少女の生まれた日死神として生まれ落ちたならば。
何であろうと等しく殺すし、命に優劣はつけない。この世に生まれた「生き物」にも、死んでいく「物」にも何も感情は抱かない。抱けない。それが死神としての矜持だ。けれど・・・。
「誕生日おめでとう、静」
逢魔時。
真っ赤な夕焼けを背に受けながら、公園のベンチに座る少女の耳に花を添えて、密は言った。・・・正直自分でも驚いている。死神がこんなことを口走るなんて。けれど、その言葉はまぎれもない密の本心だった。彼は生まれて初めて今、誰かの「生」を祝ったのだ。
(けど、まあ・・・)
死神の彼には天変地異の前触れと思えるほど希有な言葉であったとしても、人間の彼女にはありふれた言葉だろう。「誕生日おめでとう」など贈るも贈られるも人にとっては日常茶飯事だ。きっと静は「はいはい、ありがと」などと密の言葉を聞き流し、忘れ、家に帰ったら甘味でも食べながらあの妹とよろしくやるのだろう。・・・何だか面白くない。と、密が勝手にモヤモヤし始めた時だった。
「な、によ。急に・・・」
(・・・あれ?)
「誕生日おめでとう」と言っただけなのに、静は思いのほかその言葉に動揺しているように見えた。瞳にはうっすらと涙が滲んでいて、震える小さな手はスカートの端を握りしめている。
「おい、どうした・・・?」
「何でもない・・・!」
静の様子を間近で確認しようとしたところで押し返される。その反動から彼女の瞳に溜まっていた雫が一粒、頬にこぼれ落ちた。
「・・・何で、泣くの」
密の問いに静の肩がびくり、と跳ねた。それから「あくびをした」とか「目に砂が入った」とか彼女らしくない滑稽な嘘が並んだ。当然信じるわけがない。黙ってじっと見つめていると、威圧感に負けたのか静は諦めたようにふうとため息をついて・・・ぽつりと呟いた。
「・・・家族以外にその言葉を言われたのが初めてだったから」
ちょっとびっくりしただけ
密は知っている。人間にとって「誕生日おめでとう」など贈るも贈られるも日常茶飯事なのだと。生きていれば当たり前に言われる言葉なのだ。なのに。
(こいつは死神の俺に言われただけで・・・)
静はめったに泣かない。彼女は生粋の強がりで、しかも妖怪の自分なんかには弱みは絶対に見せようとしなかった。それでも、どうしても、こうやって年相応の少女らしく見え隠れする脆さが静にはあった。
「・・・じゃあこれからはずっと俺が言ってあげる」
「いらないわよ、ばか」
夕焼けの光が反射して、滲んだ涙がきらきらとひかった。その美しさにこっそり見とれ、そして胸が痛くなった。
…こんなにも彼女はさみしがっている。無理に笑ったその細い肩を抱き寄せたかった。でも、できなかった。だって俺は、
(人間じゃないから)
いらないならくれればいい。おまえらより遙かにこいつを求めている自信がある。密は心の中で全世界中の人間に中指を立てた。けれどどんなに密が静を求めようと、彼女が望むのはいつだって自身を傷つける「人間」なのだ。
密は繰り返す。どうか、どうか。この少女が今日一日だけでも、孤独を忘れられますようにと願いをこめて。
「誕生日おめでとう、静」
(ほんとうに、びっくりした・・・)
まさか、死神の彼が自分の誕生日を祝ってくれるなんて思ってもみなかった。静は帰宅後、自室のベットの上に腰掛けながら、もらった花を見つめる。
(きれい・・・)
妖怪なんかに心を許してはいけないと分かっているのに。時折、どうしても近づいてみたくなるときがある。
(誕生日おめでとう、静)
密の言葉を思い出す。きっと調子にのって浮かれるから本人に言ってやるつもりはさらさらないけれど。
「ありがとう・・・」
こうやって一人きりでいるときならばちょっと素直になってもいいのかもしれないと静はくすりと笑った。この花、押し花にしてみようかな、なんてね。