司のやりたい100のことノート 柔らかな日差しが差し込むある日の朝、オレは部屋で掃除をしていた。普段からある程度は片付けられている部屋だが、こまめに整理しておいて悪いことは無い。
「む……?なんだ、これは」
ふと、クローゼットの奥から何かのノートが出てきた。古ぼけて色落ちしたノートには見覚えがなく、中を覗いてみようかと思ったところで、スマホから着信音が鳴り響く。
「うおっ!?る、類から?……もしもし」
『司くん?もう集合時間過ぎてるけど、今どこにいるんだい?』
「へ?集合時間?練習は昼からじゃ……?」
そう言うと、電話の奥から苦笑いのような声が聞こえた。
『ふふ、司くんらしいけど、今日は朝から練習だよ』
「なにぃ!?すまん、今から急いで行く!」
『焦りすぎて怪我をしないようにね』
電話を切り、慌てて脚本ノートもろもろをバッグに詰め、ダッシュで家を出る。ワンダーステージに着くと、もう3人とも集まっていて、えむは目を輝かせ、寧々は呆れたようにじとりとこっちを見て、類はおや、と呟いた。
「司くん!おはよー!」
「司、遅い。また時間間違えたの?」
「うぐ……す、すまん……」
「まぁまぁ。今日は台本決めだし、急がなくても大丈夫だよ。司くん、この前話してた脚本は完成したのかい?」
あぁ!と答え、バッグの中からノートを取り出す。それを手渡すが、類は困ったように眉を下げた。
「うーん……これは、いつものノートではないように見えるけど」
「む?」
手元のノートに視線を移すと、それは脚本ノートではなく、朝見つけた謎の古ぼけたノートだった。慌てすぎたあまり違うノートを持ってきてしまったのだ。寧々がため息をつく。
「どんだけドジかませば気が済むわけ…」
「すっごく古いノートだね!何が書いてあるの?」
返す言葉もないオレとは反対に、えむは興味津々とばかりにノートを覗き込む。 見てもいい?というえむの言葉に肯定すると、ノートが1ページめくられた。
「えーと、『やりたい100のことノート』?」
「なに?ちょっと見せてくれ」
やりたい100のことノートといえば咲希だ。もしかしてこれは咲希のノートだったのか?いや、しかしそれならばどうしてオレのクローゼットの奥にあったのだろうか。
とりあえず確認しないことには始まらないとオレも中身を見た。そこには幼い字体で、確かに『やりたい100のことノート』と書いてある。ただ、この字は咲希のではない。となると……
「これは幼い司くんが書いたものかい?」
同じく中を確認した類がオレに問いかけてくる。確かにこの字は昔のオレのものだ。
「そうみたいだな。……全く身に覚えがないが」
そう、本当に身に覚えが無いのである。小学生かその辺りに書いただろうことはわかるのだが、こんなものいつ書いていたのだろうか?
「へぇ、じゃあこれには昔の司がやりたかったことが書いてあるんだ」
「フフ、実に気になるね」
「見ても良いが、大したことは書いてないと思うぞ?記憶にないんだからな」
記憶にないということは、別にどうでもよかったということである。どうせあのお菓子が食べたい程度のものだろう。あまり期待しないでもらいたいのだが、オレの思いとは逆に三人はどこかワクワクした様子で更にもう1ページめくった。
『きらきら星を上手に弾いてみたい』
『海に行ってみたい』
『海外のショーを観てみたい』
ありきたりな夢の内容がつらつらと書かれている。パッと見た感じでは、大体のものは叶っている印象がある。
「海外のショーはアメリカで見せてもらったよね」
「この前の司くんのきらきら星はすっごく上手だったよ!」
「海も宣伝大使の活動で行ったかな」
特に面白いことが書かれているわけでもないのに、一言二言話しながらノートをめくっていくみんなを疑問に思いつつ、オレもページに目を通す。ページが進むにつれて、現実的なものから夢のような内容に変わっていった。
『空飛ぶ汽車に乗ってみたい』
『お菓子の家を見てみたい』
「だからセカイに汽車があったってこと……?」
「あり得るねぇ。お菓子の家はまだ見ていないけれど……」
「カイトたちがホワイトデーに作ったと言っていたが、オレも実物は見たことがないな」
「えっ!?じゃあじゃあ、司くんはまだこれを叶えてないってこと?」
「まぁ、そうなるが……」
そう答えると、えむは顔を見合わせ、そしてキラキラとした目で口を開く。
「──なら、叶えちゃおうよ! お菓子の家!!」
「なっ…………なんだとーーーー!?!?!?」
想像していなかった言葉に思わず驚きの声をあげると、寧々は耳を塞ぎ、類は面白そうに笑みを深めた。