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    クノ🎲

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    康介 自己紹介SS

    おはようさよならもう二度と 目の前の女の表情に、諦念の中にほんの少し期待がある、と分析できるのがもう嫌だった。
    「付き合わない?」
     たったそれだけの言葉のために、どれだけ心の労力を使っただろう。どうせ無駄なことはお互い解っている。いや、向こうは解りきっていないからこういうことを言うのだ。
     真瀬康介の家に女を一人連れ込み、一晩を共に過ごしたあとの朝だった。女の後にシャワーを浴び、暑さが抜けないのでボトムスだけ適当に履いて部屋に戻ってきたところだった。女はすっかり昨日の服を綺麗に着込み、化粧まで終わっていた。汚れたシーツの上ではなく、カーペットの上に座っている。
     康介はあー、と唸りながら頭を掻いた。
    「や、付き合うとかはないから」
    「で、しょーね」
     深いため息。期待をあっさり打ち砕いた。康介に罪悪感が全くないわけではないが、そもそも最初から言っていた話なのだ。ワンナイトでしかないと。
    「一応聞いておくけど、それは男の方がより好き、とか恋人なら男の方がいい、とかそういうのじゃなくて?」
    「じゃなくて。単にカレカノ作んの嫌なだけ」
    「で、しょーね」
     もう一つ深いため息。バイの性的嗜好を持つから、こういういらぬ勘違いを持たれてしまう。一つ質疑応答が増えてしまうのは面倒なことだ。
     だいたい、それでもこういう割り切りができる人間としか肉体関係を持たないようにしているのだ。女でも男でも。さらに言えば、バイであることを公言しているため、男ともセックスしていることを許容できる女ということがだいぶん限られるし、女ともセックスしているのを許容できる男というのもまあまあ限られている。お陰でワンナイトに持ち込める機会は、康介から見れば全く少ない。友人に言わせれば一週間に二度もできればよほどの頻度なそうだが。一人になりたいときも週に一度はあるが、それ以外は誰かの肌を感じていたいと思う。
    「なに、そんなに良かった? セフレならまあ、ちょっとは考えなくもないけど」
    「そういうのとは違うんだよなー」
     女は不快そうに眉をひそめる。あんまり明け透けなことを言うのは嫌らしい。ワンナイトには同意したくせに。
    「じゃあたった一晩で俺に本気になったの?」
    「うーん」
     女は腕組みをした。グラデーションのネイルが見える。それなりに長く切り揃えられているせいで、背中に食い込んだ時は痛かった。
    「まあ、そういうことになるのかな……?」
     疑問形だ。だいたいの人間は感情ばかりが突き走って、それがなぜなのか、理性を考えるのは後付けだ。その辺りが康介にはどうにも理解できない。よくもそれで嫌われないものだ
    「ああ」
     と、彼女は腕を解いた。
    「あたしさ、結構ブラコンだったんだ。弟」
    「過去形じゃん」
    「もう卒業よ、卒業。なんかかわいー彼女作ったらしくて。もうあたしが溺愛する必要ないなって思ってさ……。まあ別れたらどうなるか解んないけど」
    「ふぅん」
     と相槌を打ちつつ、康介は既に後悔していた。こういうのが嫌だから、あえて恋人を作らないのだ。ひとの深いところに立ち入りたくない。そうしたら、正しい対応ができなくなってしまいそうで。
     適当に切り上げることを考えながら、口を開く。
    「なーんか似てるんだよね。刹那的なところとか……コーヒーカップ二人分持ってるのに、全然揃ってないところとか」
    「なにそれ」
    「恋人作る気がなさそうだったってこと。できたけど」
     康介は内心、馬鹿にした。たったそれだけで二人の人格を似たようなもの扱いするだなんて、実に滑稽な話だった。
    「んじゃ、俺は弟クンの代わりってこと? しかも時限付きの」
    「そうかも」
    「ひっでぇ」
     けらけら笑う。それも冗談だと明らかに解るやり方で。女は一瞬真剣な表情で口を開きかけたが、すぐに閉じた。謝罪をしようとしたのだろうが、それを受け取るのも重い。
    「まあそっか。そりゃひどいな。でもあんたも大概ひどいからチャラってことで」
    「ええー、俺はちゃんと今日だけですってやってるし、セーフティだし、なんも酷くないじゃん?」
    「別にそんなつもりじゃなかったのに、気づいたらやることやってる風に誘導するのはひどいっていうんだって」
     小さく舌を出す。これに関しては、彼女の指摘は的確だった。自分の『対象内』だと思った人間に対しては、積極的にアプローチする。何しろ射程範囲が狭いのだ。機会は可能な限り逃したくない。口八丁手八丁を使ってどうにか自分の部屋に連れ帰る。
    「いいじゃん、よかったっしょ?」
    「よかっても、嫌なもんは嫌なの」
    「ふぅん、辞書に入れとくよ」
    「辞書?」
    「心の辞書」
    「何それ」
     今度は女が笑った。康介は大真面目だったが、追随して笑った。ちょっと涼しくなってきたので、Tシャツも着ることにする。
    「朝ごはん、食べに行く? 近所にモーニング旨いカフェがあってさ」
    「いいけど、それはいいんだ」
    「少なくとも、君からはもう告白はないっしょ」
    「なるほど」
     女は頷き、近くに転がっていた自身のバッグを手に取った。一方、康介は財布とスマートフォンだけをボトムスのポケットに詰め込む。
    「あたしは結構そういうの嫌だから帰るわ」
    「あ、そ」
     肩をそびやかす。これも『心の辞書』に入れておく必要があるだろう。
     女も男も老いも若きも、康介はこの辞書で会話を対応している。幼少期はこれがなかったせいで、人とのコミュニケーションに大変な問題があった。自分のことばかり喋っていたし、相手の言いたいことを全く汲み取れなかったし、空気の間も取れなかった。そのことが原因で、ずいぶんいじめられもした。
     中学生になったあたりから、心の中に辞書を作ることにした。自分がどういうことを言ったら、相手がどういう風に返すのか。もちろん、人間には全て同じではないが、いくつかのタイプに分類することができる。少なくとも深い関係にならなければ。だから、人を継続的に近づけるのは、今でも嫌いだ。
    「ま、いいや。俺はメシ食いたいから、出るのだけ一緒に出よーよ」
    「若干それも不本意だけど、解った」
    「複雑ぅ」
     茶化す。実際は切実なのだが。何が不本意なのか聞いてみたいものだが、そういう空気ではない。後で友人に話して何を思っているのか、どう答えるのか正解を探しておこう。きっと渋い顔をされるだろう。表面ばかりでまともに人と向き合うことをしていないと。
     そうやって、真瀬康介は生きている。
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