰になるわけではないし、太陽光への過敏症があるわけでもない。ただただ慣れていないから好まないだけだ。
     寝ぐらから出て、太陽のもとへ身体を晒した。羽織っているオーバーサイズのコートが夏には暑苦しいのも日中を嫌う原因の一つだが、思ったより不快ではなかった。もう秋なのだ。湿気の少ない風が吹いている。銃を隠すためには、どうしても上着がいる。近所に行くだけのために武装をする必要はあまりないのかもしれないが、これらがないとどうにも心許ない気分になってしまって、携帯しがちだ。ああそうだ、行き交う人の奇異の視線に晒されるのも、日中に出歩きたくない理由の一つである。こうやって……。
     背広を着た男の視線から逃げるようにして、空を見る。西を目指すと太陽が目の前にあるからいけない。遠くに見ゆるビルとビルの間に沈んでいく赤。空を染めているが、夢人の馴染みのある色ではない。それは、同じ赤でももっと暗くて、粘り気のある冷たい色だ。建物が太陽の影になってほとんど真っ黒になっているのだけは悪くなかった。それは馴染みのある色なので。
     ぼんやり歩いていると、見慣れない風景になっていることに気がついた。どうやら曲がるべきところを通過してしまっていたようだ。思考が麻痺するのを夢人は好んでいるが、外では控えるべきである。ということは解っているのだが、時折やらかしてしまう。
     さて、Uターンするか次の曲がり角まで歩くか。足を止めていると、耳に音楽が運ばれてきた。今の寝ぐらに居つくようになってから、たまに、あるいはしばしば聞くメロディだ。正体は判然としないが、これが鳴る条件は理解している。十七時になったとき、町中のスピーカーから発せられる。時報のようなものなのだろうが、なぜこの時間なのかは解らない。
     と、子どもの声が二種類聞こえた。
    「やだ、早く終わんないと」
    「あと二戦くらいはしたいのに」
    「そんなんしてたらおかーさんに怒られちゃうし、僕は帰る」
    「あーあ、また明日か……」
     なるほど。ようやく察することができた。
     向かう先の方に、小さな公園があった。そこの石段に十歳に満たないくらいの子どもが二人、ゲーム機を持って喧々轟々と話している。一人はもう片付けを始めているが、もう一人は不満げだ。
     子どもが帰る合図。
     夢人は立ちっぱなしで、二人の様子を見ていた。少し離れているからか、見咎められることはなかった。結局は二人ともゲーム機を鞄の中にしまい、別れを告げる。反対方向に歩んでいく。つまり、片方は夢人の進行方向へ、そして片方は夢人の方へ。
     すぐに帰ると言った子どもは、両手を几帳面に振りながら歩いてくる。ゲームを中断されたわりには、機嫌は悪くなさそうだった。
    「とーおきー、やーまにー、ひーはおーちてー」
     あのメロディを、言葉で綴っていた。歌うのが好きなのかもしれない。夢人のことなどいないかのようにすぐ横を過ぎ去っていく。もう少し危機意識は持ったほうがいいとは思う。
     だが、それよりも新たな情報が夢人の中を駆け巡っていった。
    「歌詞、あるんやな」
     小さくひとりごちる。妙におかしかった。スマートフォンを開き、インターネットブラウザを開く。『とおきやまにひはおちて』。二番まであった。もとは海外のクラシック音楽らしい。それがどうして子どもの帰る曲になったのかは知らないが。
    「……と、おき」
     もちろん、一度聞いただけで音に言葉をはめるのは難しい。どこを伸ばしているのか解らないまま口ずさんでも拙いばかりだ。だが、動画を観ればもう少しは上達するだろう。
    「貝然、知っとるかな」
     うっすらと笑みが浮かぶのを感じる。なんであれ、話題があるというのはとても良いことだ。食卓の話題が物騒ばかりではつまらないと思っているから。
     太陽の光を厭うばかりでなくなったことを喜びながら、夢人は次の曲がり角まで歩くことに決めた。
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