あの子に似合う水着はなんだろう「う〜ん、どれにしようかな」
とある夏の放課後。草木も眠る丑三つ時。夜になっても拭えない暑さに額を濡らしながら密は教室の端でポツリと呟いた。
「・・・・・・てめー、なに持ってんだ」
そんな密を見て怪訝そうな顔をしたのはクラスメイトである遠野だ。どうやら密が手に持っている雑誌の表紙を見てドン引きしているらしい。
「何って、人間の女物の水着の特集だよ。遠野、おまえそんなことも分かんないの?」
「いやっ、だから何でてめーがそんなもん持ってやがんだっ!」
遠野の冷たい視線にも臆せずに密は自慢げに語った。それに対して遠野がすかさずツッコミをいれる。
「いや、もうすぐ夏休みだろ〜?だから静を海水浴に誘ったんだ。そうしたら水着を持っていないって言うからさ。それならプレゼントしようと思って」
「ああ、そーかよ・・・・・・」
一に静。二に静。いつも口を開けば女の事しか話さない密に遠野はそっけなく返事をした。くだらねえ、と一瞥し教室を出ようとしたところで首根っこを捕まれる。
「ぐえっ」
「おまえはさ、静にはどれが似合うと思う?」
「はあっ!?」
眼前に押しつけられるように雑誌を持ってこられて遠野は困惑した。知らねーよ!と声を荒げようとしたが、何となく雑誌の右端の水着が目についてしまった。
「・・・ち、強いて言うならこういうのが良いんじゃねーか。あの女は活発だし布面積は広い方が安心だろ」
「ああ、タンクトップがついてるやつね〜。それも可愛いかもな」
ふむ、と頷く密を見て遠野は水着姿の静を想像した。確かに、可愛いかもしれな・・・い、と考えたとき、ぬっと間に入るように何者かの腕が雑誌に伸びてきた。
「いや、それだと露出が足りません。かといって静はあまり胸があるほうじゃありませんし、こういうフレアビキニがいいんじゃないでしょうか」
どこから現れ、どこから話を聞いていたのか。当たり前のように会話に加わり意見する男は東乃高校の天狗、飛浦だ。そのいきなりさに遠野は飛び退いた。しかし、
「ははは、いや〜飛浦さんは知らないかもしれないけどあいつ、あれで結構胸あるよ?逢魔時では攻略対象じゃなかった飛浦さんには分からないかもしれないけど〜」
「ははは、黄昏時で大いにフラれまくっているあなたにそんなこと言われたくありませんね〜」
密は驚きもせず何だか不穏な空気を放っている。それに対抗して飛浦が殺気だった。
「そうだよ、聞き捨てならない!彼女は何でも似合うんだ!」
「はあ、くだらない・・・・・・まあ、でも、先輩にはワンピース型の水着とか似合うんじゃないですか?」
「女生徒のみ、み、水着について話し合うとはふしだらだぞ!!!とはいえ、意見を出すなら俺も和泉に賛成だ」
「え〜絶対ビキニだよ。和泉も日比谷さんも分かってないなぁ。あいつはこういうオフショルダーのビキニが絶対似合うって」
「いや、胸がないほうですからフレアビキニ一択です」
なだれ込むように押し入ってきた由良城・和泉・日比谷も加えて教室は大惨事だ。遠野にとって喧嘩は大歓迎だが、女の水着を想像して喧嘩・・・・・・は恥ずかしすぎる。抜け出そうと、そっと気配を消して教室の扉を開いたその時、甲高い怒声とかち合った。
「なにバカなことばっかり言っているのよ!あんたたちにそんなこと決める権利はないわ!この子は私とお揃いの水着を着て海水浴にいくんだから!」
教室の前にいたのは和歌子と話題の張本人である静だ。呆れ顔、というより困惑顔の彼女に男性陣は一斉に詰め寄った。
「静、やっぱりおまえのこと一番に分かっているのは俺だよな?おまえもオフショルダーのビキニがいいだろ?」
「だから、静にはフレアビキニです。胸がないあなたの悩みも解決してくれますよ」
「先輩はワンピース型がいいですよね?僕が言うんだから間違いありません」
「すっ涼江・・・いやこれはちがう。断じておまえの水着姿を想像していたんではなく式部につられて・・・・・・」
「君なら何でも似合うよ!!!」
「だ〜か〜ら〜あんたらに決める権利は無いって言ってるでしょう?!この子は私と!買い物にいって!私とおそろいを着るの!ねっ静」
収集のつかなくなった男性群の前に立ちはだかるように和歌子が身を乗りだした。それから同意を得るように静に問いかける。えと、と静は困ったように目をふせ、それから呟いた。
「いや、熱くなってるところ悪いんだけど・・・・・・。私、泳げないから水着はいらないわよ?」
「「「あ」」」