落とし物◆鈴さんの部屋にて◆
僕が鈴さんの部屋にわざと落とし物をしていたのは、いつの頃だったろうか……。
彼女が東京の音大へ進学して、一人暮らしを始め、高校生の僕は時折、学校帰りに立ち寄るようになった。
ただ顔を見たいだけ……。
ただそれだけだったから、それをそのまま鈴さんに伝えて、変な顔をされるのが正直怖かった。
次に会う正当な口実が欲しかった。
思い付いたのは、彼女の部屋にあがった際、宿題をするふりをしながら、消しゴムやシャーペンを落として帰る事だった。
鈴さんから『また忘れ物してるよ』と連絡を貰い、取りに行く約束をする。
素直に嬉しかった。
ただずっと落とし物をし続けるのも限界がきた。
…さて今日は、何を落としていけばいいだろう?
考えあぐねているうちに、帰らなければいけない時間になってしまった。
玄関で靴を履きながら、そっとハンカチをポケットから滑らしてみた。
すかさず「恵君、落としたよ」と、拾われてしまい、「あっ、ありがとう」と受け取って別れた。
帰り道、『…さすがにもうこの手は使えない。無理だな…』と考えながら、トボトボと夕日の沈みかかった夜道を歩いて帰った。
◆竜の城にて◆
最近、ベルのイヤリングが片方だけ落ちているのをよく見つけるようになった。
これで何度目だろう?
最初は落とし物を彼女にただ返すだけだった……はずなのに、受け取る彼女の顔は、探し物を見つけられた以上に嬉しそうな顔をして、僕を見上げてくる。
その様子に、『既視感』を覚えたのは最近だった。
……自惚れて……いいんだろうか?
今日は、居間のソファーのクッションの隙間から、何やらキラリと光る物が目の端に映った。
爪で摘まみあげてみると、彼女の瞳と同じ色の、サファイアのはめ込まれたイヤリングだった。
確かに数日前、彼女はここでうたた寝をしていたのを思い出した。
……やっと見つけた。
今回は見つけるのに時間がかかってしまった。
「ベル……落トスナラ、チャント僕ガ見ツケラレル所ニシテネ……」
彼女に「マタ城二、イヤリングヲ落トシテイルヨ。取リニオイデ」と連絡をとると、すぐさま『今夜、取りに行く』と返事が来た。
今、僕の掌にあるのは、彼女の落とした小さなイヤリングの片割れ。
……でもきっといつか、この手の中に『彼女』が落ちてきてくれると信じて。
早く取りにおいで。貴女に会いたい。