特等席で待っていて福岡支部エントランスの一角を飾る地域情報掲示板。今日貼りだされたばかりの一枚のチラシを視界に入れたコウは思わず足を止めた。
「花火大会……」
『第十八回納涼花火大会』の文字が大きく踊るそのチラシに記載された日時は約2週間後、七月末の土曜日だ。
「連れて行ってやろうか?」
「っ、敦豪」
「日本の夏は初めてだろ」
突然声をかけられ驚くコウの隣に立った敦豪が、同じようにチラシを見つめる。
「別に行きたいわけじゃない」
「ならどうして見てたんだよ」
「こっちでは夏に花火が上がるのか、と思って」
「花火といや夏だろ。イギリスは違うのか?」
「イギリスでは、花火が打ち上がるのはだいたい秋か冬だった」
言って、コウは口を閉ざした。
イギリスでは十一月に各地で打ち上げ花火を鑑賞できる。しかしコウの生まれ育った村は、花火の光どころか音さえ届かなかった。
――来月はガイ・フォークス・ナイトがあるから街まで花火を見に行かないか?
レイジに連れられ、たった一度だけ彼の妹と三人で花火を見に行ったあの夜のことは今でも泣きたくなるほど鮮明に思い出せる。
生まれて初めて見る打ち上げ花火に「待って、まだ消えるな」そう叫んで、慌ててスケッチブックにその鮮やかな一瞬を描き留めようとしたレイジの姿がおかしくて、楽しくて。三人はたいそう心を躍らせて、幼く拙い言葉たちであの秋の夜を必死にアルバムに刻みつけながら帰路についた。
「いつか世界中で花火を見てみたい」思い出はそんな夢に代わり、約束に代わった。
たった9ヶ月前のことだった。
「そういやお前そろそろ夏休みだろ。盆はどっかに行ったりすんのか?」
「盆?」
コウには聞き覚えのない単語だった。教えを乞うように首を傾げるコウを見て敦豪が続ける。
「死んだご先祖さんの魂があの世からこっちに帰ってくるって言われてる時期だよ」
「……!」
コウが日本にやってきた理由を敦豪だけは知っている。コウが何かを聞きたげに敦豪を見たが、問いかけることはなかった。
「……そんな習慣があるのか」
「そんな習慣だらけだよ日本は。もうしばらくこっちいんならちょっとずつ覚えていきゃいい」
とりあえず花火大会の日は予定空けといてやるよ、そう言い残して敦豪は去っていった。
――先祖ではないが、彼の魂もこの先いつかの夏に俺の元を訪れてくれるだろうか。
今のコウにはレイジに合わせる顔がない。救えなかった彼への懺悔と後悔を捨てきれずに、何度も後ろを振り返りながら前に進み始めたばかりの、今のコウには。
ただ、彼がコウを許し、またコウの前に現れてくれることがあるのなら――向こうに帰ってしまう前に、彼がこの国で美しい花火を見られることを、祈った。