気になるお年頃(仮) 最近お友達のハンネちゃんが、彼氏とキ、キスをしたらしい。レモンの味じゃなかったって言ってた。ふわふわして溶けちゃうみたいな感じなんだって。好きな人とのキスってどんなんだろう。わたしもディーノと…してみたいな。こんなことを思うわたしははしたないって思われちゃうのかな…。でもファーストキスは好きな人としたいよ…ディーノ…。
ディーノというのはわたしの家庭教師だ。といっても昔からよくうちに遊びに来ている気心の知れた親戚のお兄ちゃんだ。本をお土産に持ってきてくれたり、昔から読み聞かせをしてくれたりしてくれる、大好きな家族同然だ。そんなディーノのことがわたしは昔から大好きだった。
ディーノのことを男の人として意識し始めたのは中学生になってからだった。友達が同級生や先輩と付き合ったりし始めて、本狂いなわたしも告白されたりして、その時わたしのことを外見しか見てない男子より付き合うならディーノがいいって思ったのが自分の気持ちを自覚したきっかけだった。
高校受験をするとき大きな図書館のあるディーノの母校に受かりたくて家庭教師を頼んでからわたしの先生にもなってくれた大好きな人。高校受験が終わった今も、忙しい合間を縫って毎週家庭教師に来てくれている。
ディーノは大人だからわたしみたいなお子様には興味ないだろうけど、わたしだってあと何年かしたら大人になるから待っていて欲しいって思ってる。でもそれまでにディーノが誰かと結婚しちゃったらどうしよう…。最近はそんな不安な気持ちがどんどん大きくなってきている。未成年の身が恨めしい…。憎からず思っているだろう妹分のわたしとちゅーくらいしてくれないかな…?わたしにとってファーストキスは重大な問題だけど、大人のディーノにとってはたいしたことがないよね…? イケメンなディーノのことだから、嫌だけど、きっともうファーストキスは経験済みだと思う…。大人ならチューくらいたいしたことないでしょ? ディーノとキス、できないかな…?
今日はディーノが家庭教師にきている。ディーノが来る日は朝から母さんの機嫌が良くて今も鼻歌を歌いながら腕によりをかけた料理を作っているはずだ。部屋までコンソメのいい匂いがする。ディーノの好物だからきっと喜ぶね。
狭い勉強机に二人で並んで勉強していると、今日はいつも以上に部屋が狭く感じる。この距離ではわたしの心臓の音が聴こえてしまうのではないだろうか。これからおねだりをする予定のわたしはドキドキが止まらない。授業に集中しないとディーノに怒られちゃうのに。集中しろと自分に言い聞かせるほどドキドキが増している気がする。今日はケアレスミスばかりしてしまって、ディーノの眉間に皺が寄っている。ご褒美にキスしてもらえるくらい今日は完璧に解きたかったのに、しょんぼりへにょんだよ…。
「今日は随分と上の空だな。ミスばかりしていた。何か心配事でも? ……私には話しづらいか…?」
家庭教師の時間の終盤に、ディーノは気遣わし気にわたしの顔を覗き込んだ。悩みごとがあるんじゃないかと気にかけてくれるディーノは本当に優しい。
「し、心配事といいますか、ディーノに教えて欲しいことがあるのです」
「なんだ? 難しい問題でも?」
「これを、教えて欲しいのです」
わたしは机の引き出しからチョコレートの箱を取り出して机の上に置いた。そのチョコは” Meltykiss ”。
ディーノは目を見張り、ぷいっと顔を反らした。その拍子に耳に掛けていたディーノの髪がさらっと落ちて、ディーノの表情はうかがえない。
「……英単語であれば辞書を引けばいいだろう」
女は度胸。わたしは膝の上の両手にグッと力を入れ、目を逸らさずに顔の見えないディーノの横顔を見つめた。
「わたしはディーノに教えて欲しいのです…。どんなキスですか? 教えて下さい、ディーノ先生」
「……私にどうしろというんだ。…君は単語の意味をわかっているのではないか…?」
「ディーノに教えて欲しいんです。たとえ付き合えなくてもファーストキスは好きな人としたいから」
「………は…?」
そういって振り向いたディーノが処理落ちしている。この隙にわたしからえいやってキスしちゃおうか? そう考えていたら、深い、それはそれは深いため息を吐かれた。一世一代の告白をしているのに失礼では…? わたしがむぅっと口を尖らせるとディーノの顔が近づいてきた。突然のことに目を瞑ると、チュッと音がして影が離れた。キスされたのはおでこ。目を開けると口許を押さえ、サラサラの髪の隙間から見える耳を真っ赤にしたディーノの横顔がそこにあった。
「……君は未成年だ。その意味は高校を卒業したら教えよう。それまで私以外の誰にも聞かないように」
「…それって…? ディーノもわたしのこと好き…ってことですか?」
「……私が好きでもない女性と口づけをするとでも…?」
「ひぇ~~~~」
「変な声を出すのではない。何もしていないのにエルヴィーラに怪しまれるではないか」
「何もしてなくはないですよね…?」
「………。卒業したら覚えているように」
そういいながら眉間に皺を寄せたディーノはわたしの頬を軽くつねった。
大人なのに照れているディーノがとっても可愛い。
「ディーノ、わたしたちお付き合いするってことでいいですか?」
「はぁ~~~。君はいつもこちらの予定を狂わせるな」
「むぅ、いつもってなんですか、いつもって!」
こちらに向き直ったディーノが真剣な眼差しでわたしを見つめる。
「私から言おうと思っていたが、未成年の君に先を越されてしまった。ローゼマイン、私と結婚を前提に付き合って欲しい」
「け、結婚を前提に⁉」
「……嫌なのか…?」
大人で、いつだって冷静なディーノがわたしの言動で瞳を揺らしている。こんなときに捨てられた仔犬のような目をするなんて、なんて可愛くて愛おしい人なんだろう。ディーノは家庭が複雑だからうちのような温かい家庭を築きたいのかもしれない。
「急な展開にちょっと驚いただけです。勿論嫌じゃないですけど、ディーノはわたしでいいのですか?」
「君がいい。今までも、これからも。私と家族になってくれ、ローゼマイン」
「ふふふ、成人したら家族になりましょう。ディーノだーいすき」
そういってぎゅーっと抱きつくと、ディーノもぎゅーを返してくれた。
「ディーノ、結婚するなら、今キスくらい良くないですか…? 今教えて下さい~」
「……だめだ。それ以上が欲しくなる」
……なにそれ⁉ そうか、ディーノ成人男性だもんね…!
「ひぇ~~~」
耳元でディーノの美声でそう言われたわたしは、きっと今ゆでだこのように違いない。大人への階段が急に現実味を帯びてきて、どうしていいかわからない! キスをねだったわたし迂闊過ぎでは⁉
「お、お待たせしてしまってすみません…!」
「はぁ~、まったくだ」
ディーノの肩口に顔を押し付けながらわたしたちはしばらくぎゅーをした。
……うぅぅ、恥ずかしくて顔が見られないよ~!
少し落ち着かないけど、でも幸せなぎゅーだ。ディーノが他の人と結婚しちゃうんじゃないかっていう不安がなくなって心が軽くなったのがわかる。心が軽くなったのを自覚して少しだけ落ち着いた。
早く大人になりたいな。成人したらまたこのチョコを渡してその時は大好きなこの人に教えてもらおう、”蕩けるようなキス”を————。
食卓についたわたしたちのいつもとは違う様子に、母さんは目を輝かせ、コル兄は顔色を悪くしたのはまた別の話。
……結婚を前提にお付き合いすることにしましたって伝えたら、コル兄と父さんはどうなっちゃうのかな…?