🎷❄️がイルミネーション見るだけの話12月に入った途端急激に寒くなる。
テイクツーのドアを開けた瞬間吹き込んで来た冷たい夜風に大は無意識のうちにドアを閉めた。
「何してんだ大、さっさと出ろ」
「寒すぎてつい閉めちまったべ⋯」
少し遅れて帰る支度を終えた雪祈がドアの前から動かない大を見て眉を顰める。早く出ろと言われた大は意を決し、冷たい風が吹く極寒の東京の夜へと足を踏み出した。
寒い。今年一番の冷え込みになるとか天気のお姉さんが言っていたのを大は思い出していた。雪はまだ降っていないが、おそらく今夜降るかもしれないと言っていた事も思い出す。
「今夜雪降るかもって言ってたべ」
「誰が?」
「お天気のお姉さん」
「こんだけ寒けりゃ雪も降るわな」
忌々しそうに雪祈は雲が蔓延る夜空を睨みつけた。寒いのが嫌で早く帰りたいのだろう。普段より足を進める速度の速い雪祈を慌てて大は追い掛ける。平日の夜にしては人の多い夜の街を大と雪祈は並んで歩く。駅に着いた時、雪祈はピタリと足を止めた。
「あ」
「お!?おお〜〜!!」
煌びやかにライトアップされた駅と、いつの間にやら設置されていた大きなツリーに大は瞳を輝かせる。人が多いと思っていたが恐らく理由はコレだろう。多くの人がイルミネーションを眺め、出店で温かい飲み物を買っていた。
白と青を基調とした幻想的なライトアップに目奪われた。故郷の駅もライトアップはされるが、ここまで大掛かりではない。
「⋯綺麗だな」
雪祈の声がした。寒い、早く帰りたいと不機嫌そうな声音から一変、棘のない優しい声音に変わっている。ちらりと横を見上げ、隣に立つ男の横顔に目を奪われた。
綺麗だった。
長い睫毛が、寒さで赤くなっている鼻と頬が、美しい光景を見て愛おしそうに微笑みを浮かべる顔が、どうしようもなく尊くて美しく見えた。
「雪祈、綺麗だ」
「はぁ?」
うっかり零してしまった本音は耳が良い雪祈に届いてしまう。しまったと思った時にはもう遅い。雪祈の男らしい太い眉が再び不愉快そうに寄せられた。
「大チャン、俺で女の子口説く練習するの辞めてくれませんかね?」
「ち、違うべ。女の子の為とかじゃなくて、男からこんな事言われて気持ち悪いって思うかもしんねえけど、雪祈の事が本当に、その、き、綺麗だって⋯」
自分で言ってて恥ずかしくなり、大は口を閉じて雪祈から視線を逸らす。男、しかも雪祈相手に何を言っているのだろうかと自問自答を繰り返す。いやでも本当に綺麗だとそう思ったのだ。
雪祈は何も言わずにいる。会話もしたくない程に怒っているのだろうかと再び視線を上げ雪祈の顔を見た。
「あ」
「お前さ、本当、死ね」
雪祈の赤く染まった頬の理由を大は知りたいと思った。寒いからだけなのだろうか。それとも先程の言葉を少しでも嬉しいと思ってくれているのだろうか。
死ねと暴言を吐いているのにも関わらず声に普段の棘がないのは何故なのだろうか。もしかして怒っていないのかもしれないと大は考える。嬉しかったりしてくれたのか。それならばとても嬉しいと大は思う。
横に立つ雪祈の顔を大はじっと見つめた。
ずっと寒いと思っていたのに、雪祈の事を見ていると体が熱くなる。
「雪祈」
名前を呼んで、冷たくなってしまっている雪祈の手に大は触れた。すっかり冷たくなってしまった雪祈の手を守る様に自分の手で包み込む。ピアニストの手がびくりと震えた。
何やってんだと怒鳴られ、殴られる覚悟ではいた。手を繋ぎたい気分だったのだから仕方がない。罵声も拳も、来るなら来いと大は腹を括る。
しかし何時まで経っても罵声も拳も飛んでくる事はなかった。
「⋯大はさ、誰にでもこんな事すんの?」
「雪祈だけだべ」
「それなら、良い」
怒鳴られなかったし、殴られる事もなかった。大の方を一瞥もしないまま、雪祈の手が大の手を握り返した。
ふと気づけばチラチラと雪が降っていた。イルミネーションの光を浴びて輝く雪の粒がふわふわと落ちてくる。寒いが、もう少しだけこのままでいたいと大は思った。何も言わずに動かない雪祈も同じ気持ちでいたらいいのにと願う。少しでも暖かくなって貰いたいと、大は繋いだままの雪祈の右手を自分のジャンパーのポケットに突っ込んだ。