オリの独り言②...オリの独り言
寝ぼけ眼で洗面台に立つ。歯を磨いて顔を洗って。拭き残しがないか確認するために鏡を見た。
「...かあさん、目が変な色してるんだ」
※
「原因は分かりません。先天性の色素異常が浮き出てきたのでしょう。メラノーマの場合もありますが、すぐに調べるためには眼球を摘出しなければなりませんし、10代なのでこのまま様子を見ても良いかもりれません。眼球の腫脹や違和感があったら再診をするのが良いと思います」
突然現れた黒点はどんどんと広がり、数週間もしないうちに白目を覆い、空洞に眼球が浮かんだように見える。けれど原因不明、異常なしとあれば特に気にすることもないと母は言っていたから隠すこともせずに学校へ通った。
「気持ち悪い、寄るなよばい菌がうつる」
「...オリ菌が伝染るぞ触ったら俺達も目が黒くなる」
こうなる事は誰も予想できたであろう事だ、
いくら伝染らないと伝えても、いくら仕方の無いことだと伝えても無意味で。
いつしか自分は学校では孤立し、居場所はあの大豪邸の子供部屋しか無くなっていたのだ。
母に癇癪を起こして問えば、悲しげに「お母さんのせいでごめんね」と謝られ、泣かれ。母に当たることがお門違いだと理解していても止められず。
ついぞ母は目の前の赤子の世話と自分の事で気を病み、そのせいか大病まで患って入院してしまった。それからは赤子の世話が自分へと移り、無視と世話、自身の学校中退を経てこの家の専属の世話係となる。
...
赤子への世話はこうだ。奥様と旦那様からは極力声をかけるなと言われている。ミルクの時間の揺り起こし、粉ミルクを作って接種させ。ゲップをさせてベッドへ寝かせ、オムツを変えて愚図っても抱かず放置。(...は、できなかった。これは不可抗力だ。泣いていては自分が眠れないから)
園児になってからは奥様は無視と必要最低限の食事と追加のルールをお決めになられた。これ以上この子に長居(長生き)して欲しくないのだろう。これが中学まで続いた。
そんな生活の中でも子供はすくすくと育つ。
学校ではどう過ごしているか知らないが、会話はなくとも朝起きて向かう時は楽しそうに見えた。
「...これを母さんと、とおさんに渡してほしいが、.......です。渡して欲しいです」
ある日、子供が.....龍様がご両親にプレゼントを買ってこられた。可愛らしくお揃いの柄があしらわれたグラス。(なぜ中身を知っているかって?それはお分かりになるでしょう)
門限を破って自身の食事も抜かれることになっても買ってきたそれ、無言で受け取って届けに行った。
「...奥様、旦那様。龍様からプレゼントです。おふたりの記念日だとどこかで知ったのだと思います」
返事はなかった。お部屋に置いて去った。
次の日にそのまま返されていた。龍様は悲しげにそれを見つめてバラしてゴミ箱へ投げ捨てた。
可愛らしい柄の入った、ペアのグラスだった。
...
母の容態は良くなかった。
ぼう、と病院の天井を見る母に謝りながら手を握る他なかった。
きっともう長くない。
....
恋をした。
買い出しに行く、コンビニの店員の女の子。
ひょんなことから色々な話をした。豪邸に務めているとか、学がないとか。どんな話にも彼女は笑って、こんな自分にも優しくしてくれた。
こんな優しい彼女なら、自分のこの覆いかぶさった醜い姿を見ても愛してくれるんじゃないか。
...
元気だった頃、落ち込む自分に母は何度も言い聞かせるように言った。
「あなたの特別を愛してくれる人がきっといるわ。いなくても、それを恨んで相手に押し付けたらいけないのよ。あなたは、あなたを愛してあげて」
「気持ち悪い...今まで隠してきたなんて最低じゃん病気キッショ、最悪」
かあさん、恨まないなんてどうしてできるんだろう。
....
関心を持つということ、愛すること、嫌いなこと、好きなこと。
全てがなければ何も期待を抱かなければ楽に生きていける。
...
「俺の部屋のもんは、全部要らん。数は無いが、捨ててくれ。ここには戻らん、もう二度と」
「承知致しました」
龍様が出ていった。
奥様と旦那様は酷く喜んだ。
「...今まで、お世話になりました」
「面倒をかけたわね。退職金は弾むわ、お世話様」
奥様。
ああ、奥様。
「........ぇえ、とても面倒をかけられました。最低でした。本当に」
...
湯葉、と言う変な男にあった。目を見て要らなくなったら取ってやると言われた。それもいいかもと一瞬思った。けれど、それでは母の言葉に背いてしまう。自分が迷惑をかけてしまった母に。今も死に向かっている謝罪も受け入れて貰えない母に。
前髪があれば、普通にみんな接してくれるのに目を見たら態度が変わる。いらない訳じゃない、嫌いなわけじゃない。取りたいわけじゃない。この目、ありきの自分を汚いと言わず蔑まず、それが僕だと言ってくれる人がいたら。
「....まあ、この歳になって...高望みですよね」
今日でお別れの子猫が、ひとしきり前髪で遊んだ後に腕の中で小さく「にゃあ」と泣いた。