命運前夜祭『そろそろ誕生日だね』
『何か欲しいものはある?』
実兄から送られてきたメッセージ。
ぼくは、カレンダーを見る。あと一週間足らずで、ぼくは19歳になる。
『いいイヤホンが欲しい』
ぼくはそう送った。兄からは、すぐに『了解』の返信が来た。
ぼくは鏡を見た。兄が作ったクラゲの被り物、その触手が揺れた。
前まではヘッドフォンを愛用していたけれど、この被り物をしながらヘッドフォンをつけることはできない。できれば、カナル型のイヤホンが欲しい。低音の響く、ちょっといいもの。
幼い頃は貧乏を極めた生活をしてきたから、安かろう悪かろうには慣れているけれど。どうせ今は、二人兄弟にら余りあるほどの金をもらっている。だから、幼い頃の分を取り返すつもりで贅沢したって罰は当たらないだろう。
ぼくは、引き出しから古ぼけたお菓子の箱を取り出すと、恭しく両手で開けた。
その中には、誰の目で見ても明らかなガラクタばかりが詰まっている。
河原で拾ったと思われる石。
お世辞にも綺麗とは言えない、潰れきった花で作った栞。
ジャンク品だったのだろう、壊れたゲーム機の破片。
(これは、4歳の時)
(これは、6歳の時)
(これは、10歳の時)
8つ年上の兄が、自分なりの宝物や、なけなしの金でなんとか手にしてきたもの。毎年6月22日に、ぼくにくれてきたもの。
「フマナ」
ぼくは、その名前を呟いた。
兄は、不思議な人だと思う。
だって、ぼくを可愛がってくれるのだから。
ぼくさえいなければ、幸せな家族でいられたはずだった。それをぶち壊して生まれたぼくを、きちんと『弟』のまま育ててくれた。
それどころか、ぼくがヌビアの子と分かった途端、ヌビア学を究めるために、一心不乱に勉強に打ち込んだ。最短で、ヌビア学の博士号を手に入れるまでに至った。
本当に、不思議な人だ。
(……2人で写った写真とか、撮っておけばよかった)
ぼくは、ぼんやり思った。この居住区に住み始めてしまった以上、もう、兄弟として振る舞うことはできない。
【ヌビアの子】と、それを研究する【フマナ博士】でしかいられない。
(フマナ、って、気軽に呼べない)
兄は、解呪のために、日々多くの実験を重ねているという。自分を使った実験は、まだ行われたことがない。けれど、【記憶】や【知識】なんかは、よく呼び出されているそうだ。特に【記憶】は、『フマナ博士の実験は、しんどいから嫌いだ』と言っていた。
(…………ぼくも、フマナ博士って呼ばなきゃ)
兄弟ではなく、一人の人間同士として振る舞うことを求めたのは、自分。
そうあることを受け入れたのも、自分。
だというのに、早々に、兄が恋しくて胸が痛むなんて。
ぼくは、もう一度ガラクタまみれの『宝箱』を見た。
今度もらうイヤホンも、壊れたら、きっとこの中に入れて取っておくのだろう。
ぼくはそうっと、蓋を閉めた。