門梶 あまみづけ他人に愛されることが人生を左右するという事実を、僕ははっきりと認識しているし、僕がこうしてここにいるのも、同じ様に人からの愛に支援されて来たからだ。
無知は自己責任で済まされてしまう齢になって、初めて得た林檎。与えられる愛の果実に僕は喜びと、同時に、虚しさをも感じた。
現在が輝けば輝くほどに過去は「かくあるべしだったもの」というものとして、肯定されてしまうものだ。
無論、誰もそんな事、ワザワザ口にしない。
だけど、自分の中の世間は口をつぐまない。
愛されなかった子供が愛される大人になったとしても、その子供を救うタイムマシンは発明されないのだ。
単なるコンプレックスだ。
誰でも持っていて、誰かは持っていない。
下らなく、浅い考え。自己責任をハミ出なかった失敗を、時間遡行もできぬ現実を利用して環境のせいにしているだけなのかも知れない。
充実していたら幸せになれるのかしら、今身に染みる瞬間の充実が幸せなのかしら、幸せが幸せなのかしら。
嫌な思考だ。
テレビの中では、再放送の名作が子供の姿を映し出している。
家にぽつん、1人の子供。
家族旅行に忘れられた子供。
タイムマシンも無ければ、傍らにドラえもんも居ない。テレビ画面の中に僕が介入する手段も無い。
そもそもはフィクション、そう、フィクションとして扱われるのだ。
ならば、僕だってフィクションにしてやろうじゃないか。
リモコンを手に取って電源を切った。
ブチッと黒い画面に僕の顔が映る。
冴えない男が、引き揚げられて、また冴えない顔をしている。
「また何か落ち込んどるんか」
門倉さん。
恋人が、コーヒーを手に僕の隣へ腰掛ける。
大きくソファは沈み、その揺れのままに彼の肩へ顎を乗せた。
温かい。よく知っている体温に触れた。
「嫌な映画を観ました」
「ほうか」
コーヒーにひとつ、ふたつ、角砂糖が落とされる。溶かし込んで、手渡される。
両手で受け取ってひとくち。
甘い。
「まぁそういう時は、嘘喰いの事でも考えとき」
「そこは門倉さんじゃなくて良いんですか?」
辛辣ですらある言葉に笑いが零れてしまった。他人への愛を、執着を、恋人に肯定されるとは。
恋人、そう、恋人なのだ。僕達は。
手に持ったマグカップを何の気なしに観察する。
お揃いの食器は2人で選んだ。
門倉さんの好きな色に、僕の好きな柄の、壊れにくそうなやつ。いつも食器棚の前面に仕舞って、僕達の生活を眺めている。
それは、そこにそれらを仕舞う理由は。
「おどれはさ、嘘喰いに会うために生まれてきたんよ。でもな、一緒に生きてくのはワシ。嘘喰いも過去も、ワシらの間に付け入らせるつもりは無いですよ」
「はあ」
「腑に落ちん顔しなさんな」
「まだ回復してないだけです」
「ほんなら、ワシの事だけ考えててつかぁさいよ。ほら、雄大さん好き好き大好きってせえ」
こちらはブラックのままで、淡い湯気を立てるマグカップを傾け、門倉さんも笑う。
いつも律儀に砂糖を入れてくれる人は、そうやって、甘い言葉で僕と過去に決別を強いる。
そんな気軽に道筋を作って、僕の側に居てくれる。
それならば。
今この人にキスしてみたら、少しは苦さも和らぐものだろうか。