歩むなら、シュミレートを利用するのは何もサーヴァントに限った話ではない。
マスターである立香も時折は戦闘の感覚を掴むのに、または新しく試したい事をサーヴァントらと実行するのに、利用することは度々ある。
しかし、今回は特にアテがなく、適当に設定を組み込んで、ただ外の景色を眺めれるようにして貰った。
設定を組んでくれたスタッフ、ムニエルからは「昼食時間までには戻れよー」と軽く声をかけらて、立香も小さく頷いて手を緩く振う。
起動したシュミレートは、いつかのキャメロットの街並みでも思い出しそうな景色。
大きな城の下で賑わう市場。賑やかな人々の営み。
ざわついている街並みをぼんやりと歩くだけなのだが、立香はついついと表情が緩む。
「賑やかでいいね」
「そうだねぇ、シュミレートとはいえ、こういうの見てて楽し…」
ついとしてかけられた言葉に振り返り、しかし立香はふとして口を噤む。
シュミレート起動時は1人で来た筈だったのに、どうして聞き慣れた声がすぐ側から聞こえるのだろうか。
目を丸くしながら視線を上げれば、フードを目深く被りつつも、僅かに楽しげな表情を浮かべている騎士がすぐそこに。
僅かに見えた翠色の瞳とかち合うこと数秒、立香が声を発するのに口を開きかけたまま、しかし籠手の嵌める騎士の手によって塞がれる。
大きな声を出すと、周囲も驚いてしまうよの意味だ。
「いつの間にいたの、アーサー?」
塞いだ手を掴んで下ろして立香が尋ねれば、向かいに立つ騎士…アーサーは僅かに笑いをこぼしながらも教えてくれる。
「ムニエル氏に教えて貰ったんだよ。1人でフラフラしてるから、適当なタイミングで迎えに行ってくれって」
「フラフラって…」
万が一のことがあってはいけない、というムニエルなりの判断もあったのだろう。シュミレートを起動後に、別でシュミレートを借りに来たアーサーに遭遇したようで、ついでと頼んだらしい。
「言っときますけど、ただのお散歩ですよ?」
掴んだままになっていた手を何度か握りしめながら立香が唇を尖らせれば、アーサーは緩く頷いてくれる。
それでもいいということなのだろうか、と立香はしかし、先ほどよりも己の機嫌が上がっていることを自覚しながら、掴んだ相手の手をしっかりと握りしめた。
「じゃあ、あと30分!」
立香がそう告げて、市場を一緒に見て回ろうと提案したならば、フードを目深く被るアーサーは小さく頷いて、立香の手を握り返してくれた。