ワーカホリック撲滅の真意地球時間 午前0:30
人工太陽の明かりはとうに消え失せ、代わりに無機質で冷たいLEDが煌々と照らすクロムの部屋に、突如ノックの音が響く。短く返事をして入室を促すと、開けられたドアの前に立っていたのは意外な人物で。
「まだ起きていたのか。こんな時間に何か用か?」
あまりにも意外で思わず口を突いて出た言葉は、咎める意志を持って発せられていたのなら棚上げも良いところだ。しかし言った本人は全く気付いていないし、言われた方も別に責められているわけではない事を理解しているので特に気にした様子もなかった。
「ワーカホリックの気配がして。」
起きているのが意外な男――もといバンジは、腕組みをしながら入り口に寄りかかり、少し考えるような素振りでクロムを見つめて答えた。いつもの眠た気な無表情のまま普段通りの調子で言われたが、内容は明らかに苦言だ。
「別に無理はしていないが…」
元々の職業柄か、体調管理には割と厳しい部下にクロムは苦笑気味に言葉を返す。疲れが全くないわけではないが、無理を押して仕事をしているという事もないので、別に嘘をついてはいない。しかしこの男はそれで「はいそうですか」と納得してくれる程甘くはなかった。少しの不摂生でも積み重なればやがて身体に重大な支障をきたす例をきっと何度も見てきたのだろう。あるいは自分自身の経験則からか。
「ワーカホリック撲滅強化月間なので。」
「私を撲滅しに来たのかお前は。」
「そうならないためにも今すぐ寝て下さい。」
バンジの言う「ワーカホリック」の部分を否定出来ない程度には、周囲から散々言われ続けているクロム自身嫌でも自覚させられている。とは言え、今はただ今日のうちに出来る瑣末な書類仕事を片付けてしまおうとしていただけ。大体15〜20分もあれば終わるであろう、仕事とも言い切れないような本当に些細なものだ。クロムとしては、そんなに厳しく取り締まらなくてもと思わなくもない。だがそんな心情から言い返した言葉も、バンジはそれを理解した上であっさりと一蹴してくる。彼にとってはすぐ終わる仕事なら明日に回して休息を優先させるべきと判断する所なのだろう。他でもない、クロムが相手の場合は特に。
「ちなみに拒否権は?」
労働過多を心配されているのはわかっているが、そんなに無理をしているように見えるのならもっと顔に出ないよう己を律するべきだろうか。などと、相手が聞いたら問答無用で簀巻きにされて休眠ポッドに叩き込まれそうな考えを浮かべながらクロムが最後の"悪足掻き"を仕掛けてみる。バンジはうーんと言いながら短く思案すると「そうですね…」と呟きながらクロムに近付き、彼の白い頬に触れた。
「そんなに元気なら、仕事じゃなくて僕の相手して下さい。夜通し。」
頬に手を添えたまま、綺麗なコーラルの薄い下唇を親指でつうとなぞりながら、空いたもう片方の手を軽く腰に回してくる。咄嗟に反応出来ず、クロムの目がスローモーションを眺めるように一連の動きを追いかける。そうして最後に辿り着いた彼の美しい金色の虹彩に、嘘や冗談の色は見えなかった。
「…寝る。今すぐ。」
白い頬が、じわりと唇と同じ色に染まる。バツが悪そうに目を逸らしながら短く告げ、クロムは相手の身体をやんわりと押し返した。