月の光「あおちゃんに聴かせたいものがあるんだ」
穏やかな微笑みをしためーくんがそっとスマホで撮った動画を見せてくれる。
そこに映っているのは、中学生くらいの小さなボクがリビングのグランドピアノで
ドビュッシーの月の光を弾いている。
「こ、これ…」
「あいせくんの好きな曲だってさ。」
少年のボクとして過ごした1週間はやっぱり夢ではなかったのだ。
暗い部屋で窓辺に立ち月へと両手を広げて伸ばす小さなボク。この頃のボクは暗闇が怖くて夜が怖くて、窓から見える月や星にも縋っていた。
気が付けば涙の岸辺は溢れて暖かく頬を濡らす。
「…ボク、自分の演奏で泣いたのはじめて……」
まだまだ拙い演奏だけれど、愛しい人を想って弾いた月の光はなんて優しい音色だろうか
とめどなく涙がこぼれ、お気に入りのレースのハンカチはすっかり濡れそぼる。
「…この時の演奏はこの頃のボクしか弾けない音だけど、今のボクとして弾いてみたい…今はもう、あたたかい夜を知ったから。」
「この動画、あおちゃんにあげる。今のあおちゃんの月の光…完成したらまた記念に動画撮ろ。」
「…ふふ、良いよ!もちろん特等席にはあいせくんをご招待しなくっちゃ!」
そして次のコンサートにて、月の光と愛の夢第3番をプログラムに入れるあおめくんはきっと居る事でしょう。
特等席にはもちろん愛する人を…