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    安沖 はろはな後の沖と蘭と安沖(ネタバレあり)「昴さん!」
     お見舞いにきてくれたんですねと少女は笑った。彼女はベッドで眠る毛利小五郎の娘で、蘭という。ふだんの闊達さはなりを潜め、肌にやや陰りを見せていた。彼女が病室に詰めてもう五日になる。耳にかけた髪が潤いを失い、ほつれているのを沖矢は見た。
     蘭が椅子から立ち上がろうとするのを「ああ、おかまいなく」と沖矢は制した。部屋の隅にある折りたたみ椅子を指さし、承諾を得て蘭の隣に置いて座る。そうすると小五郎の寝顔がはっきりと見えた。全身に巻かれた包帯も。
    「せっかくきてくれたのに、お父さんが眠っていてすみません」
     小五郎の顔を見つめながら蘭が言った。
    「どうしてか麻酔が効かなくて、痛みを紛らわせるには眠るしかないみたいなんです」
    「いえ、そんなときに断りもなく押しかけてすみません。子どもたちから毛利探偵が大怪我を負ったと聞いたのが昨日のことで、いてもたってもいられなかったものですから」
    「子どもたちって、コナンくんやみんなのことですか?」
    「ええ。阿笠博士にクリームシチューのおすそわけに行ったら、千羽鶴を折ったり似顔絵を描いたり忙しくしていましたよ。ずいぶんと慕われているようだ」
    「どうかな……お父さんって子どもっぽいところがあるから、友だちみたいに思われてるだけなのかも」
     蘭が肩を震わせる。笑っているはずなのに、嗚咽をこらえているように沖矢には見えた。おそらくそれは真実ではなく、記憶が見せる幻想だ。沖矢の目に映っているのは少女だけれども、脳裏に描いているのは追憶の女だった。女の姿はすぐに消えてしまったが、沖矢のもとに感傷は残る。
     その見えない傷に触れるように、少女は女の忘れ形見の名を告げた。
    「哀ちゃん、元気でしたか?」
     灰色の哀しみという名の娘。彼女のつんと取り澄ました表情を思い起こしながら、「元気でしたよ」と沖矢は答える。
    「本人を前にして言うのもはばかられますが、毛利探偵は千羽鶴なんて喜ばないだろう、ビールを差し入れたほうが目の色を変えるんじゃないのか、というようなことを主張していました」
    「あはは……まあ、事実ですから……」
    「退院の予定は経ったのかと阿笠博士や坊やに聞いてもいましたね。気になるなら一緒に見舞いに行くかと聞いたんですが振られてしまいました。その代わりに持たされたのがこれです」
    「これ?」
     怪訝そうに眉をしかめる蘭の前に、沖矢は持参したエコバックを差し出す。膝の上で開封した蘭は、「わあ!」と目を輝かせた。
    「これ、哀ちゃんが?」
    「ええ。いま使わなくても腐るものじゃないからと」
    「使う使う!嬉しいです。売店に買いに行きたいけどお父さんが起きたらと思うとなかなか行けなくて、お母さんは出張中だし、友だちにおつかい頼むのも気がとがめて……」
     エコバックのなかには、使い切りの洗顔料や化粧水を含むトラベルセットが詰め込まれていた。渋谷に向かう前、沖矢が車を出し灰原が買い集めたものだ。そこまでするならば自分で手渡せばいいのにと沖矢は思うが、「私が顔を出したらあのひとが気を使うでしょ」と灰原は言った。小五郎が重傷を負ったのは、灰原をかばってのことだからだ。
    ――お人好しなあのひとは、私に怪我がないか、気に病んでないか、馬鹿みたいに気にするに決まってるわよ。だから私は行かないほうがいいの。
    「哀ちゃん、やっぱりしっかりしてるなあ。怖い目にあったんだし、こんなに気を使わずに元気になることだけ考えてくれてていいのに」
     不器用な気を遣いあうふたりの姿に、沖矢は在りし日のことを思う。だが感傷は似合うまいと、ひそやかに息をついて記憶を閉じた。
    「あなたたちを気にかけているのは彼女だけじゃありませんよ。これは毛利探偵の助手の方からです」
    「安室さんから?」
     エコバックを棚に置いた蘭は、次いで渡されたランチボックスを開く。
    「ポアロのサンドイッチ!」
    「食事も取らずに根を詰めていないかと彼は心配していましたよ。実は、あなたがそれを食べ終わるまで監視するよう任務を受けているんです」
    「そんな、ちゃんと食べていますよ」
    「ちなみに今朝は?」
    「売店で買ったおにぎりをふたつ……」
    「栄養はこの際置いておくとして、足りる量ではないでしょう。さあ、食べてください。水筒で紅茶も持参しましたよ」
     すみませんとうなだれて蘭はサンドイッチを手に取った。しばらくはもそもそと口を動かしていたが、おいしさを認識した途端、勢い込んで食べはじめる。五感が鈍るほど気を張っていたのだろう。手の止まったタイミングで沖矢が紅茶のカップを手渡すと、一気に飲み干して息を吐いた。
    「おいしい……」
     安堵のため息とともに呟く。その頬に赤みが差しているのを見て、もう大丈夫だろうと沖矢は判断する。気を使いすぎて顔を見せない娘も、多忙過ぎて足を向けることのできない男も、この笑顔を見れば安心してくれるだろう。もっとも、写真におさめることもできないし、口頭報告のみになるが。
    「安室さんはポアロの仕事以外でも忙しいらしく、見舞えずに申し訳ないと言っていましたよ。その代わりポアロにいる時間はコナンくんの様子も見ておくから心配しないでくれと」
    「ありがとうございますって伝えてください。サンドイッチ、とっても美味しかったですってことも」
    「引き受けましょう。ちなみに、明日もデリバリーが必要であればナポリタンとサンドイッチのどちらがいいか聞くようにも言われているんですが……」
    「ええ……あ、あの、後で代金を持っていきますからどっちもじゃダメですか。冷蔵庫があるからサンドイッチをしまっておけるし、ポアロの味が恋しくて……」
    「その答えを聞いたらポアロの皆さんも喜びますよ」
    「そうかなあ。食いしん坊って思われないといいんですけど……」
    「食べ盛りってことですよ」
    「……そっか。そうですよね!」
     そうですともと沖矢は頷く。彼も私を使ったかいがあるというものでしょうとは、声に出さずにいたけれど。
     ハロウィンの狂騒を終えてなお、警察は残務処理に追われている。爆弾でできた枷をはめられていた男は、仕事のみならず心身の検査にも時間を取られていた。彼が戒められていたのは人体の要とも言える首であり、どれだけ入念に検査してもし過ぎるということはない。だがあまりにもタフな男は、必要なことだと受け入れてはいても、うんざりしはじめているらしかった。こっそりポアロに出入りしているのがその証拠だ。師である毛利小五郎の不在時にポアロにいる必要もないだろうに、数時間ほどカウンターに立ち、風のように去っていく。
     そんな彼でも、事件現場である渋谷にはまだ顔を出しづらいようだった。それで足に使われたのが沖矢だ。病院に向かう沖矢が車に乗り込むと、どうやって扉の鍵を開けたものか、助手席に男が座っていた。彼は沖矢の膝の上にランチボックスを乗せ、水筒をドリンクホルダーに差す。そうして、見舞いに行くならそれらを差し入れるように沖矢に指示を出したのだった。頼み事などというかわいらしいものではなく、断らせるつもりのない要請だった。
    ――毛利先生のことは皆さん心配でしょうけど、僕としては看病についている蘭さんも心配です。あまり根を詰めすぎないようにと伝えてください。
     沖矢に目を向けず、正面を見据えながら告げられたことば。沖矢はそれにうなずきながら、「私としてはあなたのことも心配ですが」と告げる。
    ――僕が?どうして。
     安室としての顔で男が振り返る。不思議そうな声音とは裏腹に、気遣いもねぎらいも無用だと、炎をはらんだ瞳が示していた。その色は青。完全燃焼の炎の色だ。
     心配だからと言ってしまうのは簡単だが、納得してもらうことは難しいだろう。男は誇り高く、おのが実力と判断に自信を持ち、見当違いな配慮や同情を好まない。たとえそれが好意からくるものだとしてもだ。まして沖矢は男が高く評価し、拘泥するものに皮一枚を被せた存在である。正体はとうに露見しているが、赤井としてはともかく、沖矢としては空とぼけているのが男は気に入らないらしかった。
     首を差し出せと男は求めているのだった。
     ずいぶんと熱烈な告白だと、沖矢は愉快な心地になる。

    「それにしても、昴さんと安室さんが知り合いだなんて知りませんでした。こんなおつかいを頼まれるなんて仲が良いんですね」
     あまりにも無邪気に少女が言う。ええ、と沖矢はうなずいて、「彼は私のハイネックをめくってみたいそうですよ」と打ち明け――えええ、と少女は困惑の叫び声を上げた。
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