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    きゃら

    オベヴォにお熱
    お題箱→ https://odaibako.net/u/kyara_his

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    POIPOI 298

    きゃら

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    今日のオベヴォ。現パロでヴォにょたで村キャスが添える程度にある。続きます。

    オベヴォ♀と村キャスがダブルデートする話1「服が欲しい」
    「服?珍しいね、どこか出かけるの?」
    「そうじゃないけど、理由がないとだめ?」
    「そんな事ないさ。君が何かを強請ってくるのが珍しかったから聞いただけ。で、どこに行くんだい」
    「や、あの、ひとりで、買いたくて」
    というやりとりをしたのが先週。
    興味津々のオベロンの目を盗んでの買い物はなかなかに難易度が高かった。
    ヴォーティガーンは胸に抱えたファンシーな紙袋を開けて、ドキドキしながら中身を取り出した。
    買ったのは白いレースのワンピースだった。
    初めて欲しいと思った服だった。
    シンプルながらレースをあしらいところどころにリボンをアクセントにしたガーリーなデザインは、ヴォーティガーンのクロゼットにはなかった。本当はこういう服が好きなのだけれど、それをいうのが恥ずかしくていつも我慢していた。
    だけどこれだけは一目見た時からずっと忘れられないワンピースだったのだ。
    言うか言うまいか悩んだ末に、なんとかオベロンに見られることなく買うことができた。
    ヴォーティガーンは丁寧に袋を開けてワンピースを取り出した。鏡の前であてがうだけで満足するつもりだったが、開けてみたら断然着てみたい欲に駆られてしまう。
    服を脱いでワンピースにさっと着替えた。
    傷つけないように、壊してしまわないように破ってしまわないように。レースが多く使われているワンピースの扱い方にヴォーティガーンは疲れるほど慎重になった。
    背中のリボンを結んであれだけ焦がれたワンピースを着た。着てしまった。恥ずかしさと嬉しさでドキドキのまま再び鏡の前に立つ。
    姿見に写った自分の姿を見て、胸のときめきは一気に覚めてしまった。
    店のマネキンが着ていた時は見とれるほど素敵だったのに、今鏡で見たらなんと似合わないこと。言葉を失った。
    その姿を見て一気に冷静になったヴォーティガーンは急いで服を脱いだ。
    似合うわけないだろ。似合うわけないって自分でもわかってたからこういう服は買ってこなかった。一目惚れしたからなんだ。マネキンが可愛かったからなんだ。なんて酷い勘違いだろう。
    私がこんな服似合うわけない。
    ガリガリの手足にくびれも凹凸もない薄っぺらい身体。それを覆う包帯と痣や火傷のあと。黒くて汚いボサボサの髪。白い素敵なワンピースが一気に見窄らしく価値のないものに見えた。
    一度着た服をもう一度袋にしまい、紙袋の中に戻した。そしてそれをクロゼットの奥底に仕舞い込む。間違ってもオベロンが掘り出さないように、上からたくさんのものを乗せた。
    扉を閉じるのと同時に憧れにも蓋をした。
    自分は可愛い女の子にはなれない。ずずっと鼻を啜って、服を脱いだままの下着姿でしばらく立ち尽くした。
    本当は子供は1人でよかった。そう言われた。
    髪が綺麗で目が綺麗で可愛かったオベロンを選んだ両親は、ヴォーティガーンをモノのように扱った。欲しかった子供ではなかったから心は痛まないらしい。
    本当はぬいぐるみだって可愛い服だってカラフルで綺麗な色の飴玉だって、普通の女の子と同じくらい好きだった。
    でもそんなものを与えられたことはなかった。捨てられる前のようなよれよれの大きなシャツの裾を結んで着ていた。
    オベロンは優しかったから、こっそりと人形を貸してくれた。お姫様の絵本を夜中に2人で隠れて読んだ。キラキラのドレスにキラキラのティアラを乗せた綺麗なお姫さまを見てはしゃいだこともある。
    「オベロンみたい」
    そう言ったら「そんなことないよ」と言った。
    「きっとヴォーティの方がずっとずっと綺麗になるはずだよ」
    当時幼かった自分はオベロンのその言葉に目を輝かせて喜んだ。
    「シンデレラみたいになれるかな」
    なんて無邪気で愚かな期待だろう。
    なれるわけない。私に王子様なんて現れるわけもないのに。

    「旅行……」
    「うん。夏休みに入ったし、行こうよ。ヴォーティ出不精でしょ、行き先とか全部僕が決めるから、行こうよ」
    世間は夏休みだ。オベロンも長い夏休み期間に入った。
    ヴォーティガーンは麦茶を飲みながら考える。
    旅行、言われてみたら行ったことない。遠出の経験は高校までの修学旅行とか遠足くらいだった。
    家族旅行はいつも留守番していた。オベロンがたくさんいろんな話を聞かせてくれたから、寂しくなかったし羨ましいとも思わなかった。
    むしろ両親のいない数日間が1年間で最も平和な日だった。
    逆に彼は夏休みなのに友達と遊ばないのだろうか。それこそ同性の友達との方がそういうのは楽しいものではないのか?
    「わたしは…」
    「村正とアルトリアも呼ぼう。4人で行こう。それなら君も安心だろう」
    「……」
    村正とアルトリアは2人の幼馴染だった。ヴォーティガーンの事情を知る数少ない友人だ。
    「ね?いいだろ?」
    期待に満ちたキラキラとした目をヴォーティガーンは断ることができなかった。
    渋々頷くと彼は嬉しそうに声を上げた。
    せっかく誘ってくれたのだ。期待はずれだったと思われないようにしないと。

    「オベロンから誘ってくるなんて変なのと思ってたけど、ヴォーティガーンも一緒だったんだね」
    「ごめん、巻き込んで」
    「いいのいいの!予定なかったのも事実だし。とびっきり可愛い格好していこう」
    「は?」
    「今日はそのためのショッピングでしょ?」
    プライベートで旅行なんて行ったことがないと、アルトリアに声をかけたらあれよあれよと買い物に行くことになった。
    いつものだらだらのシャツで行くわけにはいかないと、さすがに理解はしていたしオベロンの隣を歩くのだからみっともない格好はできない。
    「でも、可愛い格好は、その」
    「私が惨めになるから」
    「そんなことないだろ…」
    「ヴォーティガーンってどういう服が好きなの?1人が恥ずかしいなら私も同じ格好しようかな。ほら、双子コーデみたいな?双子の隣でするものじゃないけど」
    アルトリアに手を引かれて可愛い服を見て歩く。
    ミーハーな彼女は流行りのデザインを見つけては飛びついていたが、そういうものに全く興味も知識もなかったヴォーティガーンはそれを近くで眺めて適当に相槌を打っていた。彼女の言葉が耳に入ってこない。
    この間一目惚れして買った服の店もすぐ近くにあったからだ。このショッピングモールを指定された時から不安はあったが、やはり近くまで来てしまった。
    似合わない服が好みだと知られては恥ずかしいので知らないフリをして通り過ぎよう。アルトリアもきっと好みではないはずだし。
    「あー!あのお店。みてもいい?」
    声を上げたアルトリアが指差す方向には例の店があった。
    「……いや、私は似合わないから、いいよ…」
    「そんなことないよ。ヴォーティガーンに似合う」
    お世辞だろう。
    アルトリアがぐいぐいと腕を引っ張る。重い足取りでついていった。
    アルトリアがまっすぐ向かったのはマネキンが着ていた白いワンピースだった。自分が買ったものと同じものだ。
    「これなんて似合うと思うんだけど」
    「………」
    「ヴォーティガーン、こういうの好きでしょ」
    ドキっとした。どうしてわかるのだろう。
    「…‥こんな服、着たことないよ」
    「そうだけど、なんとなくそんな気がしたの。私なんかこんなの絶対似合わないよ」
    「そんなことない。アルトリアみたいな可愛い女の子が着た方がきっと似合う」
    「…この服持ってるの?」
    「ほしいならあげようか。まだ1度しか着てないよ」
    観念して白状した。
    彼女が欲しいというなら不安の種も無くなる。彼女も欲しかったワンピースが手に入る。利害が一致したなら私なんかがこの服を買ったことを彼女にバレても笑い話で終わるかもしれない。
    私は心からこの服はアルトリアこそ似合うと思った。私よりもずっと女の子らしくて可愛いから。
    アルトリアは少し驚いた顔をしていた。その顔が辛くて目を逸らす。
    「初めて買った服なんだけど、着てみたら似合わなくて。服なんて買ったことなかったから、失敗しちゃったの。アルトリアもあるだろ?」
    ふにゃと笑ったつもりで話をする。恥ずかしくて泣きそうだったから。
    「それ、誰かに見せたの?」
    「みせるわけないよ。本当に酷かったんだから」
    「わたし、いらない」
    アルトリアの声が冷たく聞こえた。
    似合わない、なんて言って本当は持っていたなんて嘘をついたからだろうか。それとも要らないものを押し付けようとしてることがバレて怒ったのだろうか。
    私が持っていなければ彼女が買えたからだろうか。
    「そっか。そうだね、おさがりなんて嫌だね。ごめんね」
    「そうじゃなくて、私も同じの買う!これで双子コーデしよ」
    「何言ってんのお前」
    アルトリアは宣言するや否や、自分の服のサイズを探し出してものすごい速さでレジに向かう。止める暇もない速さだった。ショッパーを抱えて戻ってきた彼女にようやく「なにしてるの」と尋ねた。
    「だってヴォーティガーンは持ってるんでしょ?私が買えば済むじゃない!」
    「着るなんて言っていないのに、こんな安くないもの簡単に買ったりして」
    「おそろいにしよ。髪型も一緒にして、オベロンよりも仲良く見せてやろ!」
    「アルトリア」
    やる気のアルトリアにヴォーティガーンは強めに名前を呼ぶ。
    「わ、わたしは、着たくない。誰にも見せたくないの。オベロンに、みっともないって思われたくない」
    ショルダーバッグの紐を不安で掴んだ。
    「私には似合わない。こんな服、私は着れない」
    アルトリアの受けた虐待はネグレクトだった。それでも近所に村正がいたから助けてもらえた。料理を教わって、掃除の仕方を教わって、自立をした。小さい子供が生活のあれこれを訪ねてくる様子を不思議に思った村正が相談所に駆け込んで、彼女は今村正の下で不自由なく暮らしている。
    少しいじけたりやさぐれたりする事もあるけれど、アルトリアは根がまっすぐで明るい性格が幸いして虐待そのものをトラウマとして深く記憶されなかった。
    だがヴォーティガーンは違う。彼女は双子の兄と常に比較されて生きてきた。
    要らないと言われ続けた彼女には生きることすら許可が必要で、どんなに劣悪な環境でも生かしてもらっていることに感謝すらしていた。
    彼女にとって最も美しく綺麗なものはオベロンで、最も醜く汚いものは自分だった。
    そんなことないのに、とオベロンもアルトリアも言っている。でもそんな言葉は彼女にとって何の意味もない。うわべだけの慰めとしか受け取っていないのだ。
    そして何より彼女の心はオベロンにある。彼女にとって何よりも尊くて美しいものであるのに、さらに好意が混じればそれはもう人外の域にいるかもしれない。
    似合うというワンピースを着ても彼の隣に立つとなればそれは簡単に頷いてはくれない。
    「着るの!着せてみせる!絶対着替えにこのワンピース持ってきてね!!2日目、私と同じ格好にしてワッと言わせよう」
    「アルトリア、だから」
    「そんなのわかんないじゃん!私がみたらとびきり可愛いかもしれないし、オベロンの好みかもしれないじゃん!」
    オベロンの好み、という言葉に少しだけ反応を見せたが彼女はすぐに俯いた。
    「オベロンの好みは、私なんかじゃない」
    「そんなのわかんないじゃん」
    アルトリアは繰り返した。
    ヴォーティガーンは信じられないような顔をしたが、アルトリアはオベロンがヴォーティガーンを溺愛していることはよく知っている。というか誰がみたってあれは妹バカだ。
    それが彼女の求める愛の形でなくとも、オベロンが彼女の姿を否定するわけないのだ。
    「でも…」
    「やってみなきゃわかんない!少なくとも私は似合うと思うし、もしオベロンが似合わないなんて言うことがあったらあいつのセンスがおかしいの」
    「そんなことは」
    「さ!化粧品も買って、旅行に備えなくっちゃ」
    何を言っても彼女は納得して頷いてくれない。それならもう無理やり決めて背中を押すしかない。
    オベロンに対していつもドキドキモヤモヤしている彼女を見ていると、イラっとすることもあるけど「女の子なんだなあ」と思うからアルトリアは彼女のそういうところがほんの少しだけ好きだった。

    旅行当日はオベロンがレンタカーを手配して、途中で村正とアルトリアを拾って出発した。
    山と海どっちがいい?という議論は3日続き、海派のアルトリアと山派の村正が互いに譲らなかったので、初日は山。翌日海になった。
    アルトリアとヴォーティガーンは後部座席に座り、オベロンの隣は運転を交代できる村正が座った。
    「お前さん、タバコはやめたのか」
    高速に乗ってからもタバコを取り出すそぶりの見せないオベロンに、村正が尋ねた。
    「やめてないよ。ヴォーティの前だから吸ってないだけ。休憩所着いたら少し吸わせて」
    昔は割とよく吸っていたイメージだったものだからそんな節制をしていることに少し驚いた。
    「メシが不味くなるからやめろって言ったけど、俺のメシより妹か。そんなに妹が可愛いか」
    「当たり前だ。世界で1番可愛いに決まってる。あの子がやめてって言えばすぐにでもやめてやるさ」
    バックミラー越しに眺めた後部座席では気持ちよさそうに2人して昼寝中だった。
    「でもあの子は言わないだろうね。僕にお願いなんて一度しかしてない」
    「へえ?その一度はなんてお願いだったんだ」
    「服を買うからお金が欲しいって……」
    「どんな服を買ってきたんだ?」
    「……それが、見たことないんだよね。本当に服を買ったのか、なんてところは別に怪しんでないし、そんなことを怒ったりはしないんだけど」
    唇を撫でながら答えるオベロンに村正は「ふーん」と答えた。
    「俺もアルトリアを引き取るまでとんと女心ってのはわからんでいたが、まあいつまでも小さい子だと思っていたらとんでもない。すごいこと考えてるぜ?」
    「はは、僕が将来人殺しになるって予言かい」
    寝ている後ろの2人を起こさないように声は顰めた笑いだった。わざとらしい単調な笑い声だったが、目は笑っていなかった。
    「お前さんも損な男だな」
    「どういう意味?」
    「いや。そら、あと少しでサービスエリアだ。運転を代ろう」
    村正が話を切り上げるとオベロンはハンドルを切った。
    夏休みも相まってサービスエリアは混雑しており、駐車までえらく時間を食ってしまった。
    2人を起こして軽食を買いに車を降りた。
    4人で歩いていたが、オベロンは建物には入らずその横の喫煙所へ歩いて行った。ヴォーティガーンもついて行こうとしたが、村正に呼び止められてしまった。
    「オベロンは、車中でタバコを吸っていなかったの?」
    「あ?ああ、吸っていなかったよ。お前さんのためだってよ」
    おにぎりや飲み物をカゴに放り込みながら村正は車内でのことを少し話した。
    よっぽどお前が可愛いんだな、と村正は優しく言ったがヴォーティガーンの顔は浮かないままだった。
    「ほら、ヴォーティガーン。オベロンの好きなものを買っておいで」
    村正に言われたヴォーティガーンは、喫煙所から戻ってこないオベロンのために缶コーヒーとサンドイッチをカゴに入れた。
    車に戻るとオベロンは一足先に冷房をかけて車で待っていた。
    「来るのを待っていたのに!」
    「そうなのかい?悪かったね」
    アルトリアが怒りながら車に乗り込み、ヴォーティガーンも後に続いた。
    「オベロンに」
    「ヴォーティが選んでくれたの?ありがとう、僕の大好きなやつだ」
    アルトリアとまるで違う態度に村正とアルトリアは呆れた目をしていたが、当の2人はその視線に気づいていない。オベロンは気づいていたかもしれないが無視をしていた。
    「さあ、目的地まであと少しだ」
    村正がそういう時アルトリアが「おー」と叫んだ。
    サービスエリアを出るとすぐに高速を降りた。市街地を抜けて山奥へと入っていく。砂利道で車を揺らしていくと、小さな駐車場がいくつか現れた。
    誘導員の指示に従って近くの駐車場に車を停めると、村正は車のエンジンを切った。
    「ここ?」
    オベロンが声をあげた。
    「ここからしばらく歩く。川辺まで出たら目的地だ」
    「嘘だろ。車でその場まで行くもんだと思ってキャリー持ってきてないぞ」
    「そりゃあ悪かったな。重いものは俺が持つから、オベロンはクーラーボックスでも持ってくれ」
    「私も何か…」
    「ヴォーティガーンは肉を運んでくれ」
    オベロンを手伝おうとするヴォーティガーンに村正は軽いものを薦めた。
    村正が用意した肉はクーラーボックスとは別に保冷バッグにドライアイスと一緒に詰められており、抱えるとひんやり冷たかった。
    「アルトリアは椅子」
    「えー」
    「私も半分持つ」
    「ありがとう、ヴォーティガーン」
    4人で分担してキャンプ道具を抱えて目的の川辺まで出発した。
    村正の口ぶりからして数分は歩かされるのかと思っていたが、川はすぐに現れた。他の客もキャンプをしているようで炭火焼きの匂いも漂ってきてアルトリアは歓声を上げた。
    川の近くに場所をとると、村正とアルトリアはまた荷物を持ってくると行って車の方へ戻っていった。
    コンロやテントの組み立てを頼まれたオベロンとヴォーティガーンはそれぞれ不慣れな作業をやり始めた。
    テキパキとコンロを組み立てているオベロンに対してヴォーティガーンは組み立てたことのないテントに四苦八苦していた。ずいぶん使い慣れたテントなのか取扱説明書はなかった。
    骨組みを組み立てたが、それをどうしたら良いのか分からなかった。
    「おべ、」
    手伝ってと声をかけようしたが炭を炊いてるのを見て自分でやらなくては、と向き直った。
    そもそも完成形が想像つかない。スマホで調べてみたがたくさんのサイズが出てきた。テントを広げてなんとなく似ているタイプのものを絞り込み、個人ブログのハウツーまでたどり着いた。
    それを見ながらなんとか組み立ててテントを立ち上がらせると重石がわりにすぐに荷物を押し込んだ。
    「テント組み立てられたんだね、すごい」
    「これで合っているのかな。初めてだから不安なんだけど」
    「形はなってるし大丈夫じゃない?荷物は真ん中じゃなくて四隅に散らしていた方がいいかも。あ、帰ってきた」
    「テントだー!」と走って駆け寄ってきたアルトリアは荷物を乱暴に置いてテントに入り込んだ。
    「マットがあるんだ。これ。これ敷いたら中で座ってもおしり痛くないよ」
    アルトリアは持ってきた荷物の中から小さく畳んだ厚みのあるクッションのようなものを取り出した。それを敷くとたしかに砂利のぼこぼこが気にならなくなった。
    「もう一枚しいとこ」
    「炭はあったまったから?」
    「なんとか。こっちから弱火ね」
    「そんな気の利いたことまでしてくれたのか」
    軍手を嵌めながら村正がバーベキューの支度を始める。
    折りたたみ式のテーブルを広げてアルトリアとヴォーティガーンはそこに座って料理を待っていた。
    「ヴォーティガーンはバーベキュー初めて?」
    「うん」
    「オベロンは?」
    「僕も初めてだよ。昨日は楽しみで眠れなかったよ。何せ村正の手料理が食べられるんだからね」
    「珍しいものでもないだろ」
    「アルトリアはもう何度かしてるみたいだね」
    「村正も私もアウトドア派だから、割とあちこち行ってるんだよ。本当は私もキャンプがしてみたいのに村正がダメだって言うからバーベキューしか経験してないけど」
    自分に対してヴォーティガーンがどうとか言っていたのに、自分は自分でずいぶん可愛がっているじゃないか。とオベロンは目で煽った。
    「あとでマシュマロ焼こうね」
    「マシュマロを」
    ヴォーティガーンの見たことのない大きなマシュマロを振り回したアルトリアはもうすっかり食べ物のことしか頭にないようだった。
    「でもバーベキューなら海でもできたよね」
    「あー、でも明日行くところはそう言うの禁止の場所だから。食べたいものがあったら海の家に行くこと」
    「テントくらいはいいんでしょ?」
    「そのテントと、パラソルくらいなら」
    「ヴォーティガーン、水着持ってきた?」
    「持ってきていないよ。持ってないもの」
    「オベロン買ってあげてないの!?」
    「悪いけどこの子は事情があって素肌出せないから」
    「野菜焼けたぞ。肉もそのうちできる。一番に食いたいやつは?」
    「はいはい!!お肉!たっかいやつ!」
    「それはまだ後」
    紙皿を持って村正の元に駆け寄ったアルトリアに、オベロンとヴォーティガーンは「よく食うな」と声を揃えた。
    サービスエリアで買い込んだのは軽食と聞いていたが、アルトリアはおにぎりを4つも食べていた。村正が呆れていたがどうやらいつものことらしい。
    野菜をいつもと違う炭で焼いただけなのにびっくりするくらい美味しかった。少し焦げているのが甘さを引き出している。
    オベロンは「家でできないかな」と呟いていた。
    肉もさらに美味しかった。肉の脂身だけがじゅわっと口の中で広がる。胃の中で溜まるような重さはなく、肉料理が苦手なヴォーティガーンもいつもより多く食べていた。
    アルトリアは村正が焼いた端から食べ尽くしていき、ついには自分で焼け、とトングを渡されていた。
    アルトリアと交代した村正は、焼いた野菜と肉を持ってヴォーティガーンの前に座ってきた。
    「楽しいか?」
    「うん。もちろん。誘ってくれて嬉しい」
    「よかった。ずっと浮かない顔をしていたからこういうのは苦手かと思っていた」
    「経験したことないからだと思う。でも、想像していたより楽しい」
    微笑むヴォーティガーンの頭を撫でたのは村正ではなくオベロンだった。
    「ヴォーティが楽しめたのなら僕も嬉しいよ」
    「…そ、そう」
    村正は2人の態度を見ながら、いつもこんなにぎこちないのかと少し不安になった。
    オベロンの妹可愛いは隠している様子もないが、ヴォーティガーンはヴォーティガーンでオベロンに兄以上の何かを抱えているようだった。
    付き合う前の友人同士を見ているようでモヤモヤしてくる。
    用意した食材はほとんどアルトリアが食べた。マシュマロを焼くという話だったがとてもじゃないがヴォーティガーンはこれ以上食べる事はできなかった。けれど甘い匂いに惹かれてひとつだけ食べた。
    もちもちのマシュマロがふわふわのとろとろの食感に変わっており、口に入れた瞬間目を見開いて驚いた。食べたことのない食感だったのだ。熱くても感じる甘さは普段のマシュマロよりも甘かった。
    感動しながら口を動かして食べているヴォーティガーンの様子をオベロンは見たこともない笑顔で見つめている。見ていられないほどだらしない顔のオベロンに思わず村正は「気持ち悪い」と呟いていた。
    災害のような勢いで食べ尽くしたアルトリアは満足そうな顔をしてテントの中で横になった。
    「だらしない子だな」
    「食った後に寝るなっていつも言ってるんだがな」
    「ヴォーティは?眠くないかい」
    「私は別に」
    バーベキューに来て寝るという発想がそもそもなかった。アルトリアは普通にテントに入って横になったので、彼女にとってこれが当たり前なのかもしれない。
    「宿はここから近いんだっけ?」
    村正は数時間後のことを確認する。
    「ああ。明日の目的地との間くらいだ」
    手持ち無沙汰になってきたヴォーティガーンは2人の会話に耳を傾けながら周りの家族を見渡した。
    私はこの中で不自然な存在になっていないだろうか。私だけが浮いてオベロンやアルトリア、村正に変な印象は持たれていないだろうか。
    無意識に左腕を強く掴んでいた。
    その仕草にいち早く気づいたオベロンは彼女の肩を抱き寄せた。
    「気分が悪い?」
    ヴォーティガーンは首を横に振った。
    「辛くなったらテントの中に入りなさい」
    「ん…」
    私はみんなに迷惑をかけてばかりだ。
    せっかく誘ってくれた期待を裏切ることはしたくない。
    ヴォーティガーンは奥歯を噛み締めながら俯いた。

    アルトリアが昼寝から目を覚ますと、コンロは片付けられていてクーラーボックスの飲み物はほとんどからになっていた。
    なんなら帰り支度を始めている始末だった。
    「もう帰るの!?」
    「もうって、おまえ16時だぞ」
    夏は日が長いとは言え、食材を食い尽くしてしまったためにこれ以上のバーベキューはできない。それにホテルのチェックインもあるのだと説明すると「えー」と残念そうな声をあげた。
    「ホテルで夕食用意してもらってるから…」
    「ほんと!?やったー」
    飛び起きたアルトリアはさっさと荷物をテントから出して畳む準備を始めた。
    「まだ食べるのか」
    そう呟いたのはオベロンかヴォーティガーンだった。
    ホテルに着いたのは17時だった。部屋割りは事前に決めて男女で分かれることにした。最後まで不満そうだったのはオベロンだったが、たまには違う人と過ごしたいというヴォーティガーンの棒読みにより彼は仕方なく同意した。
    本当の理由は明日の服装をアルトリアと入念に確認するため。
    不審そうなオベロンの目から逃げるように部屋に駆け込んだ。
    「持ってきた?」
    「………本当に着るの?」
    「やめたら着るものないんじゃない?」
    「予備がある」
    「抜かりないなあ……でもちゃんと着せるから。あ、着たくないからってハサミで切ったりしたら怒るからね。私の着せてやる」
    「そんなことはしないけど」
    仮にもお気に入りではあるのだからそんな酷いことはしない。
    荷物を広げて明日着る予定の白いワンピースを見た瞬間、昼間の楽しかった気持ちは一転してひどく落ち込んだ。
    オベロンにその様子を悟られないように必死に取り繕ったが、そのかわり夕食の味はあまりしなかった。
    バイキングには大好きなメロンもあったのにあまり食べなかった様子を不審がられていることにも気付いていなかった。

    「今日、誘ってくれて本当に嬉しかった。私は、こうして誰かと遠出をするのほとんど初めてだから」
    「そっか」
    明かりを消した暗い部屋でヴォーティガーンは小さな声でアルトリアに告白した。
    顔も見えない暗さだから告白できたのかもしれない。
    「私は誰にも迷惑をかけたくない。みんなをガッカリさせたくないから。中でもオベロンの期待は絶対に裏切りたくないの」
    「うん」
    アルトリアにもそういう時期があった。村正に引き取られて間も無く、知らない家にお世話になる不安に毎日緊張して食事も満足にできなかった。
    多分ヴォーティガーンは今そんな気持ちなのかもしれない。
    「オベロンは、高校は全寮制に通って家を離れる予定だったの。でも、多分私がそれを諦めさせてしまった。彼は結局家の近くの高校に進学して、卒業と同時に私を連れて家を出た」
    私はオベロンと違って私立への進学は絶対に許されなかった。
    オベロンは私よりもずっと優秀で、彼が行きたがっていた学校も有名な進学校だったのだ。それを、私のせいで立地だけでレベルの低い公立を選ばせてしまった。
    「どうしてオベロンが私を連れて家を出たのか、私にはわからない。でも私を助けてくれたオベロンに恩返しを、せめて連れ出してくれたことを後悔させるようなことはしたくない」
    そう語るヴォーティガーンの声には鼻声が混じっていた。
    「私がオベロンが好きなことも、絶対に隠さないといけない」
    アルトリアはその話を聞いて、オベロンはきっとそんな深く考えていないと思った。
    ただ好きな子を守りたかっただけ。とても単純なものだ。単純だけど何よりも深い愛情がそこにはあるのに、どうしてヴォーティガーンはそれを見ようとしないのだろう。
    ヴォーティガーンだって、オベロンに負けないくらい綺麗で美しくて、気高いのに。
    私が何を言っても彼女の意識改革はできない。友人として見守ることしか彼女のためにできないのが歯痒かった。
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